3の1 横暴な上司と世界の事情
「———第1特殊強行、偵察部隊隊長、蒼空隼人以下3名。ダミスキャッチの掃除を終えてただいま帰還致しました」
「よく戻ってきたな第1特察隊。話は聞いてるぞさすがの腕前だ私も鼻が高い」
「褒めて頂けるとは光栄であります」
「よし。では次の任務と依頼を与える」
「3いや、5連続か……」
「鬼かよ!」
早朝から戦い始めて監督官を呼び⦅到着まで数時間掛かる⦆、そこから更にブルーホースを数時間を走らせて第一特察隊が本部へ戻るのは夕方ごろ。皆へとへとなのに敬礼しながら報告すると休まず直ぐに働けと言われてしまうのだった。
さすがにどうなんだと色男は抗議しかけたが……
「なんだと! もう1度言ってみろマグレーーーーーーーーーーー」
バンッと机を叩いて叫ぶ美少女エルフに睨まれた男は、横を向いて援護を要請。
ボソボソ「だから仮小屋で一泊して報告は明日にしようと言ったんだ」
「聞こえているぞダリアン」
目を合わせないように呟くダリアンは同じ様に睨まれると小声で謝る。
「次の任務と依頼は何でありましょうか?」
「それはだな……」
「俺達って働き過ぎだよなぁ」
「その前に今回の報奨金を渡しておこう、約束通りの600万リムだ」
クロフェン大隊長が椅子に座ったまま床から机に、持ち上げるのはズッシリと重い金貨600枚が入れられた革袋。
「ウルズ」
「遠慮なんてしないからな」
「お前達はそれでいいのか?」
どういう訳か知らないが革袋を両手で抱えて持ったウルズは、回りに分けようとしないので大隊長が3人に質問するも約束だから良いんだと返された。
「……お前達がいいなら詳しくは聞かん、仕事の話をするぞ1つ目の任務については後でウルズから聞くといい。2つ目になるS級の討伐依頼はディグリスの首都、ツェーダの郊外にあるアース神族の神殿でして貰うこれが依頼書だ」
「確認させて頂きます」
蒼空が受け取った依頼書を見ようと他の3人も集まり覗き込んで来た。
「神殿に住み着いたゴーストを倒してくれだと? これぐらい自力でやるべきだ」
「ダミスのは普通ゴーストとは違うんだよ。こういった廃墟や洞窟とかに沸くから定期的に見回って掃除を続けないといけない」
「HEPを3回も飲んだし俺の魔力は残ってない。3日は休みたいんだけどなぁーーー」
「根性でがんばれ、マグレーなら出来る筈だ期待しているからな」
「根性論かよ……」
大隊長の顔を見たくない男達は視線を依頼書に集中させながら話す。
「出来れば第1特察隊の蒼空 隼人大佐に手伝って欲しいと指名されているな。こう言うのは掃除屋任せにしたら駄目なのか?」
「ゴースト系の相手をする時は隊長が居ると楽なんだ。だから指名されている」
「世界中から求められて碌に寝る暇さえない誰か代わりにやってくれないか?」
「ダミスへ対抗するために統合政府は軍拡を続けてるから何れ楽になるだろう」
「だといいんだがな」
(此れからここで働くとか嫌な予感しかしないんだが……)
「話が済んだのならさっさと依頼場所へ行ってダミスを倒してこい。私は忙しいのだこれ以上時間を取らせないでくれ」
「忙しいってただ机に座ってるだけじゃないか」
「それを言うな!」
ウルズが余計な話をするとクロフェンは彼女を睨み、両手を広げながら机へ山積みされている書類を指さしつつ聞き返す。
「私の両側には何がある?」
「積み重ねられた書類の束だな」
「その数は?」
「60㎝程の高さになる山が6つだ、足下にもあるな」
「背後の書類棚にも詰め込んであるのだが何故こうなると思う?」
「分からない」
「新人のウルズには分からないだろうから教えてやろう。ここにある書類は
暴れ回るダミスに苦しむ住民からの苦情や討伐要請、啀み合っている各国への対処、盗賊に邪教徒対策、悪さをする魔導師の退治、予算確保に後始末、政治家やら裏組織とのやりとりに【入隊した貴様の問題】等とかへ必要なものだ。
私だから【ノイローゼ】にならず、効率的に事務処理とか取引が出来るんだぞ」
「働き過ぎではないのか? 部下はどうした。まて、私はアース神族で祭儀一式を取り仕切っている運命の三女神だぞ〘特察隊に入隊した覚えはない〙」
「気のせいではないか?」
「気のせいではない。私はあの件が片付くまで一時的に手を貸してやっているだけだ新人じゃなくて協力者だろ」
