第4話 ブラコンがただの風邪な世界で、ブラコンにかかる妹の話
「ま、真雪……? どうしたんだ、お前、大丈夫か?」
制服を着崩しまくった妹を前に、困惑することしかできない俺。
真雪の様子がどこかおかしいのだ。
いや制服を着崩してるのも露骨に機嫌が悪いのもいつも通りなのだが、何か違う。なぜか涙目だし、機嫌悪いというより普通にキレてるようにも見える。あとお兄呼びしてくるのも久しぶりだし、そもそも真雪の方から話しかけてくること自体、数か月ぶりな気が……いやいやいやいやそんなことよりも何よりも!
ちゅーって何だ!? あたし以外とちゅーがどうのとか何とか言ってなかったか、こいつ!? わけわからん!
とか混乱してる間にも、真雪はフラフラとこちらに歩み寄ってきて、俺と海那の間に分け入るように体を突っ込ませてくる。
「バカお兄! エロ海那! はーなーれーろ!」
「な、何なんだよ、お前」「真雪、あなた……」
両手で俺と海那を引き剥がすように押しのけてくる真雪。そんな年下幼なじみの奇行を目の当たりにしたおかげなのか、海那は困惑を通り越して、冷静さを取り戻したのかもしれない。さっきまでの赤ら顔から一転、普段の理知的な表情になって、じっと真雪を見つめ、
「ちょっと失礼するわね」
「やめろ、あたしに触るな泥棒猫!」
真雪のおでこに自らの手のひらを当てた。真雪は抵抗しながら俺の腕に抱きついてきた。泥棒猫って何だ。キャンキャン喚いたりシャーシャー威嚇したり、今のお前の方がよっぽど猫っぽいぞ。何か妙に体もあったかいし……ん?
あれ? もしかして、こいつ……
俺と同じ考えに海那も至ったようで。だから彼女は、どこか呆れたような、心配するような調子で、俺の妹に言う。
「真雪、あなた――ブラコンなんじゃないの?」
「は? ブラコンとかじゃないし。普通だし。お兄、さっさとこの女帰して。ていうか何でこの女とくっ付いてたの? おかしいよね、お兄にはあたしがいるのに。人肌恋しいなら妹を抱き枕にすればいいのに」
「ブラコンじゃねーか」
ブラコンだ。典型的な季節性のブラコンだ。体も明らかに熱っぽいし。目が何かトロンとしてるし。声もちょっとかすれてるし。あ、ほら、咳き込んだ。
はぁ……ほんっとこいつは毎年毎年冬のブラコンシーズンが来る度に……まぁ、仕方ねーけどさ。
「えー、ブラコンなのかなぁ、あたし。全っ然、普通なのになー。今すぐお兄とデート行きたいくらい。ね、行こ? 公園とかでいいからー」
「やっぱブラコンじゃねーか。お前、毎年症状同じだから分かりやすいわ」
「むー、お兄のいじわる」
サラサラの金髪を撫でながら、海那と目を合わせて、同時にため息をついてしまう。よりによって、恋人との関係を進められそうな時にこれか。
まぁ、どうせいつもみたいに軽いブラコンだろうし、放っておいてもいっか。無視して海那とイチャイチャ再開しよ。
「ま、仕方ないわね、ブラコンじゃ。うん、真雪のご希望通り、私はさっさと帰るわ。ブラコンうつされても嫌だし」
「え」
立ち上がって帰り支度を始める恋人に、俺は言葉を失う。え、え、え、マジかよ。
「何よ、だって仕方ないじゃない、真雪がブラコンなんだから」
「やった、泥棒猫消える! お兄、デートっ、デートっ」
「ダメに決まっているでしょう」
コートを着込んだ海那が真雪にデコピンをし、そして呆れ顔で俺に向き直る。
「ブラコンはひき始めが大事って言うでしょ。ちゃんと甘えさえてあげてから、添い寝でもして寝かしつけておきなさい。お兄ちゃんでしょう?」
「えぇー……でも甘やかし尽くしてブラコン抜くっての、実は医学的根拠はないらしいぞ?」
「民間療法には民間療法で、長く行われてきた理由がちゃんとあるものなのよ。実際、真雪のブラコンだって毎回それでちゃんと治っているでしょう。ブラコンなんて個人差あるものなんだから、データよりも経験則よ」
確かに海那の言う通りなのかもしれない。こんなただのブラコンなんかを長引かせて、これ以上俺たちの逢瀬の邪魔にさせるわけにもいかねーし。今年のブラコンは長引くってニュースでも言ってたしな……毎年それ言ってる気がするけど。あと今年の風邪は喉から来るってのも。くっそ、こいつブラコンばっか罹りやがって、それ以外の風邪は滅多にひかないんだよな。風邪なら一人で寝かせておけばよかっただけなのによぉ……。
「お兄っ、ちゅっ」
「なっ、バっ……!」
唐突に視界が塞がれた。唇も塞がれた。ていうか、実の妹にキスされた。首に両腕回されて、唇同士の接吻させられた。
「…………っ、おまっ、何すんだよ、いきなり!」
「えー? だって経験則が大事だって海那が今言ってたじゃん。だから、経験則。昔からあたしがブラコンの時にはお兄、看病ちゅーしてくれるじゃん。だから、はい、もう一回経験則っ」
「おいっ」
再度飛びつかれて、唇を奪われる。実の妹に。
いや、妹がブラコンの時にキスしてやるくらい別にいいんだけどさ、何ていうか、ついさっき初めてのキスし損ねた恋人の前でそれやられるのはキツいだろ、いろいろと……!
「経験則っ、もっかい経験則っ」
「やめろ離れろ、せめて後にしてくれ、あ、いや海那、違うんだこれは、こういうキスはノーカンだろ、だって。すまん、許してくれマジで」
真雪を引き剥がしながら、俺は恐る恐る恋人の顔色を伺う。ヤバい、ついさっきまであんなにいい感じだったのに、いきなりフラれ危機が訪れやがった……
「え? 何が? キス? そんなの仕方ないじゃない、ブラコンなんだから。お兄ちゃんなんだから面倒臭がらずにたくさんしてあげなさいよ」
「え。…………あ、そうだよな、うん」
キョトンとする海那を見て、俺も冷静になる。
うん、別に何の問題もないよな、ブラコンの妹のためにキスすることくらい、恋人に見られたって。そもそもガキの頃からそうやってきたんだし。あれ? 何で俺、そんなことに一瞬でも違和感持ったんだっけ?
「お兄ぃ~、経験則ぅ、んちゅーっ」
「じゃ、お大事にね」
さらっと言い残して、俺との初キスを逃した恋人は、俺の部屋から立ち去ってしまうのだった。
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