第28話 召喚・三羽ガラス

 準備していた保険を使うときがきました。

 これ以上お三方と一緒におりますと、あらぬ噂がたてられてしまいます。もう若干手遅れな気もしますが、手を打たないよりはましでしょう。


 闇属性で嫌われ者の本領発揮でしてよ。


 伏兵には伏兵で。

 婚活に熱心なご令嬢に声をかけておきましたの。ぜひとも彼女たちと一緒に、宴をお楽しみくださいな。


「リーゼロッテ様、ご機嫌麗しゅう」

 目が血走っておいでですね。メイドのマリーに抑えられていた分、エネルギーがありあまっているのでしょう。

「はい、ごきげんよう、シャルロット様。本日のお召し物は素敵ですわね」


 甘いストロベリーゴールドの髪に、大きな白のリボンを巻き付けていらっしゃいます。縦型ロールに巻いた毛先の一本一本に至るまで磨き上げられていますね。

 髪の毛と同じ薄い緋色の瞳は、見るものを虜にする魔力が込められているようです。形のいい眉とすっきりとした鼻梁。清楚と情熱を感じさせるメゾソプラノの声が特徴です。


「ご招待下さり誠に光栄ですわ――それで本日は、その『好きなようにやっていい』と伺っておりますが、よろしいのでしょうか?」

「はい。早い者勝ち、ということで。他にもテレーズ様とマリアンヌ様もお呼びしておりますので、淑女としての健闘を祈りますわ」

「承知いたしました。では早速行動に映らせていただきます。ごきげんよう」


 シャルロット・バイヨーヌ男爵令嬢。

 所作、マナーも完ぺきにこなし、ダンスもお上手です。

 年齢もまだ18なので、この世界基準では適齢期をやや過ぎていることだが、まだまだ結婚を諦めるようなほどではありません。

 会話もよく相手を立て、慎ましく行動し、お裁縫も声楽もごりっぱです。


 今から呼んでいるご令嬢は、残念三人衆と言われています。

 それぞれ「飲む、打つ、買う」の三拍子がついているところが厳しいのです。


 私も酒癖の悪いほうですが、シャルロット様は酒癖よりも酒量の方が問題です。

 一向に酔わない。つまりはザルの上にお酒好きなので、非常に、その、飲み歩きが多いのでございます。

 もう家財を売ってお酒に回すぐらいの、恐ろしい酒豪です。一時期修道院に入れられていたようですが、神に捧げるワインを樽単位で飲んでしまったらしく、速攻で蹴りだされてしまったとか。


 シャルロット様の希望は、毎日浴びるほど酒を飲んでも気にしない殿方で、財力も併せ持っているという稀有な人材です。その条件で大丈夫でしょうか。

 肝硬変になるのと、ご成婚されるのと、どちらが早いのでしょう。


 次にご紹介するのはテレーズ・フロレンス・ラトーナ伯爵令嬢です。

 涼し気なアッシュグレイの髪と、青い瞳をお持ちで、やや丸顔で子供の用に若々しいお顔をしていらっしゃいます。

 背丈も低く、140㎝程度の小柄で華奢な体つきは、庇護欲をかきたてるたたずまいでございます。

 

 そんなテレーズは大の博打好き。およそお金を賭ける行為はほとんど手を出しておいでです。

 ラトーナ伯爵家は口にするのは申し訳ないのですが、非常に財政状況のよろしくない一門であらせられます。幼少のころより窮屈で質素に育てられたテレーズ様は、女学生時代にほんの些細な賭け事で大勝ちしたときの、脳汁あふれる気分を忘れられなくなったそうです。


 以来仮面をつけては賭博場に舞い降り、自らの髪の毛すら賭ける打ちっぷりで有名になってしまいました。仮面の意味ありません。

 ですがテレーズ様は天運が味方していたのでしょう。少額の賭けはよく負けるのですが、ここ一番の大事には必ず勝利をつかみ取るそうです。

 最近は競馬にご執心だとか。心がぴょいぴょいしますね。

 いつか悪役令嬢とは別の意味で破滅しそうで、恐ろしいのです。


 最後のご紹介に移ります。

 三人衆で「買う」を担当をされている、エリザベート・マルガリタ・エルアルク子爵令嬢でございます。

 黒髪を日本人形のように切りそろえ、そのいでたちたるや巴御前のようです。三人の中では一番の武闘派として有名になっております。


 通常貴族のご令嬢というものは、服であったり靴であったり、装飾品をお買い求めになられます。ときにはペットだったり、別荘だったり、家具だったり。自分のステータスを上げる要素を集めるのがセオリーになっています。


 エリザベート様が買うのは「武器と人」でございます。

 この方は無類の騎士道好きでして、ご趣味が高じて自らの騎士団=私兵集団を創設するに至りました。

 周りの貴族の子女を集め、軍事訓練と称して剣術のお稽古をなさっておいでです。身に着けるものは一流品でないと気が済まず、名工や名匠の作り上げた装備を大量にお買い上げになっているそうです。


 以前グランゼリア帝国に訪問するときに、護衛を選別する中で自薦がございました。

 そう、「エル・アルク儀仗騎士団」がエリザベート様の私兵集団なのです。

 王室も扱いに割と困っておいでで、無視するには数が多すぎて、使うには弱すぎるという絶妙な評価を受けています。なのでもっぱら式典での儀仗兵として活用されているそうですよ。


――

そんなご令嬢たちはジルドニアの貴族間において「事故物件」扱いをされているのが、悲しいところです。

 婚活にことごとく失敗なされ、それでも折れずに己を磨く。なかなか常人にはできない生きざまでしょう。


 お姉さまのお相手探しに失敗した以上、敗戦処理をしなくてはいけません。

「ウェイン様、クレイグ様、ヴァルナ様。こちらは私が懇意にしている貴族のご令嬢でして、是非とも皆様とお話をしたいと。ああ、次の曲が始まりました。よろしければエスコートをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 この営業スマイルだけは外すわけにはまいりません。

 ウェイン様が引きつった顔をなさっていますね。彼女たちは王国では有名ですから、腰が引けるのもわかります。でも私も引けませんの。


「リズ、少しいいかしら。こちらの方がご挨拶をと」

 ナイスですわ、お姉さま。失礼にならないようにそっと抜け出す口実ができました。三人のご令嬢からは「いい人を見つけろください」と、切羽詰まったお願いをされておりましたので、今日がその良縁となることを祈っております。


「では、私は少し席を外させていただきますわ、皆さまゆっくりとお楽しみくださいね」


 餓狼の群れに生肉を放り込んだようなうしろめたさはありますが、義理と人情と操を秤にかけた結果です。力がおよばない私をお許しください。

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