3の2 売られた女神の生活準備

 (どれだけ働かせれば気が済むんだか。全く……)

隊長として余り表には出さないが蒼空にも不満はある。

 地下都市の天井に吊るされている球体、耐熱ガラスに覆われた人工太陽へ覆いが被されると辺りは暗くなり、ウルズを宿屋に寝かせた蒼空はガス灯がともる道を馬車に乗ってスヴァルトの南南東端へやって来た。

 《ここは地下都市なので端に行けば当然、土の壁がある。

 政府・ギルド・企業が権利を主張していない地面の中は、掘ったら掘った分だけ自分の物になり、住民票を整えて監査を受ければ自宅や工場として認められる。上下水道の問題等々があるものの税金が掛からず好きなだけ家を広げられるのだ。

 【全てが自己責任なので偶に生き埋めも出るが、全ては自己責任である】。

「明日も大変なんだろうなぁ」

 やれやれと愚痴を漏らした蒼空が立つここは、∞の中でも特に変人が集まる【モグラ区画】と呼ばれている所。

 独立心が強いので政府や大企業等が近付こうとすると追い出され、殺風景の土だらけな場所にある壁には深い穴が幾つも掘られている。穴にはそれぞれ番号が振ってあって端の方の〘32番坑道と掛かれた看板〙の立つ所が蒼空の専有場所。》

「どこも異常はなしと」

 《自宅穴の前へ帰って来た蒼空はまず警備用のオートマタ、ドワーフの親方が作った西洋甲冑の状態を確認する。危ないので長棒しか持たせてないが2体の騎士人形は、蒼空以外の人が坑道へ近づくと自動的に追い払ってくれるのだ。

 背中のメーターを見ながら減っているエーテルを給油した彼は、光ゴケで明るい32番坑道を下り気味に進んで行き終わりに鉄扉がある。

 続けて2枚ある鋼鉄の扉を開けて入りカギと閂で施錠した蒼空が、入った自宅はだだっ広い空間。家の扉もだが【職業病】というか寝るだけの場所は、壁とか隠れ場所があると落ち着けないので高さ5m、直径10mの広いだけな空間になっている。

「着替え、風呂、報告書めんどくさい……」

 ランプで常に明るいこの部屋にあるのは簡素なベッドが一つだけ。

 家の設備やら研究室などは奥に置かれたゲートミラーの先だが、ここより遥かに警備は厳重で何もする気にならない第一特察隊の隊長は、軽鎧を着たままベッドへ倒れこむと泥のように眠りへ落ちて行く。


  ——— 新神歴7年(神西暦1863年)7月22日の朝。

 (ここはどこだ? 私はどうしてここに寝ている……)

 人工太陽に覆いが被されるのは夜7時で、外されるのは朝7時とそういう時間。石壁に嵌め込んだ窓から差し込む太陽光に、眩しさを感じながらウルズは目が覚めた。ベッドの上で背伸びをしながら彼女は記憶の糸を手繰り寄せていく。

 (……特察隊の本部で飲み過ぎて寝たのだな私は。となると誰かがここへ私を運んで来た事になるのだが……)二日酔いなのか少々気分が悪い、そしてあの件へ意識が及ぶと側の窓から飛び降りて死んでしまおうかと考える。

「私はフレイヤ様に捨てられたんだーーーーーーーーーー」

 涙より怒りが先か?

 手近にある花瓶を掴んで壁に投げつけた彼女は項垂れ、黒髪を搔きむしりながら(特察隊はヒーロー&ヒロインだ!? だから頑張って働いて世界に貢献しろだと??? それがヴァルキュリアの誇らしい生き方だというのか……)

「ははははははは……ふざけるなぁーーーーーーーーーーーーーーー」

 半分怒って半分泣きながらウルズは感情を吐き出すように叫びだす。

 1863年間今までずっと神々へ献身的に尽くし、正義を信じて頑張って来たのにどうしてこうなるんだと彼女は憤るが、もう済んだ事だしヴァルキュリア・戦乙女とはこういうものなのでどうにもならない。

