第29話 闇の妹、完全敗北
お姉さまのお相手はとうとうみつかりませんでした。
リーゼロッテ、完全敗北です。
ウェイン・マーベリー様はエリザベート様と意気投合をされているようです。
お互いに騎士団を率いていることが奏功したのか、戦術や戦略、武門のあるべき姿にまで言及されて、双方ともに熱弁を振るっています。
ともに家柄も子爵同士であり、家格も十分につり合っておいでです。この出会いを機に、雷鳴騎士団とエル=アルク儀仗騎士団の戦力増強になれば、それは国益にもつながりますよね。
『あのころ』と違って、ウェイン様は随分と他者への共感力を身につけられたご様子です。抱えあげられて靴屋に運ばれたときは、まだ武骨で一直線な方でした。
今はエリザベート様の表情をよく見て、相手が何を欲しているのかを考えてサポートをされています。
二人の会話が続けば飲み物を。座る時間が長ければ、バルコニーへのお誘い。戻られたのであれば、肩に羽織るものをかけられています。
あ、エリザベート様が私に何かを……。
『も・ら・っ・た』
あ、はい。そうですね。私も異存はありません。
強い騎士様に守られるのは、淑女にとって夢のようなお話です。いくらお強くても、エリザベート様も女子。ウェイン様の厚い胸板に目が釘付けになるのも、理解はできますわ。
――
クレイグ・ダウジット様はなんと、テレーズ様とご一緒におられます。
大商人の跡取りと、天下の博打者。のるかそるかの大勝負が繰り広げられています。
今は競馬産業への参入について討論をされているようです。
大規模な賭博ともなれば、国家が絡むのは定石。動く金額が大きければその分手数料で国も潤うというものです。
ダウジット商会としては、競馬の一部民営化を狙っておいでのようでした。
競走馬の手配や管理、会場の整備などの業者として食い込み、やがてはウマや選手の育成学校を創ろうとしておられます。
それには王家にものを申せるだけの箔が必要になるでしょう。
テレーズ様としても伯爵令嬢という地位を最大限利用して、実家に富をもたらしたいと考えることでしょう。お金、お金とあまり大っぴらに言えないことですが、双方にとって利益が望めるのであれば、それは理想のビジネスパートナーとして機能すると思います。
あらら、カーテンの影に隠れて何を……。
どうやらこの賭け事は、テレーズ様の勝ちで終わりそうですね。
――
ヴァルナ・マルドル・サリ・バラム殿下。そんなにお酒を召して大丈夫でしょうか? もう数えきれないほどワインの瓶が転がっていますが、そろそろお止めしたほうがよろしいのでしょうか。
シャルロット様はご自分が飲むのもお強いですが、相手に飲ませるテクニックもお上手です。気持ちよくコールがかかれば、気が強くなってぐいぐいと飲んでしまうことでしょう。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
「どうしたのマリー? 貴女がそこまで慌てるということは、何か大事でも起きたのかしら」
「いえ、その……もうお酒のストックが尽きそうでして。あの二人の飲み方が尋常じゃないのです」
「…………えぇ」
聞いてませんわ、そんなこと。
確かワインカーブや酒蔵に目いっぱいお酒を準備していたはずですが。
「見てくださいませ、あの飲み方」
「うわ、酷い……」
ヴァルナ様、それは花瓶でしてよ。なんで目がおかしくなるまで飲み続けられるんですの? お国ではお堅いとのお話でしたが、新たに人生の友を見つけてしまわれたのですね。
シャルロット様もだいぶおかしいですわ。ああ、それは火酒……。割らずに直で一気飲みとは、猛者ですわね。
周りもはやし立ててないで止めてくださいまし!
二人で肩を組み、わっはっはと笑いあうヴァルナ様とシャルロット様。
これはこれで、幸せの形なのかもしれませんね。
――
「ふぅ、疲れました。お姉さま、あら……」
本日の主賓様はすやすやとお眠りになられていました。長椅子に寝そべり、まるで安心しきった子犬のように寝息を立てています。
「まったくもって目的を果たせませんでした。お姉さまはご結婚に興味がないのでしょうか」
長椅子の周囲には、インスピレーションを得た神像が数体、衛兵のように並べられています。地球で言うところのイースター島のアレですね。
もうすぐ時が来てしまいます。
これからもお姉さまの婚約をプロデュースしたかったのですが、私には時間がありません。
シンデレラの魔法が解けるように、今日の日の喧騒は心の底にしまわれていくのでしょう。もっとお姉さまと一緒にいたかった。転生してから、今日までせわしいですが楽しい日々でした。
マールバッハ家のことをよろしくお願いいたします、お姉さま。
『欲しがりのリズ』は、最後まで一番欲しいものは手に入れられませんでしたね。
私はグランゼリアに参ります。グレイル様と添い遂げ、新しい生活を幸せで彩っていきたいと思っています。
だからお姉さま。お別れは笑顔でお願いしますね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます