第5話 ブラコンがただの風邪な世界で、ブラコンの妹を看病する兄の話
ポカリ、ビタミン剤、熱冷ましシート……あと何か必要なもんあったっけ? まぁどれも気休め程度にしかならんだろうが……。
海那が帰った後、俺は一階のリビングで看病グッズを漁り集めていた。こんな軽いブラコンごときで病院連れていくわけにもいかねーしな。ただでさえインフルエンザも流行ってるってのに、迷惑極まりない。
「ん? お。マスク」
我が家の薬箱であるクッキー缶を棚に戻そうとすると、奥の方に不織布マスクが何箱か置いてあるのが目に入る。マスクか……そんなの小中の給食当番ん時くらいしか使った覚えはないが、まぁ病み上がりに外出する際なんかにはあった方がいいのかもしれんな。一応覚えておこう。しかし、四人家族でマスクなんてこんなにストックしてどうすんだ。
「母さーん、こんなの誰が買ってきたんだよ」
「えー? 何がー? そんなことよりあんた、ちゃんと真雪の体、拭いてあげなさいよー?」
「えぇー……」
キッチンで晩飯準備中の母さんから、またまた面倒なミッションを課せられてしまった。
「えぇーじゃないでしょ、兄のあんたがやらずに誰がブラコンで寝込む妹の体キレイにしてあげられるの?」
確かに毎年のようにやってるし、やってる間は別にいいんだけどさぁ、ブラコン治った後に何か気まずくなるんだよな、仕方ないこととはいえ。母さんも親父も異性のきょうだいがいなかったから、そこら辺の微妙な感覚わからないんだろうなぁ……。
「お兄っ! 一人にしないでよ、もーっ」
看病グッズを持って病人の部屋に入るや否や、病人こと妹の真雪が飛びついてきた。
「お前なぁ……甘えるのはいいけど、毎度毎度、治ったあと自分の行いを一番悔いてるのはお前なんだからな? 少なくとも俺はあの空気、結構キツいぞ?」
「はー? 何それ? 後悔なんてするわけないしー。あたしは一生お兄に甘え続けるんだしー」
「ブラコン中はみんなそう言うんだよ」
この休日で五回はシコるぜガハハハ、っていうテンションにたぶん似てる。一回シコった後に、何だったんだ自分のあのテンションは……ってなるやつだ。
「まぁいいや、腹減ってるか? 一応母さんが温かくて消化いいメニュー作ってくれてるみたいだけど」
「んーん、食欲ない。お兄欲しかない」
「じゃあポカリとビタミンだけ取ってさっさと寝ろ」
「えーっ」
「ちゃんと添い寝してやるから」
「やったっ。早く早くっ」
お望み通り、真雪をお姫様抱っこでベッドに運ぶ。ブラコン中の妹は面倒くさいがチョロいのだけは良い。
「はい、お兄っ、来て。ベッドでぎゅぅーってして?」
「その前にいい加減、制服を脱げ。着替えろ。ついでに体拭いてやるから。汗かいてるだろ」
「え」
なぜか腕を広げたままピシッと固まってしまう真雪。
「別にそんな汗かいてねーってんならいいけど。起きた時にでもまた拭いてやるよ」
汗うんぬん以前に、ブラコンに対してはこの行為自体が効くという話もあるけど、まぁそれも所詮、迷信みたいなもんだしな。
「え、てか、制服脱いで体拭かれるとか……それじゃ、お兄に裸見られて裸触らせることになっちゃうじゃんっ」
「背中だけな。前側は自分でやれよ?」
何なんだ、こいつ今さら。ブラコンのくせに。何でそんな目ぇ見開いて慌てた感じなの?
「そ、そんなのっ、お兄に裸見られるとか……っ、だって…………恥ずかしい……」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ、変態かよ。モジモジと体くねらせて。キモ。
「だって……だって……っ」
「今さら何なんだよ。ただのブラコン治療みたいなもんだろ。それを嫌がるって、え? お前まさか……ブラコン治ったのか?」
「だってっ、お兄のこと大ちゅきなんだもん……っ」
「ブラコンじゃねーか……!」
むしろ顔の赤みも増してるし。治るどころか進行してるじゃねーかよぉ! やっぱ引き始めが大事だったわ、ブラコン。
「でもお前、今までそんなことなかったじゃねーか。毎年ブラコンの時は俺に体拭かれて気持ち良さそうにしてただろ。突然どうしたんだよ」
いや、確かにそういうタイプ――つまり、ブラコンが故に、兄弟に対して照れてしまって甘えられない患者もいるとは聞いたことがある。ブラコンの症状なんて人それぞれだもんな。
でも、真雪には、今までそんな症状が出たことはなかったはず。
「もしかして、今年のブラコンウイルスは何か違うのか? インフルエンザだって毎年いろいろ違うって言うしな……」
さすがにブラコンごときをインフルエンザと比較するのは大袈裟に過ぎるが……でも未知数具合で言ったらブラコンの方が上だって言うもんな。ブラコンのワクチンや特効薬を開発したらノーベル賞ものだとかいう話もあるくらいだし。まぁ研究資金を投じる価値がないだけな気もするが、とにかく、多少のイレギュラーはいくらでも起こりうるのがブラコンってものなんだろう。
「お兄に裸フキフキされちゃうとか……あたし、死んじゃうかも……」
「まぁ病人側が求めてないってんなら、それでいいけどよ」
とりあえず自分でモコモコファンシー部屋着に着替えさせた後――俺たち兄妹は一年ぶりに添い寝するのだった。ああ、早く海那に会いてぇ……。
*
――お兄っ、何でっ!? ――――束したじゃん!
「ん……」
何か、変な夢を見ていた気がする。目を覚ましたこの瞬間に、スーッと頭から消え去ってしまったけど。
「はぁーあ」
クッションを片腕で抱いたまま、軽く伸びをする。感覚的に、おそらくまだ明朝だ。変だな、基本的に俺はアラームなしでは起きられない。それなのに、今日は二度寝する気にもなれん。既に充分すぎるほど眠った気がする。眠気よりも空腹感が強い。
あっ、そっか。昨日俺、晩飯も食わずに寝ちまったんだった。そうだそうだ、真雪を添い寝で寝かしつけてそのまま――ってことは、今俺が横たわってるのは真雪のベッドで、今俺が抱きしめて揉みしだいているのは真雪の体で、今俺の寝起き特有の硬いアレが押し当てられているのは真雪の体ということになるな。
「…………あんた……っ」
そんで、目線を少し下げてみれば。薄闇の中でもわかるくらい鋭い眼光のお目目。猫みたい。寝込みたい、やっぱり……。
猛烈に嫌な予感を覚えつつ、それでも我が腕の中の妹がブラコンであることを祈りながら、俺は朗らかに微笑んだ。
「ぐっもーにん、妹よ。調子はどうだ?」
「死ねっ!!」
「ぐふぅっ!」
強烈な膝蹴りが下半身にめり込み、俺はベッドから突き飛ばされた。
ブラコンじゃないじゃねーか。やっぱり初期治療って大事だね。お元気で何より。
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