2の2 宮仕えは大変だ……

 ∞庁舎から出て馬車に乗った蒼空達は軍の基地へ向かう事にした。

 《入国ホールから直進している幹線道路の左右に広がるのが、彼らが目指している【∞連合軍の陸軍第1大隊基地】。特察隊の本部はこの基地の隅の方にあり3カ国統合政府の直属だし色々あって彼らは腫物のような扱いを受けている。》

 幹線道路の北側に馬車を止めて降りた蒼空達は、セキュリティゲートを抜け兵舎を越えて更に奥にある大隊司令部の前を通り過ぎかけたが、どうしてだか入り口を守っている警備兵に呼び止められてしまう。

 その兵士から話を聞いた蒼空達は、戦闘に備えて頑丈に作られた建物に入っていき1階にある士官用の食堂で仲間を見つける事になった。

「そんなに怯えないでよ子猫ちゃん」

「困ります私……」

「またやってるな彼奴」

「迷惑だからさっさとここから連れ出せだってさ隊長」

「こりん奴だ」

 《無骨者が多い軍隊の中にて、常に化粧品を持ち歩いている変わり者。爽やかなミントの香りを漂わせる褐色肌の美男子は、食堂のテーブルに向かい合って座る若いエルフの女性を口説いている最中だった。》

「ここで君と出会えたのは運命の導きに違いない。恥ずかしがって顔を逸らすさずに俺を見てくれないか? さぁ」

 どうせ振られるだろうと蒼空とダリアンは、離れた所から彼らを見守っている。〘指輪をしている女性の左手〙を自分の両手で優しく包み込んで、離さない男は息づかいが聞こえる距離で相手を見つめ続けていた。

「こういうの凄く困るんです!」

 やりように困って回りを見た女性の、目に付くのはテーブルに載っているコーヒーカップ。それを右手に持った彼女はマグレーの顔へ掛けると、男の手が緩んだ隙に左手を抜いて立ち上がり逃げて行く。

「これで10連敗だなマグレー、女の尻ばっかり追っかけてて楽しいか?」

 エルフの女性が居なくなると第一特察隊の男達は、ハンカチで顔にかかったコーヒーを拭いているマグレーに近付いて話しかけた。

「楽しいぞダリアン、家族持ちで遊べないお前がほんと可哀想だ」

「家族の良さが分からないとは不幸な男だな。妻と子供はいいぞぉ、毎日明るく頑張って働こうという気持ちになる」

 ダリアンとマグレーが戯けた様子で話すとその横から蒼空が尋ねる。

「成功率4%台、振られたのは470回目だったか? 先は長そうだなマグレー」

「490敗20勝だ! 高潔かつ豪腕なヴァルキュリア様はどうなった? あの女こんど会ったらただじゃおかないぞ」

「自分が悪いのに怒ることないだろ」

「いきなり殴られ投げられて気絶させられたんだぞ俺は。まぁいい、それで?」

「ウルズは要人が集まっている大会議場に引き渡してきた。これから任務完了の報告をしに大隊長へ会いに行くからお前も一緒にこい」

「分かった」


 マグレーが席から立つと3人は揃って司令部から出ていき、その奥にある特察隊専用の建物へとやって来た。

 《それは石壁の厚さが他の倍、全ての窓にミスリル製の格子窓が溶接されているというちょっとした要塞のような3階建てで、2つの鍵が付いた金属製の扉を開けて入った蒼空達は規則通りに直ぐその鍵を閉める。》

「まず酒だな」

「大隊長への連絡が先だぞマグレー」

「大隊長は大隊長室で待っているから急いだ方がいい」

「しらふで行けるかよあんなとこ」

「しらふでないと大隊長は……」

「行けばいいんだろ行けば!」

 《1階はデーブルセット、ダイニングキッチン、風呂とトイレの生活スペース。今3隊ある特察隊全員が一度に入れるようにと中は広めの作りだが、皆忙しいので中々ここへ集まれず余り使われない部屋。》

