4の1 幽霊と踊る戦女神(なぜ私がこんな事を……)

 採寸と魔術回路の確認を終えて作って欲しい飛翔器のイメージを、フェンサーに伝えたウルズ達4人は工房から追い出されるように外出て、それから商店街で買い物をしたらエミリアの部屋も借りる事にした。

 その部屋の風呂場で髪を黒から赤に染めて後ろに纏め、シルクのドレスから薄桜色をした新しいドレスへ着替えたウルズを連れて、特察隊の本部にある大隊長室まで来た蒼空達4人はクロフェンと話をしている。

「……なるほど確かにその通りだ」

「納得しないで欲しいんだが」

「お前が最初に使っていた飛翔器は、私が責任を持って預かるから心配しなくていいぞウルズ。その髪と服はよく似合っているじゃないか」

「初めから期待してないがクロフェンも此れでいいと言うんだな。しかも作るのは私のと逆になるムスッペルの黒鳥の羽(ブラツクウィング)なんだぞ」

 大隊長の前に怖い顔をした戦乙女がいて、他の3人はその後ろで敬礼しながら何か言いたそうにじっとクロフェンの顔を見つめ続けている。

「諦めるんだなウルズ。フレイヤとそれに従っている神族共はもかく、エミリアは自分の身を心配しないといけないお前はヴァルキュリアで生体兵器なのだ」

「改めて言われると辛いなソール教団はそんなに危険なのか?」

「高位魔導師がいるからな、ここで働くならいずれ戦う事になるだろう。お前を狙うのはソール教団だけじゃないだろうし特察隊はその特性上、少数精鋭・単独行動が多いから警戒するに超したことはない」

「やれやれだ……」

 長いため息を吐いて下を向いたエミリア、言いたい事のいっぱいある彼女だったが今は我慢しておく事にする。

「エミリアの新しい身元はどのように設定しましょうか?」

「そうだな……」

 難しい話だとクロフェンは暫く悩んだがやがて答えを出す。

「∞がムスッペルから盗んだ後に秘密兵器として、密かに隠し持っていたんだと上には話を通しておく。誰かにウルズの事を聞かれたら彼女は別任務でどこかにいる、居場所は秘密だから教えられないで押し通せ」

「了解しました」

「文句は山のようにあるが仕方がない。所でだクロフェン、統合政府にヴァルキュリアが作れないと言うのは本当なのか?」

「その通りだ、統合政府と言うことは3ヶ国全てに作れないという話になる。オリハルコンもだが戦前の大国が最重要機密としていた、魔法や兵器に関する物は多くが失われてしまって扱えない状況にある」

「フェンサーは飛翔器を作れたじゃないか親方はどうなんだ?」

「親方はフェンサーは魔道機械技師だが2人ともAランク、生体部品(バイオパーツ)は専門外だしヴァルキュリアの製造に必要なSランク技術は持ってない。天空都市と地上は粗壊滅しトライソウルは論外で、空中戦艦やゴーレム等の重兵器になると∞では手も足も出ないのだ」

「酷い状況なんだな」

「ダミスとの戦いにゴーレムが使えたらなぁといつも思う」

「そういった高度な技術はヴァルハラに残っているので、統合政府はフレイヤに技術公開をして欲しいと要求している」

「ヴァルハラはアース神族最大の兵器工場だよな?」

「その通りだ万が一に備えて衛星軌道まで高度を上げていたから、ヴァルハラはラグナロクの超極大魔法でも壊されなかった。ここが再稼働すれば状況は劇的に変わるのだろうが何時になるのやら」