 (パルマー城塞へ助けが来ずに炎で焼かれていれば誇り高く死ねたかもな。これからどうすればいい私はどう生きれば良いんだ……)

 運命の三女神ユグドラシルの管理者として、崇め奉られ民達から尊敬される日々はもう二度とウルズに訪れない。

 (その民達はラグナロクで激減した訳だが、私は忌まわしき裏組織の一戦闘員として血と死臭に塗れる生き方をするしかないと言うのか? そんな生き方は嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だーーーーーーーーーーーーーーーーー)

「なぜ私がこんな目に合うんだ! 私が一体なにをしたって言うんだ……」

 発狂して暴れだしそうな彼女だったがプライドが押し止め、ウルズはどうにかして元の生活に戻れないかなと考える。抱えていた頭から両手を離した彼女はなにか方法はないかと辺りを見回して、サイドテーブルに載せられた1枚の紙を見つけた。

 その手紙にはこう書かれている。 

『装備と金貨の袋は本部で預かっている。宿代は払ってあるから心配するな、朝8時頃に宿へ迎えに行くから朝食を食べながら待っていてくれ。蒼空 隼人より』

 書き置きから目を離して顔を上げたウルズが見た、壁に掛けてあるゼンマイ時計の時刻は朝7時過ぎ。どうするか考えてお腹が空いたと思った彼女は、書き置きの通りに朝食を食べながら作戦を考えるようと宿の1階に下りて行く。


 (この宿は石や金属ばかりだがラグナロクの所為か?)宿の1階に下りて食堂にあるウルズが座った席は固い鉄、テーブルも鉄製だがガラスや陶器はあるので回りの客はこれで水を飲んだりしていた。

 ラグナロクで木製品は貴重になったがスヴァルトは元からこんな感じ、客達はどうという事もなくごく普通の生活を続けている。

 その周りにいる宿の客達がウルズを見てまず思った事、(背中の羽は奇麗だけど凄く邪魔そうだなぁ……)背にある羽の幅は片側約1m、半分に畳んでも50㎝程と彼女が座るのには3人分の席がいるのだ。

「ヒソヒソヒソ……」と囁かれながら戦乙女は席に座っていく。

 背もたれのあるテーブル席は座りにくいので、ウルズはカウンター席をよく使う。白鳥を模した羽とその美貌によって回りから注目を集めつつ、宿のウエイトレスが近付いて来るとウルズは注文を聞きくより先に心配された。

「随分と落ち込んでおられる様ですが大丈夫ですかお客様?」

「私はそんなに酷く見えるか?」

「はい見えます」

 肩を落として俯き加減、櫛を入れてない髪は乱れて化粧も崩れてる。白いドレスにはワインのシミがあって酒臭い、外見に気を遣う余裕のないウルズが見上げたのは心配そうに見つめるメイド服を着たワーウルフの女性。

 《ダリアンと違って彼女の毛色が茶系なのはヴァン神族側だから。》

 (またワーウルフかどこまで落ちるんだ私は……)

 《魔獣族やゴブリン達は粗暴かつ野蛮な獣の群れとされ、アースガルドにいたヴァルキュリアや神族達はこれ等から距離置いて生活するのが普通だった。》

 (∞連合の都市だし此れも時代の流れか面白くない)

「私に構わないでくれ」

 返事の仕方に迷ったウルズが突き放すように言うと、注文を聞かれたので二日酔い気味なので食欲がないと彼女は答える。

「そうですか。ならタマゴサンドとサラダ、コーヒーかオレンジジュース辺りでご注文はいかがでしょうか? クリームシチューも御座いますよ」

「……」

「どうかされましたかお客様?」

「私は不愉快だーーーーーーーーーーー」

「えっ」

 《(ヴァルハラに自然の野菜はなく果物・酒やコーヒーは貴重だった、補給が途絶えた飛行城塞でウルズが5年間食べてきた物と言えば……)

「あのお客様……」

 (錬金術で栄養調整された四角い焼き菓子とゼリーのような何かに水で、干し肉・果物とか缶詰は滅多に食べられなかったな。今思えばよく我慢できたものだ、神族のプライドを維持しろ地上はもっと酷いんだぞとか私達は聞かされ続けて……)》

「ウロボロスの癖にう~~~~~」

「えーーーとその……」

 思う所はあるがこのメイドは悪くない、毛並みがよく健康そのものの狼女性をみてウルズは少しばかりの嫉妬を覚えたが彼女は何も悪くないのだ。

「朝食にタマゴサンドとホットコーヒーをくれ、後ジュースにシチューもだ」

「畏まりました。あの……」

「どうした?」

「寝癖を直して顔を洗われた方が良いですよお客様、そのような姿で外に出られるのは良くないと思います」

「私はそんなに酷いかな?」

 彼女に言われて髪の状態を触ってみると確かに酷い、なのでトイレにある洗面台で直そうと席から立ったウルズは中に入ると鏡へ自分を映してみた。

「これが今の私か……」

 ヴァルキュリアに体重の増減はない筈だが少し痩せた感じがする、化粧が崩れて髪が弓のように曲がり眼に力が入っていない。これは良くないなとウルズは洗面台の石鹸で化粧を落とし水で寝癖を直すことにした。

 《さてその水であるが…… 

 普通は水精霊の住んでいる水瓶が高い位置に置いてある、時々EPや食料を瓶に投げ入れて精霊を飼うのがアースガルドでは日常で冷暖房もそうだった。だがそういうのは見あたらず洗面台に変わった栓があるので捻ってみると、弱いながらも水が流れ出すのでウルズは少し驚いてしまうのである。》

 (どういう仕組みだ!? あっそうか溜池か水路から配管で水を引いているんだな)

「ウロボロスの癖に不愉快だ、不愉快だ……」

 雨を集める事もあるが手間が掛かるし天然の水は高い物、天空都市で暮らすとはこういう事なのだとウルズは理解している。理解しているが天然物を大量にここで使えるのは面白くない、曲がった髪を水と手櫛で修正しながら彼女は呟き続けた。

「ヴァルハラでは水さえも節約を求められて……面白くない面白くなーーーーーい」

 用を終えて席に戻ったら朝食が準備されていて、それを食べながらウルズはどうやってヴァルハラに帰ろうかと真剣に考える。


「俺がなにか悪い事をしたか?」

「別に、クロフェンに合わせろ話がある」

 宿へ迎えに行くと蒼空は席に座っているウルズに睨まれた。返事を聞きながら蒼空は彼女やろうとしている事に想像が付くも、(その方が良いのかなぁ)と思いつつ触れずに宿の外にでて馬車を呼ぶ。

 重苦しい空気に満ちたまま馬車が進み、要望通りに∞連合軍の基地前にきて降りたらゲートを抜けて中に入る。それから特察隊の本部に行って2階に上がり、大隊長室前へと来た蒼空達はノックをして中へ入って行った。

「何をしに来たんだ蒼空大佐もう仕事は終わったのか?」

 万年筆を握って書類に書き込んでいた大隊長は、小顔を上げると厄介ごとだなと不機嫌そうになり、私にやらせるなと手を前後に振って出て行くように指示する。

「私はヴァルハラに帰るぞクロフェン、特察隊として働く気なんて欠片もないからな本当にすぐ帰ってやる」

「お前はフレイヤ様の命令に逆らうもりか?」

「その命令は何かの間違いに違いない、フレイヤ様に直接お会いして話せばきっとその命令を取り消して下さる筈だ」

「予測通りという訳か少し待て……」

 気の強い女性2人が睨み合ったので、横で話を聞いている蒼空は喧嘩を始めるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしたがそれは起きなかった。

「これを読むといい」

「なんだこれは?」

 机の引き出しからクロフェンは一通の封筒を取り出して、それを受け取ったウルズは差出人を見て驚いた。

「フレイヤ様からの手紙だと!」

 (また勝手に話を作ったのか?)とウルズは疑ったが封筒にあるロウの刻印は確かにフレイヤ様の物。クロフェンからペーパーナイフを借りて封を切り、中にある手紙を読んでみるとこう書いてある

 『天空よりも高い誇りと自信に満ち溢れている運命の三女神ウルズへ。

 昔は沢山あった天空都市はもうヴァルハラしか残ってないの、ユグドラシルの管理者が複数居ても邪魔なだけだから貴女をクビにして統合政府に渡します。これは援助を貰う見返りでもあるので戻って来ることを私は許しません。

 貴女の退職金はオーディン様がおられませんし、こんな状況なのでありませんがそれだとあんまりなので後日それらしい何かを貴女へ送ることにします。

 貴方程の実力者ならどこへ行っても逞しく生きていける筈です。

 アース神族の名を汚す事がないように誇りを持って新しい人生を歩むのですよ、私はいつまでも貴女のことを見守っています。主神フレイヤより

 追伸 美味しいお菓子か紅茶・酒を見つけたら私の所へ送りなさい、食糧難であるヴァルハラのは不味くて飽き飽きしているの期待しながら待ってます』

「うそだ……」

「嘘ではない、こうなると思ったからフレイヤ様に頼んで書いておいて貰ったのだ」

「こんなの嘘に決まってる!」

「ならフレイヤ様に直接会って確認してくるといい。仕事のない休日ならどこで何をしても私は文句を言わんぞ」

 大隊長の話を聞いて頭の中が白くなったウルズは、手紙を持ったまま床にへたり込みその横に立っている蒼空は呟いていく。

「休日なんてここ最近貰った記憶がないような……」

「男らしくないぞ蒼空大佐、貴様はそれでも軍人なのか? 言いたい事があるならハッキリ言え! 私の下で働くことに不満があるとでも言うのか!」

「クロフェン大隊長の下で働ける自分は幸せ者であります! 不満はありません」

 蒼空がビシッと敬礼したら部屋から出て行くように指示されるので、彼女の手を取った彼は引き摺るように部屋から出て行くのだった。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ………」

 現実から逃避するように繰り返し言うウルズを連れて、1階に降りた蒼空は彼女をを長テーブルの席に座らせる。それから彼がウルズの前に置いたのは蒼空達が昨日脱がせた武具一式と金貨の詰まった革袋。

「これは夢だ、私は夢を見ているに違いない、これが夢でなくて何だと言うんだ夢に決まっている……」

 取りつく島が無いとはこの事で側で話しかけてもウルズは返事をしない。

 困った蒼空はキッチンへ行くと〘高級魔道機械になる冷蔵庫〙からオレンジジュースの瓶を取り出してウルズの元へ戻る。

「此れでも飲んで少し落ち着けよ」

 蒼空に言われて顔を上げたウルズの瞳に映るのは、ジュースが入っているコップとミスリル製の武具一式。側にいる蒼空を押しのけるように急に立ったウルズは、机に置おかれた長剣へ手を伸ばして鞘から抜くと刃を自分の首筋へ当てていく。

「よせっ止めろ!」

 ウルズの横に回った蒼空は彼女の手を掴んで引き合うが、ヴァルキュリアの力は強いので負けそうになった。

「後生だから死なせてくれ! 私はフレイヤ様に捨てられたんだーーーーーー」

「フレイヤ様の元で生きるだけが人生じゃないだろ! 冷静に考えるんだウルズ」

「バカな考えは止めろ!」

 蒼空が奪い合っていると仕事をしに本部へ入って来たダリアンが参戦し、2人掛でウルズの自殺を止めてどうにか長剣を取り上げる。

「うううう……」

「泣き出したぞ隊長どうするよこれ?」

「俺に聞かれても困るんだが」

 両手で顔を覆うと床で泣き崩れしまう戦乙女、(こうなったらマグレーに……)とか男2人が悩んでいたら雷が落ちて来てビックリした。

「やかましいぞお前ら!」

 2階から1階へ怒鳴り込んできたのは大隊長である。

 《毎日々朝早くから書類の山と睨み合っている彼女は、常にイライラしておりクロフェンを怒らせると給料に影響するので、大隊長には気遣って刺激しないようにするのが特察隊内で暗黙のルールになっているのだ。》

