时代眼泪

中田もな

2023/2/10 12:30

 観光シーズンでもない限り、ここは閑静な田舎町だ。すぐ近くの温泉地には、人がよく集まるけれど。

 両親の営む中華料理屋で、私は毎日、店番を任されている。数年前、都内の会社でのいざこざで、この地元に帰って来て。それで、父さんの「気分転換になるだろう」の一言で、こうして店の手伝いをすることになった。

 本当は、こんな田舎で暮らしたくなくて、頑張って上京したんだけど。今は別に、こういう生活も悪くないなあって思える。いい加減、私も大人になったのかな。

 今日は至って普通の平日の、至って普通の真っ昼間。こういう日には、近場のおっちゃんが何人か、それと常連さんしか来ない。

「ちょっと、令狐くん! 店の中で煙草は止めてって、いつも言ってるでしょ!」

 小さい厨房と向かい合いの、年季の入ったカウンター。お決まりの席に、今日も今日とて令狐くんがいる。

 中国人の令狐くん。背丈も手足もすらっと長く、顔立ちもきれいで整っている。苗字に「狐」が入っているけど、すうっと目を細めた姿は、まるで本物の狐みたい。

 令狐くん、おそらく二十歳前後。癖のない長い髪を、裏で大きな三つ編みにまとめている。その髪型も、結構可愛いとは思うけど……。いつも痛々しいキャラTシャツを着ているのが、玉に瑕があり過ぎる。だけど、それが令狐くんスタイル、らしい。

「最近はねぇ、喫煙とか禁煙とか、そういうのに厳しいの!」

「うんうん、分かってるよー」

 スマホの画面をいじくりながら、彼は大きく首を振る。片手で持て余している煙草は、何故だか特徴的なにおいがする。

「ははは。この动画、面白いね」

 ちらっと画面を観てみると、“红红火火恍恍惚惚”だとか“hhhhh”だとか、物凄い弾幕でキャラクターが埋もれるほどだ。よく分からないけど、相当面白いアニメらしい。

「それより、なんで水饺ない? 早く店に置いてね」

「何度も言うけど、この店は焼き餃子がウリなの! そんなに水餃子が食べたいんなら、別の店に行ってよね!」

「悪いわるい、そんなに怒るな」

 壁に貼られた料理名は、「○○餃子」が大半を占めている。父さんの得意料理なんだ。もちろん、私も好き。小さい頃から、よく食べていた。いわゆる、「家庭の味」ってやつ。

「じゃあ、普通の饺子、一個ね」

「はいはい。飲み物は?」

「それも、いつもの」

 お昼のニュースを流す、店のテレビ。昼間から豪快な食べっぷりの、農作業のおっちゃんたち。

 今日も、平和だ。この店は。

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