第27話 妹思う、ゆえに……

 結局のところ、お姉さまに良き相手は見つけられませんでした。

 なんかいい姉妹愛だなー的に終わってしまって、拍手と感動の涙はたくさん頂戴できましたが、肝心の目的は達成できずです。


 ただ嬉しかったことは、お姉さまも他の人と少しずつだけれども、会話をできるようになったことです。聖女相手に遠慮をしていた方も、恐る恐るですが輪に加わってくれて、親睦会の最後にはお姉さま中心に会話に華が咲いていたようにも思えます。


「お疲れ様です、お嬢様」

「マリーもご苦労様です。私はまだ未熟者ですね。今夜、物事を性急にしては仕損じるということを学びました。これからゆっくりと時間をかけてお姉さまの良さを、皆様に理解していただければと思います」

「それがよろしいかと。アーデルハイド様は人見知りでいらっしゃいますから」

 

 え、それ知りませんでした。

 お姉さま、人見知りだったんですの?

 泰然自若でマイペースなのは、お姉さまの特性だと思ってましたが。


「お気づきではなかったのですか? まあ、お嬢様や使用人の前では気を抜かれていらっしゃいますし、職務の時は好き嫌いは言えませんから」

「私は何も知らなかったのですね。口でいくら大切と言っても、相手の心情を理解しないことには思いやりの心も迷惑になってしまうかもしれません。愚かな娘です、私は」

「お嬢様……」


 きっとお姉さまはとても頑張っていらっしゃるのでしょう。もしかしたら私への精一杯の返礼なのかもしれません。

 そう考えに至ったとき、自分がいかに独善であったかを知りました。

『欲しがりのリズ』は伊達ではなかったということです。お姉さまのためと言い訳をして、自分の望みをかなえようとしていただけなのですから。


「罪の意識をお感じですか?」

「ええ、とても。情けないです」

「でしたら、一生懸命お話をしているアーデルハイド様に援護をして差し上げるべきかと。一人では大変でも、きっとご姉妹であれば――」

「行ってきますね!」


 申し訳ありません、お姉さま。今リズが参ります。

 夜光蝶のドレスを纏いて、社交の空を渡ります。宮廷に出入りしている雀たちも、誇らしげに胸を張る飛燕も、どんときてください。


「リズ、こちらに」

「はい、お姉さま。夜はこれからですわよ」

「食べたい……」


 お姉さまの婚活は始まったばかり。今日はまだ前哨戦だ。

 少しずつ人に慣れていってほしいと思うのは、お節介であるかもしれないけれど、きっと将来の肥やしになると信じている。


――

「リーゼロッテ嬢、よければ私と一曲」

「お待ちくださいマーベリー卿。今宵の衣装は我がダウジット商会が自信をもってしつらえたものです。柔軟性や耐久性を調べるのは私の義務です」

「ははは、貴公たちは仲が良いな。では彼らが語らっている間に、俺とどうだ?」


「はい、ではそれぞれ一曲ずつお願いできますか?」

 お姉さまに見てもらいたいと思います。社交とはこうやって踊るものですよ。

 

 私とヴァルナ様がホールの中央に立つ。煌々としたシャンデリアの下、メヌエットの三拍子が期待を盛り上げてくれます。

 連続して踊ることを意識されたこの旋律は、スローテンポで進行していきます。二拍目に膝を曲げ、小さな動きを重ねていくのが大切ですの。


「まあヴァルナ様、とても優雅でいらっしゃいますね」

「正面から褒められると敵わないな。国元の舞踊とは異なるが、これはこれで趣があって面白いからな」

「ふふ、楽しんでいってくださいませ」


 周囲のお客様も合わせて同じ動きをしています。ぴたりと膝の曲がりが決まると、小さく歓声が上がるのが素敵でした。

 ダンスは演劇にも通じると思います。お互いの動きに合わせて自分の表現を行い、時には恋する乙女のようにたおやかに。時にはすべてを奪う戦士のように。

 場の空気と演者の情熱、そして楽師の腕前でいくらでも可能性が広がる、素t京奈空間だと思います。


「リーゼロッテ嬢、いやリズ。君はとても魅力的……だ。このまま国へ奪い去ってしまいたい」

「困りますわ。私は結び縁がございますの。殿下の宸襟しんきんを騒がせてしまうことを、お許しくださいませ」

「その縁の糸はどこに紡がれているのだろうか。私は剣となって断ち切ってしまいたいよ」


 いや、普通に戦争になりますから許してくださいませ。

 前世から蓄積されてきた暗黒が解放されて、この期に及んでモテ期到来とか洒落になりませんわ。


「おほ、おほほほ。では殿下、ご機嫌麗しゅう」


 怖いです怖いです。割と目がガチ気味でしたのがまずいですわ。

 お姉さまの前で堂々と睦み合いなどと、不謹慎にもほどがあります。


「ではリーゼロッテ嬢、次は私が――」

「は、はい、喜んで。ウェイン様」


 あと、二人……ですの?

 社交の習わしとはいえ、殿方の視線に気づかないほど私は愚鈍ではないつもりです。でもそれはそれです。グレイル様に嫁ぐ身としては、麗しい貴公子の笑顔など……笑顔など……。


「テンポが速かったかな? 君に合わせよう、リーゼロッテ嬢」


 光り加減強すぎです。お願いですから、私以外の方にもそのご威光を注いでくださいませ。眼前に美丈夫のお顔が行ったり来たりするのは、心臓によくありません。


 音楽の終了までが異様に長く感じられました。流石に息が切れてきましたので、少し休憩を頂戴します。無尽蔵に踊れるほどの体力は、闇魔法で吸収しないと無理な所業です。


「冷たいお水でも? リーゼロッテ嬢」

「す、すみません、ダウジット様。そんな自らウェイターのような……」

「気にしないで。私はダンスがへたくそだから、こういった役回りが丁度いいのさ。すごい汗だね」

「お見苦しいものをすみません。ええと、ハンカチハンカチ」

「良かったらこれを使ってください。ドレスの色合いに負けない滑らかさだと思いますよ」


 うっかり受け取ってしまいましたので、額にそっと当てさせてもらいました。するとふわりと香るローズの匂いが私を包んでくれました。

「薔薇のエキスを抽出して作った、うちの商会の新しい香水です。ほのかに香る、というのがコンセプトでして。お召し物と喧嘩しない、柔らかいフレグランスを目指してみました」

「うっとりしてしまいます。香水は鼻が強くないので苦手でしたが、これであればお部屋でもまといたいくらいですよ」


 我が意を得たりと思われたのか、ダウジット様は小さな箱を私にお渡しくださいました。まさか……。


「ぜひ、弊社の製品を、いえ、私の力作をご寝所にお置きください。このクレイグ・ダウジットはいつでもリーゼロッテ嬢の力になりますよ。必ず」

「あ、ありがとうございます。部屋の小物に吹きかけて、香りを楽しませていただきますわ」


 このままでは危ないですわ。

 仕方ありません。あの手は使いたくなかったのですが……。グレイル様への操を守るためには、進んで泥をかぶるのが私の流儀です。


 私は自分の席の近くにいるマリーに耳打ちし、緊急脱出作戦の開始をお願いしました。行きますわよ。強制破談を執行致しますわ!

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