「叫び声が上まで響いてきたぞ! ドタバタは外でやれ私に迷惑を掛けるな! それとウルズ貴様はその程度なのか? 役立たずにも程があるぞ」

「役立たずだと、白バラ隊の分際でありながら運命の三女神を貶すつもりか!」

 ウルズは涙を貯めた目で側に歩いてきたクロフェンを睨み上げるが、大隊長はそれを嘲笑で返しながらこう話す。

「昔は偉かったが貴様はもう運命の三女神ではなく私の部下だ。怒れる元気があるなら自殺は考えないな、その感情をダミスにぶつけて憂さ晴らしをして来るんだ」

「私は貴様等のために働いたりしない」

「【ラグナロクの爪痕】で崩壊しかけているこの世界を見捨てて、運命の三女神様は1人で逃げ回ると言うのか? 大した誇りじゃないか役立たず」

「私は役立たずじゃない!」

「お前はこれからどうやって生きるのだ? アース神族に戻れず統合政府も拒絶するなら後は盗賊ぐらいしか仕事はないぞ」

「……」

「実力のある魔導師なら錬金術とかで稼げるだろうが、貴様には無理そうだな」

「不愉快だ」

「現実を受け入れろウルズ、貴様はアース神族から離れて自立するのだ」

「私を自立させたらお前達に反抗するかも知れないぞ」

「出来るものならやってみるがいい特察隊が返り討ちにするだけだ。ここにはお前より強い男がいるぞそうだな蒼空隊長?」

 (なぜ俺に振る……)と彼は怒りたかった。

 隊長としてウルズを手懐けろとクロフェンは言うが、それをするには自分が主神フレイヤ並みであると彼女を納得させなければならない。

「自信がないのか蒼空大佐? 隊長職を解いて別のやつに入れ替えてもいいんだぞ」

「ははははは……」

 自分を見つめる女性2人から顔を逸らした隊長は、天井を見ながら考える。

「そうか、ならこうしよう。ウルズ今日から貴様が第1……」

「わーーーーーーーー分かりました! やります、やらせて頂きます大隊長!」

 新人のウルズに隊長をやらせる訳にはいかない。

 大隊長に上手く丸め込まれた蒼空はこう言うより他になく、満足そうに顔を歪めたクロフェンは「始めからそう言え、私に無駄な時間を使わせるなもう騒ぐんじゃないぞ」と言い残して2階に戻って行った。

「あーそのなんだほら……」

「……甚だ不本意だが蒼空 隼人、私は今日から部下としてお前に従ってやる。お前が役立たずだと私が判断したら即斬り捨てるからそのつもりでいろ」

「お手柔らかに頼む」

「私はこれから何をすればいい?」


 ウルズに鎧を着させた蒼空はマグレーが合流するのを待って、まず彼女の生活環境を整える所から始める事にした。そして∞連合の基地から外にでた蒼空達は、馬車を呼んで乗るとスヴァルトの中心部にある商店街へ向かう。

 商店街は人通りが多いので一般車両の通行が禁止されている、なのでその前へ馬車を止めて降りた蒼空達は歩いて商店街の奥へと進んで行く。

「∞の癖に……」

「その口癖は止めろウルズ、スヴァルトで生活が出来なくなるぞ」

「そうだったな面白くない」

 水路を挟んで作られた石畳の車道が十字に走り、4人はその両端ある歩道を歩きながら話をしている。まだ早朝だが通りには活気があり店の品ぞろえも豊富、また言い掛けた言葉を飲み込みながらウルズは蒼空達へ付いて行く。