「その為にはまず壊れそうなユグドラシルを直さないとだな」


「もう一つ宜しいでしょうかクロフェン大隊長?」

「まだ何かあるのか蒼空大佐?」

 仮面とフードを外している蒼空達は敬礼をすると、言い辛そうに口を動かしつつ我々に予算を分けて頂けませんかとクロフェンに頼んでいく。

「エミリアの為に購入した飛翔器や店の弁償についてですね……」

「入隊記念として彼女にプレゼントしたのだろう? 弁償費は出さないからな」

「それはそうなのですが思っていたより高額になりまして、その……」

「特察隊としては1Rも出さない、金に困ってるなら新しい依頼で稼ぐかお前ら?」

「ケチ」

「仕事の内なのに……」

「それで幾ら掛かったんだ?」

 机に積まれた書類の束を触りながらクロフェンは、背筋を正して敬礼する前の3人にそれとなく金額を聞いてみた。

「軍用の高性能な飛翔器が840万Rで、弁償費が300万R程です。あと化粧品や服にアクセサリーがですね……」

 《掛かった費用の内訳について。

 飛翔器の製作費用はなんと通常価格の倍。

 蒼空隊長が約7割の800万R、残り340万Rの内120万Rをダリアン、220万Rをマグレーが負担する事になった。

 これに化粧品と新しい服、アクセサリーはウルズが求めた慰謝料&口止め料で、大粒のルビーが付いたプラチナのネックレス・指輪・イヤリングのセットになる。

 蒼空達3人が払わされた総額は!

 【前回の依頼分+今回の1400万R以上也】》

「泣きたい気分だな」

「借金の取り立てが……」

「組織として金を出せないが立場上、私が150万Rを個人で負担してやろう」

「大隊長らしくもう少し負担して頂いても……」

「ゼロにしてもいいんだが?」

「……」

「他の部隊にも声を掛けておいてやる。所でだ私が前日に与えた依頼はどうしたんだお前ら? その様子だとまだやってないよな」

「まだ出発できる状況ではないのでここにおります」

「向こうで掃除屋が待機中なんだぞお前ら! 直ぐにいけ全速力だ」

「了解しました依頼場所へ急行致します!」

「もう夕方なんだし明日でも……」

 クロフェンと目を合わせる勇気のないマグレーが、横を向いたまま呟くと刺すような視線を感じて此れも仕事だなと第1特察隊は部屋から出る。


「そんなに慌てなくてもいいだろ隊長」

「話は後だ、始めてないといいだが……」

 装備を調える間もないまま急ぎ足で基地から出て、ゲートホールに来た蒼空達は特権で入国審査を簡略化させると、ゲートミラーを抜けて魔道帝国ディグリスの首都である『ツェーダ』までやって来た。

「建物が少なくてスッキリした感じだな、アース神族の元第2首都とは思えない惨憺たるありさまだ。五芒星の結界塔があるから皆はここへ集まっているのか?」

「それだけじゃないがその通りだ……」

 《ミッドガルドの中央に作られたアース神族の元第2首都、直径3㎞の広さに地下も使って農林業から鉄工所も作り、自給自足が出来るように設計されたオーディン様らしい巨大城塞都市がツェーダだ。

 五芒星の結界塔と城壁に守られていたがラグナロクを防ぎ切れずに壊滅。

 ∞の力で結界塔だけはどうにか直せたが、労働力と資材の不足により城壁は半壊状態で放置され、戦争で壊れた建物は解体が進められて住人は多くないから使われない空き地が目立っている。》

「戦前は130万人程が住む大都市だったが今は25万人程しか住んでない、ディグリスの国力は連合になる前の∞と同程度になる」

「今の私達はあんなのと同レベルなのか」

 (∞の癖に、蛮族の癖に、魔獣族の癖に……)

「大戦前の20億人以上に対して統合政府の総人口は84万人弱、ヴァルハラにはどんな奴らが何人ほど残ってる?」

「ヴァルハラに居るのは戦いに不向きな、貴族・技術者とか疎開者と戦争に参加しなかったヴァン神族で、合計60万人程その内のヴァン神族は45万人程になる」

「ヴァルハラが統合政府に参加したら面倒になりそうだな」

「ヴァン神族の悲願であるミッドガルドの全支配も今なら夢ではないだろう」

「おいおいおい……」

 《アース神族の都市といえば白色、城・神殿を中心に据えた石やコンクリート造りの白色で統一されている神々しい風景が売りになる。

 入国用のゲートホールは都市の中心部にあり懐かしいなぁ……と、北側にある城へ小顔を向け掛けたエミリアだったが直ぐに前を向く。(城は半分以下しか残ってないじゃないか、あんな残骸を見るのは嫌だ記憶から消しておこう……)