 そこを抜けて2階に上がると通路の左右に幾つかの部屋があり、その中で一番大きな扉の前に立った蒼空はノックをしてから入室する。

「戻ったか第1特察隊、報告を聞こうじゃないか」

 《入って直ぐ目につく壁一面に置かれた書類棚の手前、森が無くなって貴重になった木製の高級デスクに座るのが特察隊の大隊長【ゼリア=クロフェン少将】。》

 特察隊は少数だが各軍への命令権を持ち、階級は一つ上の扱いをされる。

 〘大隊長は少将、隊長は大佐、それ以下は中佐~少尉以上。〙

 独自の諜報組織をもち裏仕事を沢山こなす特殊強行偵察部隊は、政府の要人やら大企業にも顔が効くという少々怖い組織なのである。》

「ご報告いたしますクロフェン大隊長!」

 彼女に近付いた蒼空隊長は背筋を正し、仮面の横に手を添えて敬礼をしたままウルズを救出した経緯の報告をし始めた。

「……予測通りの状況、いやそれ以上だったと言う訳か」

 《読んでいた書類から目を離して蒼空に顔を向ける彼女は、成人前の少女に見えるがラグナロク前から生きている高齢の金髪エルフ。

 ミドルヘヤーの頭に白バラの飾りがあるカチューシャを付け、着ている服は同じ飾りが付いた厚手の可愛いめの長袖服とスカート。彼女の武器は机に立て掛けてある等身大でオリハルコン製な両刃のバトルアックスになる。》

 (誤魔化せるものではないが下手なやり方だな)

 普段の蒼空大佐はもっと楽な態度を取るが緊張するその様子から、(何かやらかしたなこいつ等……)と察して机から見上げつつクロフェンは彼の話が終わると、

「それで幾ら掛かったのだ? 私へ素直に話して見るんだ蒼空大佐」と彼が報告しなかった箇所について〘優しく聞いてみた〙。

「仰る意味がよく分かりません」

「ウルズの釈放に幾ら掛かったのかと聞いている。私は1800万R(リム)を上限にしていたがお前はそれを越えたのだろう?」

「それがそのぉ……」

 【処刑時刻が早まったので援軍が間に合わず、狂気に満ちた群衆に囲まれる中での交渉だったので高額を提示し、勢いで押し切るしかなかったんだと隊長は言い訳した。】

「3500万Rとかほぼ倍額じゃないか。さてどうしたものか……」

「自分は判断を間違ったとは思っておりません、ヴァルキュリアのウルズにはそれだけを払う価値があると思っております」

 笑みを消して厳しい眼を向ける上司と、目を合わせようとしないその部下。彼の後ろで敬礼したまま様子を窺うマグレーとダリアンは、あれこれと悪い予測を立てながらクロフェンが出す答えを待っている。

「私は良い上官だから第1特察隊を責めはしない。現場に置いては臨機応変、その場にいる隊長の判断を優先するべきだと私は思う」

「クロフェン大隊長の下で働ける自分は幸せ者であります!」

「しかしだぞ蒼空大佐、政府系組織は使える予算は限られているのだ。分かるな?」

「分かります」

「その限られた予算で動いている組織は誰かが赤字を出すとだな、上官は赤字を埋めるために政府へ頭を下げて謝り予算を増やして貰わないといけなくなる」

「心中とご苦労をお察し致します、しかしそれが上官たる者の勤め……」

「私は頭を下げたくないのだ!」

 バンッとクロフェンが机を叩いたらビクッと蒼空達は緊張した。


 《力関係の問題で上に頭を下げると、特察隊は影響力が下がって出来ることが段々減ってくる。この組織は非常に特殊であり、世界秩序を維持するためにその影響力は維持されなければならず、故にクロフェンは政府へ頭を下げるのを極端に嫌う。》

