第21話 へるぷみぃ
懇親会。
それはあらゆる理由や所属に対して、丸い言葉で飾り付けた緩めの集いです。
そこまで言うなら『まあ、参加してもいいか』と思わせ、特に規定やドレスコードを用いないことによって『これなら居てもいいか』と感じさせる魔法の空間なのですよ。
お酒とお料理とで舌を。音楽や美術品で感性を。いつもよりも浮ついた男女をあつめることで、偶然の出会いを演出します。
「ブレイク子爵、ようこそおこしくださいました。先の剣技大会では見事優勝されたそうですね。ご勇姿を見届けたかったですわ」
「いえいえ、あれはただの偶然です。それよりもあの氷でできた孔雀の飾りは見事ですね。ふむ、周りには水辺で遊ぶ小鳥のように小さな盛り付け。とても優美で繊細な美しさです」
「そう言っていただけて恐縮ですわ。本日はお姉さまもお出になられていますので、ぜひお話をされて行って下さい」
よしよし。この人は『シロ』ですわね。今日のために魔眼に引っかからなかった人物にお越しいただいています。皆様には、是非ともお姉さまと心温まるやりとりをなさってほしいですね。
「お嬢様、受け付けは私が承りますので、アーデルハイド様のおそばに行かれた方がよろしいかと」
「え……」
マリーの忠告を受けて、会場をのぞいてみました。
今は開催宣言を待つばかりで、それぞれに前置きや牽制から始まる、会話の華を咲かせているのが私のイメージなのですが……当然その輪の中にはお姉さまがいるはずで。
「んんっ!?」
お、お姉さま……一体何を……!
ちょ、彫刻彫ってらっしゃいます。え、待って。今ここでですか? このタイミングでございますの?
「あ、アーデルハイド様、ご機嫌麗しゅう……」
「うん……」
シュッシュッシュ。削る音が響く。お姉さまの目線は匠のソレです。
あー、氷の孔雀にインスピレーション受けちゃったのでしょうか。お姉さまはどこから持ってこられたのか、ノミを手にして一心不乱に『神像を作成』しておられます。
恐々と話しかけたお客様もあえなく撃沈した模様。もうお姉さまに話しかける勇気を持った人はいないのでは……。最大の狙いが真っ先に潰されるという、土台からぶち壊してくれるスタイル、自重してほしいですよ。
「お嬢様、フォローに回られるべきと存じます。このままでは……」
確かに。
お姉さまは今完全に『聖女』モードに入ってます。優美にほほ笑む麗しい男性陣に、可憐に舞い踊る夜会の蝶を飛ばせる予定でしたが、うーん。
完全にお寺での修行ですね。もしくは親族が集まる法事でお坊さんが読経を終えるのを待ってる感じです。背後に警策を持った人が待機しているような幻想まで抱いてしまうのは、私が転生者だからだからでしょうか。
「イッテキマス」
「ご武運を」
懇親会を黒ミサに変えているお姉さまを止めるべく、私は急いで駆け寄ります。集まっている人だかりは困惑していらっしゃいますね。気持ちはわかります。主役であるお姉さまが神々しくも排他的で、光のように無節操な修行を行っているのですから。
「お、お姉さま。皆様がお集りですので、もうそろそろ……」
「――静かに。今降りてきているの」
駄目だ、涅槃の境地に至ってます。ああああ、周囲の視線がきっついですわ。
『お前の姉だろ、早く何とかしろよ』
言われなくてもわかってますわよ!
「お姉さま、実は新作のお料理をご用意していまして。試食して感想を教えていただけると大変助かるのですが」
「今すぐ行く」
立ち上がった姿は生きる女神像のよう。天使の輪が見えるような流れる銀の髪。少し木屑がついているのがまたあどけなさを演出している。蒼と緑の魅了の瞳はここにいる誰も映していないようにも感じます。
「ごめんね。お姉ちゃん、また……」
頭をくしくしと撫でられる。それがあんまり懐かしくて、暖かかったからうっかり涙が出そうになりました。
「ううん、今日は私に付き合ってくれてありがとうね。お姉さまにあまり負担にならないようにするから」
「大丈夫」
運ばれようとしていた鳥の足のハニーマスタードかけを奪い取り、二刀流で食べ始めました。
お姉さまが平常運転に入ったのを見計らい、私は中央の台に上がった。
「本日はお集まりくださりありがとうございます。今宵は平素よりお力添えをいただいている皆様に御礼を申し上げたく、この場を用意させていただきました。できますれば新たに素晴らしき縁を結ばれますよう、願いを込めて開催したいと思います」
泡立つ果実酒のグラスを手に、神の御名をとなえる。王国に栄光あれ、聖女の加護よ永遠なれ、人の営みに幸いあれ。今日のこの出会いに!
