第3話 ブラコンがただの風邪な世界で、○○がデカい彼女の話

「え、アサガオの観察とかですか? でも海那さん、いま十二月ですし……」

「あっそ、なら出来ないわね、帰る――とか、今さら引き返せないくらいには、私ももう、恥をかかされているの」

「つ、つまり……?」

「やりましょう、あなたのしたいこと」

「えぇ!?」

 嘘だろ、え? 俺のしたいことって、海那さん、ちゃんと理解してる? そんなサバサバとした感じで受け入れちゃっていいの!? 相手、俺だよ!?

「どうせ、遅かれ早かれだし。こうやって雷太に求められているのは悪い気しないし」

「マ、マジか……マジでいいんだな……?」

 声が震える。手も震える。ずっと正座してたから足は痺れる。そんな状態でも、気持ちがもはや止まらない。自然と海那の隣に座り直して、彼女の両肩に手を伸ばしてしまう。

「いいって言っているでしょ、何度も確認しないで」

「だ、だって俺、海那様のことが本当にずっと大好きで、興奮が……あっ、でも絶対優しくしますから!」

「……てか、そうやってあまり期待とかしないで。最近空気も乾燥してるし肌とか今たまたま手入れとかサボってた時期で人生最悪のコンディションなのよ。ムダ毛だって生身の人間には誰だって生えるものであって、今日に限って運悪く見落としがある気がしているし、そもそもこんなに早くこんなことになるなんて想定していなかったわけで要するに全部あなたのせいなのに勝手に期待とかされても困るし大体どうせ女の体なんて絵とかでしか見たことないんでしょう? そういうので形作った幻想を前提に見られて幻滅されるのとか意味分からんし、こっちにはどうしようもないことなのにマジどうすればいいんだよって話なのよね。そもそも私初めから自分の体を綺麗だなんて言ったこともないわけじゃない? 絶対がっかりされるわけだけれど、それって私のせいなのかしら。これでフラれるのとか法的に認められるものなの? 私、絶対訴えて――」

「海那、海那、落ち着け。俺がお前を好きじゃなくなるとかありえねーから。別に見た目で好きになったわけでもねーし」

 サバサバとした口調のまま――しかし目を潤ませ、顔を真っ赤にする海那を、そっと抱き寄せる。

 なんだ、何なんだ、こいつ…………可愛すぎんだろ、俺の彼女……! 俺にがっかりされるのがそんなに不安だったのかよ!

「説得力なさ過ぎるわね……今も私の胸に体押し付けてきているし」

「それはすまん……」

「先に言っておくけれど私、乳輪とかめっちゃデカいのよね。あははっ! やっぱやめとく? 捨てられたくない」

 美女が真顔で乾いた笑いこぼすのめっちゃ怖いな……。

 でも。これも結局全部、俺のせいなんだよな。

「ずっと変なプレッシャーかけちまってたんだな、俺。情けねぇわ」

 それなのに償う方法なんて見つからなくて、だから仕方なく、サラサラの黒髪を撫でてみる。

 海那はピクッと身を捩らせて、

「……本当よ。反省してよね。罰として私を嫌いになるの禁止。飽きるのも厳禁。変なところがあっても、探求心を持って研究に励むこと。あなたにとっても萎えたりするよりもそっちの方が有意義なはずだし」

「いやだから、いいっての、そんなマシンガン予防線張らなくても。俺、乳輪デカい方が好きだし、それにお前を怖がらせてまで一気に全部進めようなんて思わねーよ。俺が間違ってた。ゆっくり俺たちのペースでやってこうぜ?」

 俺の言葉に海那は、恐る恐ると言った様子で顔を上げ、

「ありがと……私も、全然嫌とかじゃないから。ていうかめちゃくちゃしたいから。別に、本気で雷太に嫌われるなんて思ってるわけじゃないはずなんだけれど……それでもやっぱり一番可愛い私を見てもらいたいじゃない? だから、その、心身ともにコンディションを整えるための時間が欲しいと申しますか……」

「あ、ダメだ、好きすぎる。キスしたい」

 しおらしく頬を染める海那が可愛すぎて、その細い体を抱きしめる腕にぎゅぅっと力を込めてしまう。散々っぱら大事にしたいとか抜かしておきながら、結局我慢とかできそうになかった。かっこわる。

「……まぁ、キスくらいなら、まぁ。唇のコンディションは七十五点ぐらいはあるし。まだまだ本来のポテンシャルは出し切れていないけれど、まぁ」

「マ、マジで!?」

 こくり、と頷く海那。う、頷いた……頷いちゃったよマジで! 耳が真っ赤なのが可愛い。

「い、いいんだな!? す、するぞ!? しちゃうからな! いくぞ!?」

「うぃ」

「顔、顔上げて海那。こっち向いて。恥ずかしいのはわかるけど、それじゃキスできない」

「うぃ……」

 上を向くどころか、俺のワイシャツを握りしめ、胸に顔をうずめてきてしまう海那。くそぉ、ここまで来て遂にキャラが崩壊しやがった。こいつ常に俺より立場が上だったせいなのか、自分が受けに回ることへの免疫が弱すぎる。

 仕方ねぇ、こうなったら!

「大丈夫だ、海那は世界一可愛いから。その愛い顔を見せてくれ!」

「うぃ……!?」

 海那の顔を両手で挟み、力づくで顎を上げさせた。くそぉ、どうせならもっとスマートに顎クイしたかった。

「海那、大好きだからな」

「う、うぃ……」

 目を見開いてた海那だったが、俺が顔を近づけていくと、やっと観念したようにその目を細めていく。

 ああ、ついにこの時が……。長かった、長かったぜ、本当に。十七年間ずっと一緒にいて、ずっとお互い「あれ? もしかしてこいつ小生のこと好きすぎなのでは?」と勘付いていながらも、照れと自信の無さから前に進めなかった俺たちが、やっとこの瞬間にたどり着けた。

 やばい。至近距離で見ても海那のシミ一つない顔はやっぱり世界一綺麗で、唇なんて潤い抜群ツヤツヤプルプルで、これで七十五点とか絶対嘘で、そんな無意味すぎる強がりが可愛すぎて、こんな引力にもはや逆らえるわけがなくて、あれ? 俺ホントにキスだけで止まれんのかな。0.5秒後、唇同士を合わせて、5秒後には海那を押し倒してしまっている気が

「「――――っ」」

 唇と唇の距離、三ミリ。俺の煩悩が暴走し始め、海那の顔が赤面しすぎて蒸気を発し始めた、そのタイミングだった。俺の部屋の扉が、勢いよく蹴り開けられたのは。

 必然的にファーストキスは中止に追い込まれ、驚きと共に俺たちが顔を向けた先に立っていたのは、

「何やってんの、お兄。妹のあたし以外とちゅーするなんて、許されるわけないじゃん」

 顔を真っ赤にしてこちらを睨みつける金髪ギャル、俺の実の妹である、鈴木真雪その人だった。ええー……。

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