第17話 闇属性の出荷

 私は汚い檻に詰め込まれました。せっかく体の状態確認をしたのに、これでは身動きが取れません。私が声を出すのを諦めたと思ったのか、誘拐犯たちは真昼間だというのに酒を飲み始めたようです。景気づけのつもりかもしれませんが、それが末期の水とならないことを祈っておきましょう。


「おねーちゃん、何考えてるの?」

「あなたに言う必要はあって? もう交渉は受け付けてくれないのでしょう」


「あはは、その通りなんだけどね。うーん、でもね、なんか気になるんだよ。おねーちゃん、何か隠してることがありそうでさ。こういうときのボクの勘は良く当たるんだ」


 別に隠しているわけではないのです。私は想像しているだけですから。


 この帝都で、皇帝陛下のおひざ元での国賓誘拐。

 皇帝の顔に放送禁止な汚物を塗りたくるのと同義の行為でしょう。


 そして私は先ごろ竜皇子殿下から婚姻の申し込みを受けました。まだ正式に内定したわけではありませんが、皇帝陛下にまで話が通っているのですから、その後の動きは想像しなくてもわかります。


 そしてアーデルハイドお姉さまと、むくつけき筋肉集団の聖アガサ騎士団。お姉さまがいる限り味方側の戦死や重症は極小で押さえられるでしょう。そこに信仰心で我を失ったゴリラの群れが襲い掛かるかもしれません。


 私が逆の立場なら今すぐに逃げます。国外じゃなくて大陸から逃亡するレベルで。


「希望を失わないやつってつまんないな。ボクは女は嫌いだ。どいつもこいつも嘘つきで心が醜いからね。女に頼ると裏切られる。これは短いなりに生きてきたボクの格言だよ」


「良いご縁がなかったのですね。あなたがどのような人生を歩んできたのかは知りませんが、不当に恨みをぶつけるのはそれこそ人に対する裏切りだと思います」


 ガツン、と鉄格子を蹴られました。


「なんの不自由もしてない貴族が知った口きくねえ。そういうの、本当に迷惑なんだよね。まあいいか、どうせ君はこれから変態豚野郎の慰みモノになる運命だ。その上から目線がいつまで続くか賭けのタネにさせてもらうよ」


「おいカール、そろそろ時間だぞ!」

「わかった。準備しろ!」


 少女と見まがうばかりの美貌の悪童は、手際よく書類に目を通していきます。

 馬車に積み込まれた私は、両脇を手練れの剣士に挟まれて移動をさせられました。どこに行くともわかりませんが、せめてと思い王国流の仕掛けを残しておきますね。


 淑女はいつかかどわかされる恐れがある。私が今言っても自業自得だろで済む話ではあるんですけども。

 このようなとき、一番に問題とされるのは、ドコにいるのかということです。

 誰が、とか、どのように、がわかっても所在が不明であれば最悪証拠不十分で、犯人が釈放されてしまうでしょう。


 ジルドニアの乙女は親指の爪に特別なマニキュアを塗っています。これは爪自体に色が浸透し地面や壁に文字を残せるペン替わりになるのです。だから親指の爪を伸ばしている女性は多くいらっしゃいます。


 そのような習慣のない帝都で、私が残したサインを見つけた王国人は一瞬で理解するでしょう。

 私は刺された場所と監禁されていた場所の両方に小さくサインを残しました。

 それも闇魔法の魔力を一杯込めて。


 お姉さまの手を煩わせることになりそうで本当に申し訳なく思いますが、抵抗活動はやれるだけやらせてもらうとしましょう。


――

 馬車が止まる。誰何すいかの声ののち、私という名の荷物は布をかけられて、外部から見えないように包まれた状態で運ばれていきます。


 大声を出して騒いでも仕方がないでしょうね。やり取りの手早さから、出荷先の主人は常連客なのでしょう。黒い取引用の子飼いも配置している可能性が高いかも。大人しくして時間を稼ぎ、隙を見つけるのが私の取りうる唯一の選択肢ですね。


「さぁて、着いたよおねーちゃん。現世にさようならは済ませたかな? おねーちゃんが壊れたら新しいのを連れてくるから、せいぜい頑張ってね」

「いつか必ずあなたは後悔しますよ」


「そう、興味ないね。ああ『白髭』様、この度もお買い上げありがとうございます」


 どすりどすりと重い足音が聞こえます。


「ご苦労である」

「商品のご確認はよろしいんですか?」


「傷があれば突き返す。いつものことだよ。代金は例の場所に用意してある」


 とても人身売買とは思えない信頼のある取引です。知らなかった、誘拐した子って返品できるんですね。少しだけ世界の闇を知ってしまいました。


「ああ、それとー-」

 可憐な少年、カールの声が低くなりました。今までメゾソプラノの声だったのが、一気にアルトまで下がっています。


「こいつ、何かたくらんでる気配があるんですよ。それでも大丈夫ですかね」

「ほほう、救出のアテでもあるのかな。ふっふっふ、それは怖い怖い」


「なので『検品』されることをお勧めしますよ。あとで金を返せと言われるのが一番つらいんで」

「よかろう、小娘を外に出せ」


 目の前にいた男は、醜悪という以外には言葉が見つからない容姿をしていました。大きさの違う両目は、片方がはみ出るほど眼球がのぞいていて、血走っていらっしゃいます。まばらに抜け落ちた、禿げた部分が目立つ髪は脂ぎっており、手入れをしているのか怪しいものです。


 父に抱き着いたときに香る加齢臭は嫌なものではないのですが、目の前の男から漂う臭気には耐えがたい不潔さを感じて、思わず顔を背けてしまいます。


「くひゅふ、中々に美しいな。どこの貧乏貴族の出か、町娘だか分らぬが、よく手入れされておる。こういうのを望んでいた。このように汚しがいがある女を待っていたのだ。おい娘、名の名乗ることを許す。玩具の名称が解らなければ興ざめだからな」


 顎を手でくいッとされました。

 こんなにときめかない顎クイは在り得ていいのでしょうか。

 よろしいです。では名乗りましょう。


「そうですか。はい、私の名は――」

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