「でだ。私は此から政府へ頭を下げずに赤字を無くす方法を考える訳だが、どうすればいい何か良案はないか蒼空大佐?」

「自分には考えつきません」

 ほうっと息を吐いて営業スマイルを作りながら大隊長は提案する。

「部下の給料を削るというのは悪い上官だ、私はこれをしたくない。となると新しい任務をこなして赤字を埋めて貰う事になるが丁度良いのがあるぞ」

 書類やら何やらが山積みにされた机の引き出しを、開けたクロフェンは1枚の羊皮紙を取り出して机の上に置いた。

「此は何でありますか?」 

「S級モンスターの討伐依頼書だ。掃除屋から自分達の手が一杯だから特察隊にも手伝って欲しいと頼まれててな、どう扱うか迷っていたんだがやらないかお前ら?」

「掃除屋と言う事はつまり……」

「そう言うことだ」

「依頼書を見せて頂きます」

 羊皮紙を手に取った蒼空は振り返り、後ろの2人にも見せながら内容を確認する。

「やはり黒い霧の魔物誘引石(ダミスホイホイ)の掃除か」

「3ヵ月程掛けて【ダミスホイホイ⦅DMH⦆】に招き集めた、ダミス軍団を一掃して欲しいそうだ。参加人数が少なければ少ないほど分配される報奨金が高くなる」

 《報奨金とは軍の給料とは別に支払われる特別手当のこと。月給だけで働かせると実力の高い魔導師が集まらず、民間とかに流れてしまうのでこの様な制度がある。》

「想定されるダミスの数は200体以上で、【ゴーレムを含めた歩兵1個中隊以上による集団戦闘】が望ましい。と記してありますが俺達と一緒に戦ってくれる部隊の手配はどうなるのでしょうか?」

「部隊の手配をしたらやる意味が無い」

「なぜですか?」

「お前達だけで掃除をやるから報奨金で赤字を埋められるんだぞ」

「はい????」

 (冗談だろ?) と3人は揃ってクロフェンを見つめた。

「歩兵1個中隊は約200人で、この依頼の報酬は2000万Rと1人当たり10万Rの稼ぎになる。赤字額は1700万リムだから……」

「自分達3人だけで依頼をこなすと赤字が解消できる訳ですね」

「その通りだ。赤字の内300万Rはこっちが負担してやろう、お釣りの300万へ更に300万を足してお前達は1人200万Rずつの稼ぎになる。私が優しい上官で良かったなお前ら感謝してもいいんだぞ」

「感謝って……」

「金の問題ではありません大隊長、我々は命が掛かっているんです」

「俺達を殺す気かよ!」

「デーモンキラーの蒼空、神速の斬撃(ゴツドザン)のダリアン、色狂いの風使い(ピンクタイフーン)のマグレー。3ヶ国の中でも屈指の実力者が集められた第1特察隊ならこれ位は余裕なはずだ」

 ニッコリ微笑んだ美少女の背中に見える赤い炎。当然ながら蒼空達は抗議をするのだが、お前達はこの依頼をこなした事がある筈だと言い返される。

「あれは運が良かっただけです、幾ら俺達でもそれ程の数と3人だけで戦うというのは無茶が過ぎるかと……」

「運じゃなくて実力だろ出来るよなお前ら?」

「ですから」

「出来るよな?」

「少し時間を下さい」

「早くしろ私は忙しいんだ」


「……どうするよこれ」

 大隊長室の端に移動した3人は輪になって相談をし始める。

「前回は滅茶苦茶に大変だったよな」

「3人でやれば大儲けだって言い出したのはダリアンだ」

「家族を養うのは大変なんだぞ稼げただろうが」

「勝てると思うか隊長?」

「数次第だな……」

 判断材料に地図を求めた彼らは本棚からこれを取り出すと、近くにある机を囲んで座りながら広げてその場所を確認していく。

「DK18P……東西4号線のユルボ山脈に近い所じゃねぇか!」

 《地上の大陸には中心部を南北を貫くミッドガルド大街道があり、そこへ横串を通すように1~8号の幹線道路が造られている。》

「雨がよく降る南側でダミスの湧きやすい所だな」

「2000万Rでは割に合わないんじゃないか此れ?」

「1ではなく2個中隊は欲しい所だが、軍の規定だと報奨金の最低金額は1人5万Rだから倍にしても違反しないし、上級ドラゴンとかの大型は居ないと書いてある」

「その部隊数は精鋭部隊を基準にして計算するんだよなぁ」

「通常部隊では+1とか倍以上がよくある……」

「魔道兵器込みだと更にややこしくなると」

「年々軍に掛かる予算が増えて困る上は少しでも削りたいそうだ。少数精鋭ならそれでも十分な稼ぎになるし、異論は一切認めないから頑張るんだぞお前達」

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