「私の副官兼メイドは2人いるが、私の命令であちこちを飛び回っている。特察隊は全ての種族からかき集められた高位魔導師の集まりだ、我々はこの世界を守るために命がけで戦う最強の魔導師集団であり、【統合政府は特察隊12名の献身的な支えがあるから崩壊せずに秩序を保っていられる】」
「仰々しいななぜ増強しない? 私は協力者だからな」
「戦うだけでいいなら直ぐにでも増強するんだがなぁ」
「表に出せない裏仕事があるんだよ。スパイが怖いから簡単には人が増やせず、最低でも高位魔導士並みの実力者でないと邪魔になるだけなんだ」
「このまま少数精鋭を続けていたら俺達は【過労で死ねる】だろうな」
「そこでだ……」
ウルズへ期待に満ちた8つの視線が注がれると彼女は身震いをする。
「私は協力者のはずだぞ」
「ウルズは信用に値する人材でヴァルキュリアだから酷使しても大丈夫、統合政府がヴァルハラへ協力する対価として特察隊に渡すから、お前は好きに使って構わないとフレイヤと統合政府との間で話が纏まっている。これがウルズの入隊届けだ」
「入隊届けなんて私は書いた覚えがないぞ! 勝手に作ったのか此れ」
クロフェンが引き出しから取り出した書類を机に置くと、ウルズは怒りだすが「書いたのは主神フレイヤで私じゃない。ヴァルキュリアは元からこうだろ神の命令に従って世界中で戦うヒロインじゃないか」と大隊長に言われてしまう。
「それはその通りだがしかしだな」
「我々はウルズの入隊を歓迎します、彼女の配属は第1特察隊で宜しいのですね?」
「その通りだ蒼空大佐が持つウラノスアイと相性がいい筈だぞ」
「これは悪夢だ、色狂いがいる部隊に入って戦い続けろだなんて……」
抱えている金貨が詰まった革袋を床に落とした黒い長髪の女性は、頭を抱えつつヘナヘナと床に座り込んで悲壮感に包まれていく。
「こんな扱いはあんまりですフレイヤ様、長いあいだ誠心誠意尽くしてきたのになぜ私がこの様に惨い仕打ちを受けるのですか……」
「セクハラやパワハラを受けたら私に報告しろウルズ。そんな最低なクズ男はこの私自らの手で処刑してやる、分かってるなマグレー?」
「分かってますよ」
「【特察隊への入隊ってそんなに酷い事なのか?】」
「言わせるなよダリアン」
大隊長の眉がピクリと反応したが誰も気が付かなかった。気落ちしたウルズを見ながらオオカミの顔を左右に回して尋ねた男に
「ここで働くならゴブリンと組んで下水路の掃除をする方がまだましだ」
「定時に帰れるし下水路の掃除で死ぬことはないもんな」と2人は答える。
「転職しようかな」
「下水路が好きならそういう仕事もあるぞお前ら。下水路にはダミスが集まりやすいから次もお前たち4人だけで……」
「「「それは許して下さい大隊長!」」」と3人の男達はクロフェンへ一斉に頭を下げていくのだった。
「これも神の試練だと言われるのですか? フレイヤ様どうかお慈悲を。運命の三女神であるこの私が∞と関わるような痴れ者達に売り渡されるなど、あなた様は本当にお望みなのでしょうか? なぜ私がこのような目に……」
「そこまで言うか」
白鳥の翼に絹のドレスとミスリルの軽鎧、〘神々しい姿で膝立ちした戦女神は光を浴びつつ両手を組んで天へと祈るも状況が変わる筈もない〙。
「ウルズの階級は能力の高さを鑑みて中尉からだ。福利厚生完備で給料は月35万リムになるぞ、特察隊へ入ったからには運命の三女神であろうと【遠慮せずに目一杯こき使うから】そのつもりで働くんだ」
「私に命令できるのは主神オーディンとフレイヤ様だけだ!」
「そのフレイヤにお前は売られたのだ。お前が親書を携えてミッドガルドに派遣された理由を考えてみろ早く諦めて楽になれ」
「そんなぁーーーーーーーーーーーーーーーーーアッ」
バタッと膝建ちの状態から横に倒れたウルズは気絶する。
「なんだと……」
「マジかそれ?」
「そうらしいな。ウルズ、聞こえるかウルズ」
シルクのロングドレスの上に鎧を着ている美女へ、近付いた蒼空は軽く揺すってみるが返事はなく仕方がないので、鎧を脱がした彼はウルズを抱え上げると部屋にあるソファーへ寝かせる事にした。
《「私が聞いた話によると運命の三女神は、オーディンが天空都市国家群(アースガルド)を作り始めた頃からずっとユグドラシルの維持管理をしていたらしい」
