3の3 変わり者が多いスヴァルトヘイム
VIPバンクから出て歩いた蒼空達は、商店街の職人が集まる裏通りの古い一軒家までやって来た。ここは石造りで風化して所々に苔が生えた2階建てで、【フェンサー工房】と描かた看板のある扉を軋んだギーーーッと音を立てながら開ける。
「いらっしゃいませお第1特察隊の皆様方、本日はどのようなご用件ですかな?」
入って直ぐのカウンターから話しかけるのは、フェンサーに20年以上も雇われている中年のゴブリン。何かの計算をしていたのか弾いていた算盤の手を止めて見上げた彼に事情を伝えると、作業着を着たゴブリンは椅子から降りて主人を呼びに行く。
「来なくて良いのにまた面倒ごとを持って来やがったな貴様ら」
《ゴブリンに呼ばれてカウンターの後ろにある工房から、人形を作っていた手を止めて蒼空達の方へ歩いて来るのは軟弱そうな男だった。
ダイヤル付きの顕微鏡メガネを掛けて作業着を着ている、細身で金髪の元アース神族のフェンサー=ラツェット。背負った6本の義手はケーーブルで両手首に嵌めた腕輪に繋げられ、ここから魔力と思念を送ることで自在に操作が出来る。》
「顔が青いぞちゃんと食ってるのかフェンサー?」
いい所なのに邪魔しやがってと蒼空達を歓迎していなさそうな男は、質問されると下にいるゴブリンへどうだったかなと聞いてみた。
「前はいつ食べたかな?」
「私が作りました朝食・昼食・夕食がそこに御座います」
ゴブリンが指さすのは人形を作っていた作業台の側に置かれた机で、3回分らしいサンドイッチとコーヒーの入ったカップが手付かずなまま置かれている。
「そろそろ休憩なされてはいかがですか?」
「そうするか。お前達はあそこの応接間へ行ってくれ俺もすぐに行く」
「こちらへどうぞ」
蒼空達がゴブリンに案内されるのは工房の隅に置かれた古いソファーの所、翼があるウルズへ別の席が用意されて、他の3人は身を寄せ合いながら4人は座っていく。
その4人に対してゴブリンはお茶の準備を始めるが「そいつらには水で十分だ、水道から汲んで適当に出しとけ茶菓子も出すなよ」と、サンドイッチを食べ始めたフェンサーは冷たい態度を取ってくる。
「随分嫌われているが何かしたのかお前ら?」
「したと言うかそれが目的だったと言うか……」
「完成して半日も経ってなかったよな」
「要人警護にそっくりの人形を作って囮にしたんだ。怒ること無いだろフェンサー」
「怒ることないだと!」
横を向いて3人に聞いたウルズへそれぞれが答えると、フェンサーは義手の一本を動かして工具箱から取り出したスパナを投げてくる。そのスパナは誰にも当たらず床にも落ちなくて空中で制止すると元の工具箱の方へ動いていき中に収まった。
「ウラノスアイは便利な能力だな私も欲しいぐらいだ」
「基軸魔法と引き替えだし、膨大な情報を脳で処理するから慣れるまで地獄だぞ。半径数㎞にある物全てをより分けて制御するんだ、実験に耐えられず発狂した奴が大勢いるからお勧めはしない」
「基軸魔法が無くなるのは嫌だな」
「貴様らには人形に対する愛情が無いようだな」
「だから怒るなってフェンサー騒ぐような事じゃないだろうが」
蒼空にこう言われると感情的になった男は、持っていたハムサンドを握り潰すぐらいに怒り出してしまうのだった。
「怒るなだと! プロを騙すから寸分の狂いも無いように作ってくれと、頼んでくるから丹精込めて作り上げたのにそれをお前達は……」
「いやだからな」
「ふつうは設計から始めて2週間以上は欲しい仕事を、俺は4日間もぶっ通しの徹夜で作ってやったんだ! それを半日も経たずに壊しやがって……」
「悪かったと思ってるよだがそれに見合うだけの報酬は渡しただろ」
「金の問題ではない壊れた人形はどうした!」
「ゴミとして処分した」
「貴様らーーーーーーーーー」
ハムサンドが飛んでくると空中で止まり、コーヒーカップや皿ごと飛んでくると空中で止まり、フェンサーが投げ続ける物が手近に無くなると漸く収まってくれる。
「フェンサーは重度のフェミニストだな。どこかでその名を聞いたような……」
《顕微鏡眼鏡を外したフェンサーの顔は、工房に籠っているせいか白くて女性のように奇麗。ミドルヘアーで背丈は普通のスラっとした体形だ。》(外見はマグレーと同レベルあんなのと比べるのもどうかと思うが……)
