2022/3/17 15:00
令狐くんと出会ったのは、二〇二二年の春先だった。だから、今からちょうど、一年前。
「こんにちはぁ」
あのときは、ちょうど昼の営業が終わった時間帯だった。母さんが暖簾を下げて、私が「営業中」の札を「準備中」に裏返した頃合いだった。
「あらぁ、こんにちは」
彼はとびっきりの笑顔と、カタコトな日本語で、あっという間に母さんと距離を縮めた。
「わぁ。お姉さん、きれい」
「やあねぇ! もう『お姉さん』って歳でもないわよぉ!」
明らかに甘ったれた声で、母さんは体をくねらせる。昔っから、こういう言葉に弱いんだから……。
……と言うか、そもそも、ぜぇったいに、母さんのことじゃなくて、私のことだよね? まぁ、別に、お世辞だって分かってはいるけど! 私だって、もう三十手前だし、至って普通のフツメンだし!
「俺、令狐。令に狐。狐、分かる?」
令、狐。彼は一文字一文字を、実に丁寧に発音した。
「へぇ。中国の人の苗字って、一文字だと思っていたわ」
「単姓、多い。でも、複姓もいる」
母さんと楽しそうに話す、彼の横顔。黒い髪と白い肌の、コントラストがきれいだった。
「俺、あそこの温泉で、この前から、働いてる。昼、ここ来る。よろしくね」
あの日から、令狐くんは店の常連になった。
だから、私も両親も、毎日彼の顔を見るのが日課になってしまった。
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