 幾らか利用されている古い建物は手入れが行き届かず、新しい家は安物の集合住宅ばかりで過去をよく知る彼女には見るに堪えない状況となっていた。》

「気分の悪くなる所だ昔はあんなに奇麗だったのに……」

 こんなの知りたくなかった、地上に降りて来るんじゃなかった、ああ早くヴァルハラに帰りたいなと〘エミリアは望郷の念をますます強くするのである〙。

「———と話してる時間はない急ぐぞお前ら」


 7月22日の夜8時過ぎ、各所に設置されたランタン⦅街灯⦆のおかげでそこそこ明るい都市の中、蒼空達は∞連合軍から借りたブルーホースに乗って移動中。

 《目的地はツェーダの南門から出た先に造られた〘南第1宿場町(サウスワンタウン)〙で、ここは東西1号線の手前になり第2首都から42㎞程の距離にある。馬車で行くには遠い距離なので彼らは∞連合軍から借りた魔導機械馬を中速で走らせているのだ。》

 適度に会話をしながら1時間弱程を掛けて彼らはサウスワン町に到着する。

「…神殿はこっちだったよな」

「どこもかしこも気分の悪くなる所ばっかりだ」

「気が滅入るだけ損だぞ考えても無駄なことは無視しとけ」

「特察隊としてこの依頼を受けるのは4回目だな」

「いつも大変なんだよなここ」

 ブルーホースに乗りながら第一特察隊は廃墟と化した町の中を進んで行く、《魔道機械馬の両目は夜になると発光するが、それだと前しか見えないので左右の胴体部分にも明かりようの魔法石がついている。》

「ディグリスはアースとヴァン神族・エルフ・ムスッペルの集まりなんだろ、神殿ぐらい手入れしても良いと思うんだが……」

 《数ある宿場町の中でも東西南北ワンタウンは、第2首都の前線基地を兼ねていて大きい部類に入り、その広さに比例して造られた神殿も大きくなっている。

 周囲は荒れ放題だが黒い雨のせいで、地上には雑草すら中々育たず石畳には土埃が積もっているだけ。暗くいので全体は見えないが、顔を向けたエミリアの瞳に映った神殿は運命の三女神として見るに堪えない状態だった。

 洗われない壁には汚れが目立ち、入り口の両側に建っている石像は元の形が分からない程に壊されていて、神殿内から漂ってくる空気はどす黒く気味が悪い。》

「今を生きている人達にとって神とか宗教と言うのは恨まれる対象だ。直して使おうだなんて誰も思わないさ」

「ソール教団があるじゃないか」

「そうやって過去に縋ろうとするのは一部だけだし、奴らはアース神族を語って世界征服をしたいだけだ。あんなのは語るに値しない」

「酷い時代になったもんだ他の神族も同じなのか?」

「そんな事はない過激な思想を持つのは常に一部と決まってる、恨むならラグナロクを恨んでくれよみんな被害者なんだからな」

「そこに居るのは誰だそんな所にいると危ないぞ」

 話しをしていると呼ばれたので蒼空達は振り向いて相手を探す。闇夜に浮かび上がる明かりが2つ、彼らに話し掛けたのは腰にカンテラを吊り下げた兵士達だった。

 〘光源用の魔法もあるが魔導士以外はこのように道具を使うのが普通。〙


「第1特察隊だワイト討伐の依頼を受けてここに来た」

「第1特察隊だと?」

 近付いて来たのはワーウルフの兵士達、顔に合わせた大きめの兜を被っている彼らは夜目が利いて速いからゴースト退治には適任で、今回共闘するのはワーウルフのみで構成された部隊になる。

「やっと来てくれたか待ちわびたぞ。こっちだ付いて来てくれ……」

 側にきて蒼空達を確認した男は歩き出し、それに連れていかれる蒼空達は複数のテントが張られた所へとやって来た。《ここは嘗て何か建物が建っていた場所らしいが片付けられて更地になっている所。

 宿営地にいる兵力は1個中隊。ダミスの襲撃を警戒する兵士が巡回して警戒し、地面をすり抜けて攻撃してくるゴーストへの対策として、魔力銀(ミスリル)の糸で織られた目の粗い布をテント外にも広い範囲へ敷いてある。》