あごに手をやったウルズは目を上に向けて過去の記憶を思い出していき、その横で蒼空が簡単に説明をしていく。
「変態貴族の家を燃やしたり、フレイヤをオイル塗れにしたり、人形を愛して崇める日(マリオネツト・ラシツプ)を作れと政府へ押しかけた有名人だ。アース神族を追い出された後にスヴァルトへ来てからも煩くてな、今は人形愛の会(ラブドーラ)の会長として人形への愛を世界に訴えている」
「あ~~彼奴か、かなり前に新聞を賑わせていた男だな。問題になるのは分かりそうなんだが何でそんな奴に頼んだんだ?」
「腕がいいからだよこんなに煩いとは思わなかったが……」
「だから俺は親方に頼もうって言ったんだ」
「親方は年だし兵器が専門のドワーフで、細かくて繊細な作業は彼に頼んだ方が良いとその親方に勧められたんじゃないか」
「まぁそうなんだがな」
「今すぐに帰ってくれ貴様ら」
「落ち着いて話を聞いてくれないかフェンサー?」
「帰れと言っている!」
蒼空に向いたフェンサーの白く細い手にファイヤーボールが作られた、基本的に彼は戦闘が嫌いで弱いがそれだけ怒っているという証である。
「仕事でございますよご主人様」
「仕事でも譲れない時がある!」
蒼空がいればあの程度の攻撃魔法は怖くないので、みんなは動ぜず落ち着いて椅子に座っていられる。
怒り心頭な主人の足下から見上げつつ諭すのは使用人のゴブリンで、言われた彼は少し間を置くと深呼吸して魔法を消した。それから蒼空達の前にあるソファーに座ったフェンサーはこのように話しだす。
「高く付くからな相場の倍は覚悟しとけよ貴様ら。それで何を作って欲しいんだ?」
「実はだな……」
こうこうこうだと蒼空が事情を説明すると、フェンサーはウルズに席から立つよう指示するが彼女はその前に横にいる隊長を睨んでいく。
「なんど抗議しても駄目なものは駄目だからな、諦めてくれウルズ」
「一生恨んでやる」
「3日もすれば慣れるって……落ち着け、怒るなウルズ!」
席から立ったウルズは鞘からロングソードを抜くと蒼空に向けた。剣に高圧電流が宿ると蒼空は隣に並んでいるダリアンとマグレーに援護を要請し、4人は長い時間はなし合ってどうにかウルズに納得して貰う。
「私はどうすればいいフェンサー?」
「笑ってくれないか? 無理なら平静でもいい、そうやって睨まれたら仕事がやりにくくてしょうがないんだ」
「やらなくて良い仕事だからぜひ断ってくれ。運命の三女神に逆らうなら神の名の下に天罰を与えてお前達をこの世界から消し去ってやる」
「私にどうしろと言うんだ……」
怒りの炎を宿した黒い瞳に睨まれて困るフェンサーだったが、「仕事にウルズの態度は関係ないだろ」と蒼空が言うので強引に進める事にした。
「私は嫌だからな」
「取り敢えず脱いでくれ」
「なんだと!」
鞘へ収め直した剣にウルズの手が再び掛けられ、これは拙いと思ったのかフェンサーは慌てて言い訳をしていく。
「身体測定をして魔法回路を調べないと飛翔機は作れない。これは仕事として必要な事だから勘違いしないでくれ、私は生身に興味がないからな」
「フレイヤ様以外に体を触られるのは絶対に嫌なんだが、ここで暴れてもいいか?」
そして抜いた長剣がまた蒼空へ向けられた。
「諄いぞウルズ」
「呪ってやる、恨んでやる、祟ってやる。運命の三女神の恨みは怖いからなニヴルヘイムに落ちても私は知らないぞ蒼空」
「俺は自力でニヴルヘイムから帰って来れるから脅しは通用しない」
「それは初耳だな興味があるぞ隊長」
「マジなのか?」
「機会があったら連れて行ってやるよ」
「ほぉ……」
ゴゴゴゴゴゴゴ……触れてはいけない物に触れたのか、ウルズが魔力を全開にして解放すると室内に強風が吹いて窓がガタガタと振動し始めた。
「俺は何か怒らせるような事を言ったか?」
「運命の三女神と主神クラス以外で【死者の国・ニヴルヘイム】に行ける、怪しい奴がいたとは思わなかったぞ蒼空」
「オーディン様の命令で昔行った事があるが、自分から進んで関わろうとは思わないし高位魔導士の中にはニヴルヘイムへ行ける奴が何人もいる。それより早く身体測定をしてくれフェンサー、俺達は仕事が押していて休んでる時間なんてないんだ」
