2023/2/10 15:52

 史跡・殺生石。

 周囲の風景は荒涼として、観光客を不安にさせる。

「本当に、毒々しい景色ですね」

 九尾の妖狐の化身とも、あるいは妖狐の封印とも言われている、おどろおどろしい毒石。

 真相は不明だが、例え「噂」程度の話でも、信じる者にとってはそれが真実だ。

 その石を前にして、二人の男性が立っている。

「それにしても、驚きましたね。この石、割れているじゃないですか。それも、真っ二つに」

 片方は、興味深そうに石を眺めながら、辺りをつぅと眺めている。

 対してもう片方は、煙草を口に咥えながら、石などには興味なさそうにしていた。

「さて。あなたのお名前は、かねがね伺っておりますよ」

 満を持して、二人は本題に入る。

 今までの流れは、全て牽制だ。

「妲己……、いえ、褒姒でしたっけ?」

 「どうでもいい」と、男の返答。煙草の先に、火をつける。

「どうですか? ここ以外の景色を見るのも、そりゃあもう、随分と久しぶりでしょう?」

 声のトーンが、意地悪い。隣の男、人間に化けた「妖狐」は、うんざりした表情を浮かべた。

 九尾の妖狐。

 悪い噂には暇のない、伝説の化け狐。

 この日本では、かつて陰陽師によって正体を暴かれ、その姿を石に変えたと言われている。

「兎怪」

 狐は、男の名前を呼んだ。互いに、互いの本性を剥がし合う。

 兎怪。

 古くから中国に伝わる、兎の化け物。

 人の姿に化け、嚇し、「恐怖」の感情を植えつける。

 そうすることで、今日まで生き永らえてきた。

「一体、何をしに来た」

 狐の発した質問に、人間のフリをした化け物は、頭を指してニヤリとした。

 最早、隠す必要がないのだろう。柔らかい兎の耳が、風に揺れて動いている。

「別に、何も。ただ、ちょっと日本に、遊びに来ただけですよ」

 目を光らせて、兎は言う。それはまるで、隅々まで磨かれた鏡のようだった。

「おまえのような化け物が、うろちょろしていると迷惑だ。この国に長く居座ると、勉強代の方が高くつくぞ」

「おや。随分と、日本語が達者なのですね?」

「当たり前だ。何千年前から、ここにいると思っている」

 兎怪は妖しい笑みを浮かべた。

「それなら何故、不得手な真似をしているのです? ひょっとして……」

 見る者を震え上がらせるような、暗くて裏のある笑み。

「……あなたも、人を『騙す』ことを生業にしているから、ですか?」

 九尾の狐は答えない。

 その代わりに、化け兎をぎろりと睨んだ。

「それに、あなたは女性に化けるものだと思っていましたが……。どういう風の吹き回しですか?」

「おまえに話す義理はない」

「おやおや。怖いお方ですねぇ」

言いながら、兎は小さく肩をすくめる。

「『この石』が割れて、あなたが再び、この地に現れたのも……。ひょっとすると、何かの縁かもしれませんね」

 恍惚とした、その表情。何かを企む、妖しい姿だった。

「少しでも、怪しい動きをしてみせろ。俺がおまえを殺してやる」

「まさか。明後日の便で、大陸に戻らないといけないので。今日はもう、予約した宿に帰ります」

 耳を後ろに撫でつけて、兎はただの人に戻る。

「それでは、またどこかで」

 そしてひらひらと手を振って、那須の観光地へと消えていった。

 化け狐を、一人残して。

「……くだらんな」

 狐は小さく息を吸い、次に大きく息を吐く。

 煙草から出る白い煙が、肌寒い空気に溶けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

时代眼泪 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