 近くにはブルーホースが引く荷馬車もあり、天幕が張られただけの作戦指令室へ連れて来られた蒼空達は、仮面とかを外しつつそこにいる中隊長に挨拶をした。

「よく来てくれた蒼空大佐なんども手間を取らせて済まないな」

 椅子に座ってコーヒーを飲んでいたブノワが立つと2人は握手を交わす。

「待たせて悪かったなブノワ、そちらだけで始められて犠牲者が出ていたらどうしようかと心配していた所だ」

「特察隊が忙しいは知ってるから気長に待っていたんだ、気にしないでくれ」

 《ワーウルフの彼は世界巡回討伐軍・第3大隊で、第16中隊長をしているアルドンス=ブノワ少佐、第1特察隊は依頼でなんどか彼らと一緒に戦った事がある。》

「特察隊に新人が入ったのか? しかも美人じゃないか」

「そうなんだ紹介しよう。待ちに待った特察隊、待望の新人エミリアだ」

「よろしく頼む」

「彼女はヴァルキュリアなんだぞ∞だがな……」

「羨ましい話だ」

「それで現在の状況は?」

「こっちに来てくれ」

 中隊長の誘導でみんなは神殿内の見取り図が載せられたテーブルへ集まる。

「随分と単純な地図だな」

「戦闘に邪魔な壁とか柱は全て壊して片付け、屋根が崩れないように鋼材で補強が入れてある。中にあった神像とか美術品は美術館に移して保管してあるぞ」

「余り言いたく無いんだが、此れならいっそ神殿は壊した方が良いんじゃないか? 大型のダミスが出現して危険になると思うんだが」

「話が逆だつまりだな……」

 入り組んだ地形や家などの戦闘の邪魔になる場所は極力壊すべき。だが神殿のように広い場所は集団戦闘がし易く、予め罠を設置したりすると有利に戦えるので出来るだけ有効利用するのが基本になる。

「なるほどな」

「ワイトが現れる時間は不定期なのか?」

「始めは不定期だったが俺達がここに集まり出すと、ずっと出現して周りからゴーストを呼び集め続けている。作戦を説明するぞ……」

「作戦は理解したかエミリア?」

「結界でワイトを捕まえたら浄化しながら力押しだろ、こんな単純なのは下級兵士の仕事で私には相応しくない」

「言うなぁさすがヴァルキュリア様だ」

「いい加減に機嫌を直してくれないか? 目を釣り上げたまま話すと疲れるだろ」

「誰も彼もみなどこまで私を貶せば気が済む、不愉快だ」

「誰も貶してなんかいないそれは思い違いと言うものだぞエミリア」

「ふんっ」


 作戦を聞き終えた第1特察隊は必要な装備を譲って貰うために、中隊の装備を積んた荷馬車が宿営地の中程へと歩いてきた。

「費用請求は特察隊の本部宛でいいのですね?」

「勿論だ」

 備品管理する兵士に許可を貰った蒼空は、使用分を特察隊の経費として計上する為に彼と並んで荷台へ上がる。

「剣と攻撃魔法だけじゃ駄目なのか? たかがゴースト退治だろ」

「知らない奴はそう言うがゴーストを浄化するのは大変なんだぞ」

 狭いので荷馬車に上がるのは蒼空と兵士だけ、他の3人は外で話をしながら隊長の用が終わるのを待っている。

「武器や魔法を向けるとゴーストは、地面とか壁をすり抜けて逃げ回り背後とか死角から攻撃してくる。剣とか攻撃魔法は当たらないから役にたたん」

「まずこれだな」

 荷馬車の中で蒼空が手にしたのは、木箱の中に積まれている鍔の部分に魔宝石が埋め込まれたミスリル製で刃のない変わった剣。エミリア以外はそれを両太股にあるベルトに2本ずつ刺して持っている。