「まず給料が振り込まれる銀行を決めないとな」

「お前達はどの銀行を使ってるんだ?」

「普通と違って特察隊は任務の関係から、国とか衛兵の影響をあまり受けない民間で信用できる所のを使う。俺達と一緒ので良いよな?」

「詳しくないから今は任せる」

「後でちゃんと調べろよ、特に情報の管理体制へは細心の注意を払うんだ。幾ら利息が高いからと言って……」

「私は素人じゃない」

「そうやって自信ありげに語るやつに限って、コロッと簡単に騙されるもんだ」

 八百屋から魚屋に飲食店とか武器屋等が並んでいて、メインストリートは沢山の人が行き交っている。蒼空達が話している横でどこかに美人が居ないかと、探しながら歩くマグレーを横目で見ながらダリアンは更に続けた。

「怪しい投資話にのって借金を作ったり、女に騙されて破産したりするんだよなぁ」

「女は恐いよなマグレー?」

「女に騙されるのは男の宿命だ騙されることで男は成長するんだぞ」

「マグレーは財布の代わりに使えるとクロフェンから聞いが本当か?」

「その話はしないでくれウルズあの女とはもう終わったんだよ」

 メインストリートの真ん中へ来たら左に曲がって、暫く進むとある細い路地へ男達は入って行こうとし変だなと思ったウルズは聞いてみた。

「大通りから外れて銀行を探すのか? 大丈夫なんだろうな」

「政治家とか俺達のように裏の奴らがよく使う堅い所だ。表通りに店は置けないがクロフェンも使ってるから安心していい」

「あの女が使ってるなら信用できるな」

「その通りだが盲信は良くないぞ」

「分かってる」

 石壁の建物に囲まれた薄暗い道を進むと階段があり、地下に入って分厚い扉を開けるとそこに【VIPバンク】がある。

「何て言うかその直球だな」

「直球も直球、ど真ん中のストレートだぜ」

 《VIPバンクには看板が無いので、普通の人はただの地下倉庫だろうと通り過ぎるような所にある。取引相手は政府や軍関係とか大企業等に限られ、紹介状を持ってくるか余ほどの信用が無いと入り口の警備兵に追い返されてしまう。

 外見と違って高級感のある店内の床はスヴァルトでは珍しい木材で、その上に不燃性の高級絨毯が敷かれていた。》 

「入って直ぐに噴水がある……」

「アクエスが泳いでるだろ水精霊は銀行の神様なんだ」

「四大精霊を飼って防火対策は完ぺきという訳か贅沢な話だ、ウ……」

 《余談、魔獣族がそうであるように、精霊も神々や魔導士の手によって造り出された存在であり【貴金属や薬などを扱う錬金術】に対して、【キメラやモンスターに精霊など命を扱う魔法は錬命術】と呼ばれている。⦆

「天井にぶら下がってるあれもだ」

「ゴルデンバットだと!」

 《ゴールデン・ストーンアイ・バット、軟性オリハルコンで作られた体に巨大な一つ目を付けた蝙蝠型でめちゃくちゃ高い上級モンスター。》

「城や神殿でしか見た事ないのにただの店で何匹も……」

「少しぐらいその金を分けて欲しいよなぁ俺は苦しんでるのに」

「マグレーが苦しいのは自業自得だろ」

「だな」

「壁際に並んでいる像達はなんだ? ゴブリンの癖にやたらと偉そうなんだが」

「右から順にリムの魔女、ゴブリンの初代頭取と現頭取、人間とワーウルフで……」

「RGHW! 若しかしてこの銀行は……」

「RGHWはフレイ様の代名詞、VIPバンクの後ろ盾はオーディン様がミッドガルドを支配する為に造った半民間銀行でその名も……」

「富を司っている黄金の兄妹神、フレイ・フレイヤ様が筆頭株主の【F&F】」

「と言う訳だここなら安心だろ」

「確かにな」

「因みにF&Fは倒産寸前になっている」

「なぜだ?」

「各地の銀行にあった不動産に金銀財宝、投資や借用書から債権者・銀行員に至るまでその多くが、ラグナロクで吹き飛んでしまったからで御座いますよお客様」

「誰だお前?」

「失礼しました私は……」


 銀行内の壁際には個室が5つ並んでいて、受付嬢に連れられる4人がその内の一つに入ると続いて接客係が中へ入って来た。そして例によって例の如くマグレーは求愛行動を開始するのだが、軽く躱した女性は紅茶とケーキを机に並べて外に出て行く。