オーディンが国作りを初めて、年号を神西暦に変えたのが今から1863年前。その頃に神によって作られたウルズは今までずーーーーーーっと、尤も素晴らしいヴァルキュリアとして誇り高く生きてきてデーモンズや∞のような組織を見下してきた。
【彼女はその落差に耐えられなかった】のである。》
「よっぽどショックだったんだな」
「プライド高過ぎだろどうするよこれ」
「これだから生娘は、綺麗すぎるのも困りものだな全く」
「マジかそれ?」
ソファーの側へ集まったクロフェン達は、苦しそうなウルズの顔を見下ろしながら話しをしている。
「嬉しそうだなマグレー彼女に手を出すのは命がけだぞ」
「そんな恐い目で睨まないで下さいよ大隊長」
「アース神族の特殊攻撃部隊【白バラ隊】の隊長として前線にいた私と違って、運命の三女神はアースガルドから地上に降りた事が殆どないそうだ」
「つまり世間知らずのお嬢様と言う訳か」
「彼女達はフレイヤの近衛として戦う事もあったから知識はある筈だぞ」
「報告書とか纏められた資料から知識を得ていたのかな?」
「多分な」
「ウルズは偏見の固まりなんじゃねぇか?」
(面倒くさそうな女だ)とみんな思うがウルズを受け入れるしかない。
「我々の仕事に悪影響を与える可能性はありそうだが、任せたぞ蒼空大佐」
「何をでしょうか大隊長?」
「ウルズをしっかり教育して上手く使ってくれ。フレイヤ様との関係もあるし問題を起こしたら許さないからな、彼女には優しく丁寧に接するんだぞお前たち」
「同じアース神族かつ女性である、大隊長が教育される方が宜しいかと思いますが」
「私は忙しいのだ、そんな事をする暇などない、だからお前がやれ」
「了解しました」
柱時計の針が9時半を指すと音が1つ鳴る。ウルズを無理に起こそうかとも思ったが蒼空達も休む時間が欲しいし、寝かされている彼女が目覚めるまで交代で様子を見ながら待つとこんな時間になってしまった。
「う~ん……」
「起きたかウルズ調子はどうだ?」
「私はどうしてここに寝ている?」
ソファーから上半身を起こしたウルズはなんだか少し老けたようだ、短時間で老いる筈はないがつい先ほどまで満ちていた気迫がなく別人に見えてしまう。
蒼空があれこれ説明するとウルズは肩を落とし項垂れて呟いた。
「私の人生は終わったなもう二度とアース神族には戻れない……」
「起きたならさっさと部屋から出て行けウルズ。貴様がここにいると私は大隊長室から出られないのだ1時間半も残業させられてるぞ」
大隊長室には重要書類が山積みにされており彼女はその責任者なのである。
「それは悪い事をしたな直ぐに出て行く」
立ち上がろうとした彼女は蹌踉めくが、どうにか踏み止まると気を入れ直してのろのろと部屋の外に出た。
「やっと休めるウルズのことは任せたぞ蒼空」
扉へ鍵とダイヤルロックの後に魔術錠も掛けた、クロフェンはさっさと帰ろうとするので蒼空は呼び止めていく。
「手を貸して貰えないのですか大隊長? 女性が1人いると助かるのですが」
「ウルズはお前の部下だろ?」
「その通りです申し訳ありませんでした」
「なぜ私がこんな男なんかに……」
クロフェンが居なくなり残された2人は1階に下りる。ランプの光で1カ所だけ明るい長テーブルに軽装のダリアンとマグレーが向き合って座り、ウルズをダリアンの隣へ座らせた蒼空はマグレーの隣へ座った。
「随分と落ち込んでいるようだが何か飲むかウルズ?」
「いらない、私の事はほっといてくれ」
下を向いて顔を上げない彼女はにも泣き出しそうで、どこから話そうかと他の3人は悩んでまず席から立ったダリアンは、「ホットミルクを作ってやるから少し待ってろ」と話しつつ奥のダイニングキッチンに向かって歩き出した。
「俺は何もしないからな隊長が彼女と話をするべきだ」
「何でだよマグレーの方が適任だろ」
「ウルズが俺の話なんか聞くと思うか?」
「困ったな……」
「私の事は放っておいてくれ。特察隊に入るぐらいなら私はヴァルキュリアらしく炎に飛び込んで自殺する湖でもいいな……」
(ウルズなら本当にやるかもな)
脳内に沸きあがったこの考えを頭を振って否定した蒼空は、まず彼女が誤解している特察隊の全体像から正していく事にする。
