第23話 怖い話
門谷 蓮は兄から怖い話を聞かされ、中々眠る事が出来なかった。こんな話しで怖がるとか、ビビリだと笑われてしまったのだ。けれども、怖いものは怖い。
そうだ。太郎くんなら何か怖い話知ってそう。お寺の子だし、何か知っているに決まっている。
そう考え、兄を誘い、太郎の所へ話しを聞きに行ったのだ。
蝉時雨の酷い朝だった。
「怖い話であるか?」
太郎は突然の二人の訪問客に目を白黒させていた。姉の鈴に頼まれ、鈴の部屋の荷物を全て外へ出している最中だった。鈴は太郎の友達が来た事に気付き、「遊んで来て良いよ」と言うと、太郎は鈴の真っ青な顔を見やった。
「実は夜中に出たのである」
太郎が話し出すと、蓮は兄の後ろに隠れる様に身を屈めた。鈴は太郎の話しに、余計顔が青くなる。
「そうなのよ。お陰で寝れなかった。一度目を離したら姿を消してね……」
蓮の脳裏に、白い着物姿に、おでこに三角の折り紙を貼り付けた足の無い幽霊が思い浮かんだ。
「本当に怖かったのよ」
鈴の声は震えていた。
「何が?」
恐る恐る兄の葵が口を開いた。片付を飲んで兄弟は続きを待った。
「何を言っておる。そなた達にも馴染みのあ奴である。この間、学校のトイレにも出たのである」
太郎の話しに蓮は『トイレの花子さん』を連想した。やっぱり居るんだ。太郎が言うのだから間違いない。
「やめてよ! そりゃ何処にでも居るけど、態々私の部屋に出てくること無いじゃない!」
成る程、この二人は霊感の有る人間なのだと蓮は思った。
「で、どんな霊だったの?」
蓮同様、幽霊の話しだと思っていた葵が、痺れを切らせて問い質した。
「え?」
鈴はその言葉に困惑し、太郎を見やる。太郎も鈴の顔を一瞥すると、この来客の顔を交互に見やった。
「茶色い黒光りのする、こう、小判型の姿をしておった。触角もあっての……」
蓮はゲゲゲ○鬼太郎に出て来るバックベアードを想像したが、ここで葵は気付いた。
「ゴキブリ……?」
葵の言葉に太郎はニコリと笑っていたが、鈴は神妙な顔をして頷いていた。成る程、それで部屋のものを全部外へ出し、バ○サンを焚こうとしていたのだと葵は納得していた。
太郎と葵と蓮は土手を歩きながら太郎の話しを聞いていた。けれどもこれが中々、小学生には難しい話しだった。
「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ……」
何となく、テレビの教育番組で聞いたことがあるような気はするが、葵も蓮も、太郎が何を言っているのか意味が解らなかった。その後、盲目の琵琶法師が武者の霊に連れられ、墓場で平家物語の壇ノ浦の段を演奏すると聞いても、
もうもく? 琵琶法師って何? 平家物語? 壇ノ浦?? と、謎解きの様な感覚になってしまい、イメージが沸かない。最終的にお経を書き忘れた耳だけ取っていかれたと言うのを聞いて蓮は自分の耳はちゃんとついているか確認したが、葵は蓮程怖がらなかった。
道なりに歩いていると、河原に乾と浜路が居た。太郎はこの二人が怖い話を聞きたがっているのだと乾に相談すると、乾は少し考える素振りをした。
「もう夏休みだからどっかに家族で旅行へ行くと思うんだけど……」
と、前置きして乾は話し始めた。
「私が生まれた1999年の話しなんだけどね。川の真ん中に島みたいなのあるじゃない? あれを中洲って言ってね。そこにテント張ってキャンプをしてた人達が居たのよ」
乾は眼の前に流れる川の小さな中洲を指し示した。葵も蓮も、浜路もそれを見ていたが、太郎は眉根を寄せた。
「それは危ないのである」