「返却したくないんだが売って貰っていいかなこれ?」

「構いません」

 兵士手に持っているボードに貼り付けた紙へ万年筆で、ゴーストライト2本と書き込んで蒼空は別の箱へと向かう。

「次は魔弾が欲しいがどこにある?」

「そこにあります」

 兵士が指さす方へ行った蒼空は積まれている木箱の箱を外し、中にある浄化弾と光槍弾等が詰めてある矢箱を必要な数だけ貰うと邪魔にならない所へ置く。

「かなりの数を使われますが何人分ですか?」

「俺は1度に3発撃てるから消耗が激しいんだよ。後何がいるかな……」

「エミリアにMシールド、シャインアンクがいるぞ蒼空」

「そうかエミリアは何も持っていなかったな」

「シャイアンクとはなんだ?」

 蒼空に外から声を掛けたマグレーは、エミリアに聞かれると片足を上げて指さす。

「これだ、足首に巻いてあるだろ」

 マグレーが指さした足首にあるのは、ミスリルの糸で織ったベルトとそれに付けられた等間隔で並んだ5つの魔宝石。

「何に使うものなんだ?」

「対応しづらい体の真下から攻撃されない為に必要だ。魔力を通すと浄化弾のように光ってゴーストが近付きにくくなる」

「次は人数分のマジックシールドとそうだ……」

 《テレムは規制対象品なので一般には売られてない。

 部隊が一人増えたので蒼空は、マグレー、ダリアンに達にテレムを一つずつ、エミリアに3つを渡してそれぞれ血の契約を交わしていく。》

「Mシールドはオリハルコン製がいいな、黄二星の二重シールドだともっといい」

「近衛用の装備なんかここにはない」

「オリハルコン装備は欲しいよなぁ」

「聞こう聞こうと思っていたんだが……」

 【なぜ特察隊はオリハルコン装備を持っていないのか?】

「単純な強度だけでも4倍以上の差がある筈だ、特察隊がオリハルコン装備を持ってないのは不自然に見えてしようがない。私の長剣もだがミスリルで戦っていて不安にならないのかお前ら?」

「不安だぞ、ミスリル製の剣はいつ折れるかと心配しながら使ってる」

「大型と対峙した時は特にそう思うよな」

「造れないものは仕方がない、ヴァルハラには皆が期待を寄せている」

「やれやれだな」

「他に必要な物はありますか?」

 ワーウルフの兵士から聞かれた蒼空は、外にいる3人に質問している物はないと言うからここまでにする。それから兵士は装備の代金を計算して領収書を作成し、その複製を作って蒼空に渡したらそれぞれへサインをして貰う。

「これで準備が出来たな後はいつ始めるかだ」

「エミリアにゴーストライトの使い方を教えてからだ」


 7月22日の夜~~時頃、月が沈んだ夜の時間。夕食を食べて休憩した特察隊と掃除屋達は、宿営地を守る兵士を残して神殿を囲むと戦闘態勢に入った。

 〘第16中隊は総勢200人程で10人×20小隊に分けられる〙。

 ゴーストへ気付かれないように注意しつつ分散した8小隊・80人は神殿を取り囲むように周りへ配置され、残りの12小隊は神殿内へ突入するために入り口の左右の壁沿いへ分かれて集まっていた。

 あまり効果はなさそうだがこの118人は、神殿内のワイトから身を隠している。

 〔部隊の配置が終わったぞ蒼空そっちはどうだ?〕

 〔こっちも準備はいいぞブノワ、神殿内にいるワイトは入り口を睨みながらゴーストを呼んで守りを固めている。その数は60体以上で外にいる奴らを合わせると3倍以上になるな〕

 〔そんな位置からよく見えるな蒼空〕

 〔ウラノスアイのおかげだ〕

 〔神殿の中は暗いし相手はゴーストだぞ本当に見えているのか?〕

 〔信用してくれよエミリアは疑り深いな〕

 魔力を感じるとワイトが姿を隠すかも知れないので、神殿の周りにいるみんなは息を殺しながら合図を待ち、ブルーホースに乗っている蒼空はその集団から400m程離れた場所でマボウを構えつつ全体を眺めている。

 《蒼空が引いている魔弾は光強槍弾。光の矢をダミスに突き刺して拘束する光槍弾を大型化したものでサイズは直径7㎝の筒型、魔宝石が沢山詰まってるので魔力の消耗が激しく相応の実力がないと扱えない。》

 〔ワイトを捕まえたら突入の合図をくれ蒼空〕

 〔了解したやるぞ〕

 あんな距離から魔弾を撃って命中するのか? と疑う人もいるが大丈夫。並みの魔弾より高魔力を注がれた光強槍弾は明るく光も、距離があるのでワイトは逃げたりせずに放たれた魔弾は闇へ吸い込まれるように神殿へ入って行く。