「乾杯!」
キンという快音がそこかしこで鳴る。いいですね、このセレブる感覚、嫌いではないです。前世では絶対味わえなかった空気なので、より感情も入るというものです。
さらば穴の開いた事務用チェア。勝手に押されるタイムカード。月替わりで現れる新上司。もうPCとのお見合いは過去の話ですわ。
私はウェディングプランナーにジョブチェンジしました。お姉さまの麗しいお相手を見つけるために、この全知全能を使わせていただきます。いきますわよ、良い意味での独身貴族の皆様。私のプロデュースを甘く見ると大変ですからね。
いざ、お姉さま、よりどりみどりでございますわよ!
――
どうしてこうなったのでしょう。
「リーゼロッテ嬢、こちらにおかけください。よろしければ私の上着を膝にどうぞ」
「こちらは我が商会自慢のティアラです。お近づきのしるしにぜひお納めくだされば幸いです」
「聖なるご姉妹よ。是非とも我が国にもその御光をお届けください。一千の飾り象車でお出迎えしましょう。予にお任せください」
雷鳴騎士団副団長、ウェイン・マーベリー子爵様。
ダウジット商会次期当主、クレイグ・ダウジット様。
バラム藩王国第二王子、ヴァルナ・マルドル・サリ・バラム殿下。
なぜ、こうなるででしょう。
――
迅雷の貴公子。黄金の獅子。玉座の守り手。
ウェイン・マーベリー様は何をやっても微妙……と揶揄される雷鳴騎士団を支えている支柱の一本でございます。
雷鳴騎士団団長のラウエル卿は世襲でその地位を引き継いだ、よく言えば人のいいお方。悪く言えば凡庸な人物とのお噂。士気も練度も中間地点な部隊の中、ウェイン様は気合とド根性で団員をレベルアップさせようと奮闘しておられます。
人望も厚く、性格も熱い。なによりも気づかい上手で有名で。
輝く黄金の瞳は幾人もの女性を虜にしているが、未だに未婚のままなのが不思議なほどです。
中でも使用人からの信頼篤く、彼のために命を投げ出すと血書嘆願してまで側におかれたがっている人物が多いとか。
――
「どうぞ。体が冷えるといけません。ミルク入りですが、紅茶をお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます」
んく。あ、おいしいです。
ほうっと息を吐いていると、クレイグ・ダウジット様が話しかけてくれました。
「素敵なタリスマンですね、お嬢様。とても強い気持ちが詰まっているようです。宝飾品は人に愛されるとより潤いを持つものです。きっと持ち主自信をも守ってくれることでしょう。個人的には、残念ですが」
過分にお褒めの言葉をいただいた。
クレイグ様は大陸にネットワークを持つ大商会の御曹司です。幼いころから玉のように可愛がられ、我儘放題に育てられたはず。何不自由なく与えられ、一流の教育に一流の環境。当然性格がねじれる運命……が変わりました。。
「リーゼロッテ様を運命の女神とする方は幸せですね。私はいつでも貴女様の幸せを願っておりますよ」
滅茶苦茶に好青年に育っておりました。ぶっちゃけ浮名や悪名の一つくらいはあってもいいはずです。清廉潔白では世の中を渡っていけないことくらい、私でも知っていますから。
でもなーんにもないんですよ、これが。
父親譲りの商才と母親譲りのアイスブルーの髪。白磁のように白い、女性のように美しい肌は何人の人間を魅了してきたのでしょう。
行動指針は常に誠意一徹。雨が降ろうと雹が降ろうと、クレイグ様は春の日差しを放ち続けているそうです。
――
ふっと、黒き光が私にさしました。
「ジルドニア王国に訪問出来て本当に幸福です。おかげでリーゼロッテ様という暁星を見つけることができました。ああ、この料理のスパイスは我が国のものですね。こうやって皆様を楽しませることができてうれしく思います」
バラム藩王国からの賓客、ヴァルナ様です。褐色の肌に黒の瞳。頭に巻いたターバンから流星のような黒髪がのぞいています。
もう驚きませんが、この方も割と偉人なんです。
ご兄弟が三十四人もいる中、農学博士としての頭角を示し、熱帯で降雨量の少ない祖国でも育つ小麦を発見されました。体の弱い長兄も『ヴァルナであれば』と円満に王冠の継承を認めているそうです。
衛生意識改善や医療改革も推し進め、王家の財を投じて民生の安定化や死亡率の減少などにも貢献されている。祖国ではヴァルナ様の名を冠した農作物が売られているとか。
――
うん、あの……。困るんです。私もう、婚約をしていて。
それに周りのご令嬢の視線が突き刺さって、痛ったいですわ。
(聖女様をさしおいて、あの性悪女……陛下の覚えがめでたいからとやりたい放題! 今に見てなさい)
(私ヒールに針を仕込んできたの。つま先をぶっ刺してやるわ)
(飲み物に下剤でも入れてやろうかしら)
お姉さま助け……いえ、ダメですダメです。これしきは私自身で乗り切らねば。
泣いてすがるのは最終手段。そんな無様をこんなに早く晒すわけにはいきません。
社交界で鍛えた必殺の糖尿病スマイルで応戦しましょう。
「ではお姉さまも交えて、お話などいかがでしょう?」
勝負だ、貴公子たちよ。『欲しがりリズ』は今成果を求めているのです!
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