「そう。普通ならやらない。まあ、そこの中洲よりずっと広かったらしいわよ? 子供六人を含む十八人でキャンプしてたのよ」
葵は想像した。子供六人なら、自分と、弟の蓮。お隣の太郎に、そこに居る浜路。その隣に居る見たこと無い子供。それから鈴も一応子供かな……大人が十二人だから、自分の両親と、乾さん、太郎の爺さんに、木曽根のおじさん、おばさん、お巡りさんに、学校の先生……まあ、あとはいいや。
「雨が降ってきてね。ダムの管理職員が水嵩が増しているから帰るように言ったんだけど、その人達は帰らなかったんですって。他にもキャンプしてた人達は大勢居たんだけど、殆どの人がその最初の警告で帰ったのよ。
それから大雨洪水注意報が発令され、上流にあるダムの放流予告のサイレンが鳴らされた。ダム管理職員が再度忠告したのに帰ろうとしない。警察や地元住民までやって来て退避を呼びかけたのに応じなかった。
そして中洲は水没。テントも流された。強風に煽られ、大人の膝を越える濁流に曝され、その場に居た全員がパニックになったの。
強風で救助ヘリも飛べない。川の流れが激しくて救助の人も近付けない。等々全員濁流に飲まれちゃったのよ」
葵と蓮はじっと眼の前の小さな中洲を凝視し、話しを聞いていた。
「それで?」
葵は思わず口を挟んだ。どうなったのだろう? 楽しいはずのキャンプで、大人も沢山居て、何度も注意されても帰らなかったその人達は、その後どうなったのだろう?
「流された十八人のうち、助かったのは一歳と五歳の子供、あとは大人が三人きりで、十三人が死亡したのよ」
蓮はそれを聞いて顔が真っ青になった。もし、流されたのが自分や、兄や友達だったら……誰が欠けても嫌だと思った。
「だからね、あんたらはちゃんと勉強しなさい。親が阿呆だったら自分達で自分の身を守るしか無いの。自然は無謀な人間に優しくない。周りの言葉に耳を傾けない意固地で利己的な人間にはならない事」
乾の話しにその場に居た全員が頷いた。
「まあ、色々と端折ってるから、興味あるなら調べてみなさいよ。テレビで中継されてたそうよ。玄倉○水難事故ってね、割りと有名な話しなんだけど……まあ、あなた達の親が、この事故の当事者みたいな大人では無いことを願う」
あと、熱中症も怖いわよ。とか、一人で遊んでたら太郎みたいに誘拐されるわよ。とか幽霊とは全く関係無い恐ろしい話しを聞かされ、太郎と葵と蓮は家路についた。
そろそろ、お昼である。
「そういやさ、さっき浜路ちゃんの隣に居た子、誰?」
不意に葵が呟くと、太郎と蓮は顔を見合わせて首を傾げた。
「何言ってるの? 乾さんと、うららちゃんと、太郎くんと、僕と、兄ちゃんの五人しか居なかったよ」
「いやいや、居たって。青いタオル頭に巻いた子供」
流石に、そんな目立つ格好をした子供があの場に居れば、太郎も蓮も気付いたはずである。だから太郎は、葵が自分達を怖がらせようとそんな事を言い出したのだと思った。
「ははぁ……
己よりも兄には礼敬を尽し、己より弟には愛顧を致せ
と、申しましての、その様に年下の者を怖がらせてはいかんのである」
「いや、絶対居たって」
葵はそう言って振り返った。長閑な田んぼが広がっているだけで、河原はもう見えない。
「ほら」
葵は農道の先を指し示した。太郎と蓮もその方向へ視線を向ける。葵は青いタオルだと思っていたが、それが防空頭巾である事にその時やっと気付いた。テレビで見たことのあるモンペ姿の子供が、陽炎の様に揺れている。
蝉時雨が、酷く煩い夏休み初日の事であった……。
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