「また振られたなお前は何回続けるつもりだ?」

「ラグナロク前から続く大銀行なだけあって粒揃いだよなぁここは。あの女は社会勉強をしに来ている政治家の娘なんだぜ、いつか俺の物にしてやる」

「来るたびに声を掛けて毎回断られてるよな」

「3億Rの貯金なんてマグレーには無理だろ」

「うるせぇよお前ら愛さえあれば何とかなる」

「んがっ……」

 フォークでケーキを切って口に含んでいたウルズは、紅茶のカップを手に取ると一気に飲み干してから香水の匂いを漂わせる横の男に文句を言っていく。

「マグレーが変な事を言うから喉に詰まらせたではないか、笑わせないでくれ」

「どういう意味だ?」

「お前は愛情なんか持っていない」

「抱えきれないほど持ってるがウルズにも少し分けてやろうか?」

「欲情の間違いだろ、そんな汚い物など私はいらないからな」

 (この女……) ウルズに侮蔑の視線を送られたマグレーは、機嫌を悪くしたが流す事にして少しすると部屋の扉が開いて銀行員が中に入って来る。

「お待たせしました第1特察隊の皆様方ようこそVIPバンクへ、私は当銀行スヴァルト支部の頭取グラン=ジャガートで御座います」

 彼らの側へ来て恭しくお辞儀をするのはタキシードを着たゴブリンだ。

 《神が雑用係として創り出したゴブリンは、ワーウルフよりも長い歴史を持っている最古の魔獣族になる。狭い場所で仕事がし易いように平均身長は120㎝、人間でいう小学生4年生ぐらいの体格だが頭が大きめで賢い……(外部説明3ー1)。》


「蒼空様、態々私めをお呼びになるのは如何なる理由からで御座いますか?」

「ゴブリンの癖……じゃない銀行の頭取なのにその……」

 (此からは気をつけないと) と頭では分かっているが、昔からの癖が抜けるには時間が掛かるものでウルズが口籠もると察したグランが話し出す。

「特察隊の皆様とVIPバンクは持ちつ持たれつの間柄。その中でも蒼空様とクロフェン様には特別のご恩があるので、何か問題が起きた時には頭取である私自らが対応する事になっているので御座います。これで宜しいですかなウルズ様?」

「私のことを知っているのか?」

「私は今年で86歳になり天空都市に住んでいた事がありました。そこで行われた祭典で貴女様をお見掛けした事がありますし、昨日行われた大会議にも参加していたのですございます」

「なるほどな」

「F&Fの傘下にいる私共には関係ありませんが、鎖国を解いた直後の国へ売り込んで独占しようと他の皆様は騒がれておりますな。所で蒼空様、大方の予測は付くのですが御用件はなんでしょうか?」

