第22話 三人の紳士 表面編

 私は少々強引ながらもお姉さまの手を取り、三人の前まで引きずってきました。

 申し訳ありません。今日はお姉さまが主役なのです。


「お、お姉さまご紹介いたしますわ」

「雷鳴騎士団のマーベリー卿、ダウジット商会のクレイグ様、そしてバラム藩王国のヴァルナ様ですね。ご高名はかねがね。私はアーデルハイド・フォン・マールバッハと申します。本日はリズのためにお集まりくださり、ありがとうございます」

 違います。お姉さまのためです。

 ですので神像を掘るのをやめて、一緒にトークに混ざってください。


「聖女アーデルハイド様。ご尊顔を拝することができて光栄です。帝国への護衛の任を我々が引き受けたかったものです。本当に残念なことでした」


「ダウジット商会をいつもご贔屓にしていただき感謝の念に堪えません。今後ともよろしくお引き立てのほど、よろしくお願いいたします」


「貴国での盛大な歓待に感謝を。我が国との長い友好を願って、大いに楽しませていただきますよ」


 え、終わりですか?

 なんかお姉さまも『一仕事終わったぜ』みたいなお顔で目を閉じてらっしゃいますし、もっとこうお互いの身近にあった出来事だったり、お仕事での小話だったり、花を咲かせていただきたいのですが。


 しゅっしゅっしゅっ。


「リズ、きちんとご挨拶はしましたか? お姉ちゃん、また天から光が降ってきたのでこのまま続けますから」


 無理。無理です

 このマイペースを具現化したようなお姉さまに、果たして男性陣はどんな反応を示すのだろうか。申し訳ないけれど、同性の私でもちょっと……。


 パシャン―—


「あら、ごめんあそばせ。背の高いお綺麗な方々の中にいらっしゃったので、まったく見えませんでしたわ。ドレスがこのままだと染みになってしまいますわね。よろしければ私の予備をいかが?」


 めっちゃワインかけられました。

 気づかないわけないですよ? お客様にかかったらどうするつもりだったです!


「ええ、ドレスが痛んでしまいますので、失礼にならないものに変えてまいりますね。突然で驚きましたけれど、間違いは誰にでもありますからお気になさらず」


 ワインピッチャーの方の、要らない情報が流れてきます。

『嫉妬』『浪費家』『ちやほやされたい』『男は金と顔』『断罪される側』

 ああああ、魔眼先生も怒っていらっしゃる。

 大人げのない鑑定結果に、目が……目がっ。


「リーゼロッテ様、よろしければ私が途中までお送りしましょう。お部屋に行くまでに、があるといけませんので」

「あ、いえ、大丈夫ですわ。殿方のお手を煩わせるのは淑女として恥ずかしいです。おそばを離れる無礼をお許しください」

 マーベリー様はもうお気づきですね。そうです、こういう姑息なやりとりがあるのが社交界の裏の素顔でしてよ。


「怪我の功名かもしれません。リーゼロッテ様、我がダウジット商会の新商品をお持ちしているのです。宜しければお召しになられませんか? きっとこの会場に夜光蝶のような魅力あるレディが舞い飛ぶことになるでしょう」

 正直心が動きます。うううう、しかし私が目立つのは避けたいのですが。


「聖女の妹御に斯様な無礼を働いて、あの程度の謝罪で済むとは、ジルドニア王国は寛大なのだな。我が国であれば即刻捕縛されてもおかしくはない」

 ヴァルナ様、憤ってくださるのは嬉しいのですが、今日の隠れ目標は『穏便』なのです。

 すでに手遅れ感が漂っていますが、初志貫徹を崩すわけにもいきません。


「ご心配ありがとうございます。でも私は皆様が心から今夜を楽しんでいただけることが、一番の報酬でございます。どうか席を外している間にお姉さまをよろしくお願いいたします」

 せめて一言だけでもいいです。お姉さま、二体目の作成をやめて喋ってください。


――

 なんでお三方がついてくるのでしょうか。

 私、お願いしましたよね。お姉さまをよろしく、と。うううう。


「リーゼロッテ様をお一人にするわけにはいきません。それにアーデルハイド様には雷鳴騎士団が二名護衛についております」

 お手をどうぞ、ウェイン・マーベリー様にドレスルームまでの道のりをエスコートされる。

 ごつごつしているが、指が長くてがっしりとしています。これが騎士様の手なのですね。日ごろ住民を守ってくださる、使命を果たしている人間の持つ働き者のそれでした。少し冷たいのが気持ちいいです。

「おや新しいお召し物が届いたようですよ。いってらっしゃいませ」


 息を切らせて、クレイグ・ダウジット様が衣装箱を持って駆けつけてきてくれた。

「ふぅ、間に合った。さあリーゼロッテ様、こちらをどうぞ。きっと今夜、必ず広間の人々の目に星の光を届けて見せましょう」

 渡すときに手をぎゅっと握られる。

 あんまりそういうのに免疫がないので、ほどほどにしてほしい……のですが。

「リーゼロッテ様をイメージした、弊社の新作です。お気にいただければ幸いです」

「あ、ありがとうございます。私なんかのために、何とお礼を申し上げればいいのか……喜んで着させていただきますね」 


 部屋の前で気配を探っていたのかな? バラム藩王国のヴァルナ様が私たちに親指を立てて安全の意を示してくれた。

「私はここで待っていよう。リーゼロッテ嬢に不埒な考えを持つ輩がまた現れないとも限らないしな。それに君はちょっと放っておけないところがあるからな」

 ぐりぐりっと頭を撫でられました。少し強めなのがちょっと好みでしたので、ほっとします。

 黒い瞳の優しい視線に背を押され、私は楚々とドレスルームに入る。


「それでは、失礼いたします」


――

 バタン。

「し、死ぬ! なんなんですかあの三ツ星軍団は! 私みたいな闇属性が見たら蒸発しちゃうじゃないですか! というよりお姉さまっ、もう、もう! こんな機会はもう無いかもしれないというのに……」


 鏡を見ると、ダウナー気味の、茶色い垂れ目がよどんでいるのがわかります。

 く……せっかくお客様を集めておいて、逃亡するわけにはいかない……ですね。

 私は恐る恐る、ダウジット商会期待の新製品が入っている、赤いリボンでこれでもかと目立たせてある衣装箱を開けた。  

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