 ウラノスアイに誘導されて高速で飛ぶ魔弾は、柱や壁に当たらずに神殿の奥を目指して進んでいき、気付いたワイトが逃げるより前に命中して光の矢が突き刺ささる。

〔捕まえたぞブノワ突入しろ!〕

「明かりを点けろ戦闘開始だ!」

 《中隊長が叫ぶと神殿を取り囲んでいた部隊から、8個の光る球体が発生して空へと昇っていく。これは魔宝石で作った透明な鳥『ミラース』と呼ばれる、注ぐ魔力量によって明るさを調整しつつ高速飛行がかのうな照明用の魔術道具。》

 明るいとゴーストが寄って来ないからぼんやりと照らす程度だが、ワーウルフには此れで十分であり突入部隊がつかう光源もミラースだ。

 ゴーストに対応される前に扉を外した入り口から、無言のまま神殿の中へ突入した123人は二手に分かれてそれぞれ配置につく。

「ワイトにゴーストの群れを近づけるな全力で攻撃しろ!」

「了解しました」

 神殿の中程で更に別れつつ背中を向け合って並んだ、68人がゴースト退治を始めると残りの50人はワイトと戦うため更に奥へ進む。

 《ワイトの外見は蒼空が使うような黒いローブを、頭から被った幽霊で体は黒い霧のようであり骸骨の窪んだ目の奥には青白い光が宿る。両手は鋭いかぎ爪で全高5m弱の体は宙に浮いたまま動かない。

 ワイトは動いて戦うか逃げるかをしたいのだが、体に複数刺さってる太い光に拘束されて身動きが取れないのだ。》

 《ワイトを守る為に集まってくるゴーストを倒すのは、至近距離ならゴーストライトが効果的。剣の鍔に埋め込んだ魔宝石に魔力を貯めてから解放ボタンを押すと、浄化弾のような光が吹き出してゴーストを浄化できる。》

 〔なんて面倒な戦いだ鬱陶しい!〕

 〔怒るな怒るな。ゴーストは乱れた心の隙間へつけいるんだぞ、気楽にやれ〕

 《黒い霧状をした〘ゴーストは人の正面に立たない〙。

 ゴーストは向き合うと敵の視界から逃れるべく、左右に動いて回り込んでくる。ゴーストライトを敵に向けたエミリアが攻撃を外すと、そいつは床をすり抜けて逃げて敵を見失うと背後から別のに襲われ、躱して攻撃しかけたらそいつも床下に逃げてしまうと中々狙えない。》

「逃げるな! 正々堂々と戦えこのっ……」

 ケタケタと笑い、人を嘲るようにウロチョロと動き回るゴーストの群れは、エミリアのように真面目に戦うとイライラしたり混乱するので、戦闘中ではあるがある程度気を抜きつつ冷静に対処するのが正しい方法。

「このぉーーーーーーーーーーーこのっこのっ」

 〔だから落ち着けってエミリア、ダリアン……〕

 〔エミリアのお守りは俺に任せて隊長は仕事に集中してくれ〕

 〔この私にお守りだとーーーーーーーーーーー〕

  乱戦している68人とは別部隊、奥でワイトを囲んで戦い始めた50人の内40人は集まってくるゴーストを撃退中。残りの10人になるワーウルフは、ミスリルのロープで繋がれた大きい魔宝石を持ってワイトを中心に五芒星へ並んだ。

 1人では魔力に自信がない彼らは2人ずつ組んで並び、光強槍弾の効力が切れる前に光の結界でワイトの浄化を開始する。

 〔剣のほうが楽じゃないか此れ!〕

 〔無理だと思うぞ〕

 ゴーストライトを床に捨てたエミリアは、腰からミスリルのロングソードを抜くと雷の魔力を満たしながら前へ構えていく。

 〔周りに人が居るから攻撃魔法は使うなよエミリア〕

 〔分かってる。そこだっ〕

 エミリアの横に付くのは初心者を指導するベテランのダリアン。エミリアが右横から襲ってきたゴーストへ剣を振ると躱されて攻撃が外れ、ゴーストは爪に宿した炎の魔法で彼女の下半身を攻撃しようと迫って来た。