「それなんだが……」

「……ウルズ様用の口座をSSS(スリーエス)で作って欲しいと。SSSランクは皇族級の待遇になりますのでそれはちと難しいかと」

「運命の三女神は主神クラスに次ぐ有名人だ、ラグナロクで名声が落ち嘗てほどではないと言えどこで何に利用されるか分からないんだよ」

「それは困りましたな……」

 蒼空達が並んで座るソファーの向かい側に座っている老齢のゴブリンは、顎に手をやりながら思案しやがて顔を上げると語りだす。

「嘗ての栄光取り戻そうと考える組織から見れば、ウルズ様は喉から手が欲しい人物なのでしょうな。ディグリスにおられるバルドル様より余ほど使いやすいと」

「フレイヤ様がヴァルハラに居るのに皆なぜ縋らない?」

「主神とはいえヴァン神族であるフレイヤ様ではダメだし、鎖国して干上がり掛けているヴァルハラの貴族連中に何ができる」

「主神オーディン様は生死不明だし、地上にいる強硬派は神格化する対象を探して再起を考えている。嘗ての栄光を取り戻して世界を支配したいんだと」

「そいつらが私に群がってくると? 正気とは思えないんだが……」

「ダミスと戦ってる最中に戦争で国が割れたら今度こそ滅ぶぞ、本当の意味でな」

 マグレーが終わりに話すと皆は話を止めて暫く沈黙の時間が訪れた、そしてそれだけ現状が危険なんだとウルズは理解する。

「それとなウルズ、アース神族のソール教団には注意しろよ。善人気取りで活動してるがあれは民衆を欺くための演技で裏では色々悪いことしてる」

「分かっているならなぜ潰さない?」

「腹の中は黒いが民衆からの信頼が厚い教団なんだよ」

「ディグリスに集まるのを嫌った軍人が多くいる組織でもある」

「下手に叩くと内乱になりそうなんだよな」

「荒れるのは嘗て偉ぶっていた神族や人間だけで他の連中は……」

「他って∞連合とかトライソウルのことか?」

「神族を嫌っている奴らは多いんだよ」

「話がずれてしまいましたな少々お待ち下さい……」

 4人の紅茶とケーキが無くなったのを見たグランは、接客係へ追加を頼むために防音構造の部屋から外に出て行った。


「銀行員にこんな政治の話をして大丈夫なのか蒼空?」

「みんな知ってる事だから今更だ。それよりもだぞウルズ、今気付いたのだが特察隊として働く為にお前にはやって貰わなければならない事がある」

 ウルズが横にいる蒼空へ質問すると、彼は自分ではなく背中にある翼を見つめながら変なことを言い出した。

「私がやらなければならない事だと?」

「背中に付いている飛翔器を外して欲しいんだ」

「ふざけるな!」

「外せるのかそれ?」

 回りが驚くなか目を尖らせたウルズは相手を睨むが蒼空は冷静に話す。

「飛翔器は背中のスロットに差し込んでいるだけだ。外して洗えるのは知ってるし羽をつけたまま彷徨かれると迷惑でしょうがない」

「この羽はヴァルキュリアの誇りだ、誰がなんと言おうと私は絶対に外さないぞ」

「白鳥の羽を真似たそれはアース神族のシンボルなんだ、つけたまま戦われるとアース神族として干渉していると宣伝する事になってみんなが困る」

「私は嫌だからな!!!」

「神族は上と下で揉めそうだし他にも危ない話は沢山ある、俺達が中立でいる為にはウルズに正体を隠して貰わなければならない」

「羽だけでなく名前や容姿も変えないとだな」

「絶対に嫌だからな! 誰がなんと言おうと私は絶対に嫌だーーーーーーー」

 フレイヤに売られた挙げ句、心のより所である飛翔器まで外せと言われ、半狂乱になったウルズが男3人と口論をし始めると、扉が開いて紅茶とケーキを載せたお盆を持った小柄なグランが部屋に戻ってくる。


「何をそんなに騒いでおられるのですかな皆様方?」

「聞いてくれグラン。こいつらが私の飛翔器を外せと言うんだ」

 口論で3人に勝てないウルズはゴブリンへ頼ることになってしまう。自分がとても情けなく思えてくる彼女だったが、机に紅茶とケーキを並べつつその話を聞き終えたグランはある提案をしていった。

「ではこう言うのは如何でしょうか……」

「新しい飛翔器に取り替えるのか、それで行こう」

「飛翔器を作ってる所なんてあるのか?」

「私は嫌だぞ勝手に話を進めるな」

「魔導機械技師(Mメタラー)か魔導人形使い(ドーラー)なら作れる筈だ」

「なら親方かフェンサーだな」

「芸術品に近いからフェンサーの方が良さそうだ」

「決まりだな」

「決まってないぞ私は嫌だからな!」

 ウルズの文句は隊長権限で却下される。

 予算については相談した結果、大隊長は多分出してくれないから入隊記念のプレゼ ントにして3人で負担する事に決められた。ウルズの新しい名前は無難そうな【エミリア】に決められ、新しい口座を開いた彼らは銀行からでて次の場所へ移動する。

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