「特察隊は∞連合軍の敷地内に基地を構えているが統合政府の組織だ。ウルズは思い違いをしているぞつまりだな……」
「聞き流すから好きなだけしゃべれ。どうせ私なんか……」
「ラグナロク後に荒廃した世界を立て直すべく、各種族が纏まって作られたミッドガルド統合政府って言うのはな……⦅外部説明2⦆」
「各神族や魔獣族、∞やデーモンズにそれぞれ事情がある訳だが、ここまでは理解して貰えたかウルズ?」
「聞いてる聞いてる聞いてるだけだがな。はぁーーーー」
「それでなこの3ヶ国統合政府の下に作られたのが……」
《【情報管理局】
生活情報からクエストや特許の管理まで多種多様。
【統合商工業組合】
3ヶ国で商売をする人は全員参加、みんなで仲良くするのが理想だが対立が多くて纏まらず形だけの存在になっている。
【地域管理軍・グラウンドフォース】
各勢力は自力で軍を持つが自力で持てない所へ派兵される。
【世界巡回討伐軍・掃除屋】
3ヶ国共同でダミス退治。
【現在1~3隊がある特殊強行偵察部隊】の5つになる。》
「いくら説明しても無駄だぞーーーーー」
「特察隊の仕事はクロフェン大隊長がぼやいたように多岐に渡り、絶大な権限と戦闘力をもつこの組織は世界秩序を維持する【ヒーロー&ヒロイン的な存在】になる」
「私達がヒーロー&ヒロインだと!? はぁはは……駄目だ笑える気力も出てこない」
「これは重傷だな」
「ほらホットミルクだ蜂蜜とブランデー入りだぞ」
「ありがとう」
側に来たダリアンから暖かくて白いマグカップを受け取ったウルズは、そのまま口元へ運ぶとまず一口飲む。
「美味しいな、運命の三女神がワーウルフに慰められるとは……」
礼を言う為にダリアンを見上げたウルズだが、カップを机に置いてまた下を向く。
「彼女は落ちる一方だぞ隊長」
「元気出せよウルズ。運命の三女神程じゃないが特察隊もやりがいのある立派な仕事なだから、その名を汚すような事にはならないぞ」
「私は運命の三女神としての生き方しか知らないし、変えるつもりもない。私はフレイヤ様に売られてしまった哀れなヴァルキュリアなんだ……」
(困ったなぁ) と3人は悩んでいる。
「ウルズは腹が減ってるだろ、腹が減ってるからそんな塞いだ気持ちになるんだ。好きなのを作ってやるぞ何が食べたい?」
「何もいらない、私はこのまま飢えで死んでしまいたい位なんだ」
「隊長、ダリアンちょっといいか?」
「直ぐ戻るからなウルズ、余計な事を考えるんじゃないぞ」
話を切って立ち上がるマグレーに導かれて、少し離れた所へ集まった3人は輪になるとウルズの様子を伺いながら相談を始める。
「先に意見を言ってもいいか?」
「なんだマグレー?」
「ウルズは直ぐにフレイヤの所へ送り返すべきだ。盲目的にアース神族を崇める女なんか危なくて使えないぞ」
「1800年を超える重さだもんな簡単には割り切れないか」
「基本的に善人だろ、慣れれば何とかなるだろうしあの戦闘力は捨てがたい」
「ウルズが特察隊の仕事に耐えられると思えない、精神的な意味でだ」
「切るなら早いほうがいいと?」
「そうだ裏仕事を知られる前に送り返した方がいい」
「判断材料が足りないなウルズはどんな仕事をしてきたのか……」
「知らないが想像は付くだろあの女は気絶したんだぞ」
「高潔で綺麗すぎるかも知れない女か……今日はここまでにしよう、明日の朝もう一度話をしてそれから決める。夕食だダリアン、何でもいいからウルズに食べさせてやってくれハーブやスパイスの効いた元気が出るのがいい」
「任せとけ」
相談を終えてウルズの側へ戻った3人は酒を飲むぞと騒ぎだす。
ダリアンが作り始めるのは肉料理を中心に揚げ物とかステーキとかで、他に果物や2Lワインとかウルズはやけ酒とやけ食いをし、食べる元気があるならと蒼空達は少し安心したが彼女は酔い潰れてしまう。
「ウルズは寝たようだな」
「後は任せたぞ隊長」
「フレイヤ様ぁ私は用済みなんですか……」
「やれやれだ」
熟睡して寝言を言う起きない彼女を背負った蒼空は、特察隊の本部から通りに出ると馬車を呼んでそれへ一緒に乗り込んでいく。
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