「なんだとっ」

 慌てて横に飛んで躱したエミリアは魔法を使い掛けたが、近くにいる人とまた床下に逃げたゴーストを見て止める。

 〔剣の達人でも当てにくいから此れがあるんだぞエミリア、長剣を鞘に仕舞って素直にゴーストライトを使った方がいい〕

「ゴースト如きが舐めるなぁーーーーーーーーーー」

 〔意地になって振り回しても疲れるだけだ止めとけって〕


 《ゴーストライトによる近接攻撃は問題ないのだが、敵の基本的な移動ルートはこちらが攻撃できない場所であり、此れを射撃武器で狙うのはベテランでも難しい。

 浄化弾は生命体への殺傷力が低いので〘味方を巻き込んでも大丈夫〙。防御魔法やMクシールドとかでゴーストの遠距離魔法から守るだけでは、不利になるから兵士達はマボウで応戦するのだが命中率は悪いのだ。》

「逃げるなお前らーーーーー」と騒いでいるエミリアは少し煩い。

 ワイトを光強槍弾で捕まえた蒼空はブルーホースで、神殿前に走って来て降りると頭の中で此れに退避指示を出しつつマボウに浄化弾3発を構えつつ中へ入る。

 奥へと1歩進んだらまず一斉発射。弓矢なのに曲線を描くのは魔術だからで味方が狙いにくそうな柱の陰とか天井付近から、氷の矢を撃とうとしている3匹を浄化したら次を構えて直ぐに射る。

 〔落ち着けエミリア感情的になるんじゃない〕

「そこだ! あっもーーーーーーーーーー」

 他の兵士や魔導師にもある程度は出来るが、ウラノスアイを使った蒼空の誘導は他とは比べものにならず、柱に沿って曲がりながら敵を攻撃したり躱した筈の浄化弾が戻ってきて背後から当たったりする。

 これがこの依頼に蒼空が名指しされる理由であり、普通では捕まえにくいワイトやゴースト達へ楽々と対処する彼はどんどん倒して行くのだった。

 〔ずるいぞ蒼空〕

 〔なにがだエミリア?〕

 〔私が苦労しているにお前は楽そうじゃないか〕

 〔楽じゃないぞ。全体の状況を把握して味方へ被害が出ないように、攻撃の優先順位を考えて射るのは結構大変なんだからな〕

 事前に決めた作戦通りに神殿の中央へきた蒼空は、マグレーとワーウルフ兵士の2人に寄って来るゴーストから守って貰いつつ神殿内のあちこちへ浄化弾を射る。

 

 光の結界に閉じ込められたワイトが時々発する奇声は、敵への威嚇や味方への命令で人が聞いてもその内容は分からない。ゴーストを呼び集めているワイトを浄化してしまうと、ゴースト達は一目散に逃げてしまうので、光の結界を維持する人は適度に加減するのがこの戦いのポイント。

119人が神殿内でゴースト退治をしてる頃、中へ入らずに建物を囲んだ残りの80人もまたゴーストと戦いをしていた。中から壁を抜けてくるゴーストや外から新しく参加しようとするモンスター達と戦っているのである。

 そんなこんなで約20分後、光の結界を維持する人を時々交代しつつゴーストを倒し続けて、出てこなくなったらワイトを消滅させて依頼は完了。

 〔……やっと終わった、たった5体を倒しただけなのに私はかなり疲れたぞ。ゴーストを追いかけて倒すのは大変なんだな〕

 〔初めてで5体も倒せたら上出来だ〕

 〔対処法を知らないと確実に全滅する戦いになる、弱そうなゴーストだからと油断したら命取りになる相手だから覚えておけよ〕

 〔分かった覚えておく〕

 〔危ない後ろだ!〕

 汗を掻きつつ肩の力を抜いたダリアンとエミリアが、話していると蒼空が警報を上げて飛来した2発の浄化弾が、背後の影から抜け出して彼らに襲い掛かったゴーストを光で包んで倒す。

 〔戦いを終えた直後が一番危険だと教えたろうが! 気を抜く奴があるか〕

 〔悪かったよ隊長、早くここから離れよう〕

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