「働き過ぎだよな俺達」
「休日が欲しいなぁーーーーーーー」
「貴様らの話などどうでもいい、飛翔機を作るのか作らないのかどっちなんだ」
「うーーーーーーーーーーーーーー」
【こんな仕事は嫌だヴァルハラに帰る!】と叫びたいウルズだったがフレイヤが許してくれないのでそれは無理。(これは愛の鞭、神の試練なんだ今は我慢して何れ……)とウルズは堪える事にして身体測定を受ける事にした。
「そうかでは鎧を脱いでこっちに来てくれ」
ミスリルの軽鎧セットを脱いで机に置いたウルズは、工房の隅に置かれた体重計へと載せられるのだがその針は大きく振れた。
「162㎏とか少し重過ぎないかお前? 骨格は強化圧縮オリハルコン?かな……」
〘握った拳で間近にある優男の顔を殴ろうかとウルズは本気で考える〙。
「体型に対してメチャクチャ重いな」
「知らないのかダリアン? 体内に魔導炉があったり骨が金属で出来ているからヴァルキュリアの体重は大体あんなもんだぞ」
「そうなのか?」
「ヴァルキュリアは抱くのが大変なんだよなぁ、体位によっては潰されそうになる」
「お前はこれでも抱いてろ!」
3人の話に怒ったウルズは体重計を掴むとマグレーに投げつけ、蒼空はウラノスアイで止めずに素通りさせた。止めてくれるのを期待していたマグレーは慌ててそれを避け、壁に当たった体重計はガラスが割れて歪み壊れてしまう。
「体重計の弁償代は制作費に上乗せするぞ」
「それでいい」
「服を脱いでくれウルズ」
「殺すぞ貴様」
メジャーを持ったフェンサーが言うとウルズは剣に手を掛けながら相手を睨む。
「後ろを向いたままでいいんだ。計るだけなら下着でもいいが背中を開けて飛翔機の接続部とかを調べないと作れないだろ」
「それはそうだが……」
ギロッと切れ長の目に睨まれた蒼空達3人は、席から立つとウルズに背を向けて終わるのを待つ事にする。そして「気になるなぁ」と呟いたマグレーは、「止めとけ」「命がけなんだぞ」と制止する蒼空・ダリアンを無視して行動開始。
「素晴らしい!」
まず背中の飛翔器を外して近くに置いたウルズは、シルクの長袖ドレスに付いたベルトを外してワンピースを脱いでいく。すると生身に興味がないと言っていたフェンサーが何故だか歓喜の声を上げるのだった。
「さすがオーディン製だ透き通る白肌をしたモデル体型、フレイヤにも引けを取らない美しさが漂っている……実にいい、特察隊なんか止めて私の助手をしないかウルズ? 奴らより私といる方が楽しいと思うぞ」
「生身に興味はないんじゃなかったのかフェンサー?」
目が輝いてが声が荒くなった優男の手がウルズに触れかけると、蒼空は隊長として彼に注意を促していくである。
「彼女はヴァルキュリアなんだぞフェンサー」
「私に変な事をしたら魔法で焼き尽くすからな、後そこの男!」
ウルズのキリリとした美貌が下を向く、視線の先にいるのは彼女にばれないように床を這いながら近付いて行った銀髪で褐色肌の色男。
「貴様はなぜそこにいる」
「俺の事は気にせずに続けてくれ」
そしてウルズは近くの壁に立て掛けて置いたロングソードへ手を伸ばす。
「ウラノスアイなら後ろを向いていても見えるんじゃないか蒼空?」
長剣を鞘から引き抜きつつウルズが聞くと、「見える訳がないだろう」とその男は腰裏に差した短剣へ手をやりながら答えるのだった。
「フェンサーの様子は見えてるようだがどうなんだ? 後その短剣、私が長剣を手に取ったからお前はそうやって警戒するんだよな?」
「隊長だけずるいぞ」
「ただの感、話の流れからそう思っただけだ。俺はなにも見えてないからなウルズ」
「どいつもこいつも……私はとても不愉快だーーーーーーーーーー」
両手から放たれる雷の魔法、振り回されるロングソード、半裸を指摘されるとウルズは更に逆上した。それらを受けて壊れる人形や壁に工作道具と、大暴れしたウルズの弁償費は全て制作費に上乗せされるのである。
「貴様ら全員ニヴルヘイムに送ってやるーーーーーーーーーーーー」
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