第15話 おそろいのもの
グランゼリア帝国の気候はやや寒冷ですが、小麦等の栽培には適している肥沃な大地が広がっています。自然な状態でも収穫率は高いが、竜の放出する魔力によってより作物の生育が促進するらしいです。
この農業チートはずるいですよね。大帝国を支える国力の基礎は、まさその点にあるのでしょう。
「城下町を見たいなんて我儘を言って申し訳ありません。とても興味がありましたので、ついおねだりしてしまいました」
力なく笑う私に、グレイル様はそっと頭をなでて返答にしてくれました。
「俺がリーゼロッテと一緒に外出したかったんだ。君は帝国の情勢に詳しいようだから、是非とも今の生活を見ていってほしくてね。強引にでも連れていくつもりだったんだよ」
「まぁ、それは怖いですわね」
二人は庶民の服に着替えて町を歩く。帝都オーレリアは城下町と平民街に分かれている造りです。
私はそこで文化の違いというものを思い知りました
「た、高いっ!」
ジルドニアでは住居用の建物はせいぜい三階までの高さまでしか建築できないのです。理論上はもっといけるはずなのですが、技術が追い付いていません。
王都と比較してグランゼリアの建築物は重厚で高い。その差はせいぜい二~三階程度しかないのかもしれませんが、ちょっと東京に戻った気がします。
造りの頑丈さや、平面の美しさも特筆するべき点です。職人の目分量で建築しているジルドニアも味があって素敵だが、工学的要素を取り入れてるグランゼリアとは生産量と精度が違いますね……。
「流石は大陸の中心、オーレリアは文化の華と呼ばれるだけはありますわ」
「リズに褒めてもらえてうれしいよ。さあ、あっちにはいろいろな小物を売っている店があるんだ。一緒に眺めに行かないか」
「はい、よろこんで」
途中で串焼きや、手で持てるサイズのクレープを食べる。グレイル様はやけに道に詳しいご様子。露店や店舗の内容も一国の皇太子としては知りすぎていませんか。
きっと何度もお忍びで足を運ばれているのでしょうね。為政者として民衆の生活に触れるのは、将来の政治行政に活用するためには必要なことです。もっともジルドニアでは平民蔑視の風潮が根強く、我が国が開明的になるにはまだまだ時間がかかりそうなのが悲しいです。
「あらジーク。今日は随分と別嬪さんを連れているね」
肘で軽くつつかれます。ああ、了解しました。グレイル様は町では『ジーク』で通っているんですね。
「そんな大声で恥ずかしいこと言わないで下さい。リズ、こちらは宝石商のマリクさん。見た目とは魂の色が違うから戸惑うかもしれないけど、れっきとした女性の心を持ってる方だよ」
「お初にお目にかかります。リーゼロッテと申します。今日はじ、ジークに案内されて町を見学させてもらっています……素敵な胸飾りですね!」
「あら、わかる? この宝石は綺麗だけれど脆いのよ。カットするには相当の実力と運が必要ね。ああ、私はマリク。マリク・スヴェンソンよ。よろしくね」
「よろしくお願いします、マリク様」
「様だなんて大層なものじゃないわよ。さあゆっくりと見ていってね。ジーク、奥のテーブルにいらっしゃいな。昨日テーベ王国からいいお茶が届いたのよ」
マリクさんは宝石に負けないくらい美しいと思いました。
差別や偏見に負けず、女性である心を前面に出して生きるのは、強くないとできないことでしょう。細身の体に黒いスラックスパンツと純白のブラウスでシンプルに決めているのは、売り物の宝石に集中してほしいという心づくしでしょうね。
事実私は胸元に輝いていた琥珀のプレートに目を奪われてしまっていました。丸くてシンプルなデザインの土台に、凛として天に向かって輝く小麦色の光。思わずため息が出てしまいます。
鏡を見ることがこんなにも楽しいと思ったのは、いつぶりのことでしょうか。
私たちは東の国の王族が身に着けるような、ゴッテリとした黄金の腕輪をつけてはくすくすと笑いあったり、かたやまるで精密な工具で加工したかのような、微細な銀糸の髪飾りをつけてみたり。
地球では地味でいつも猫背で、化粧っけもなかった私でした。この世界に来てからも、化粧は誰かを騙すためのもとだと割り切っていたのです。だからこうして純粋に飾り物の美しさに目を奪われるのは夢のようで。
「やっぱりコレ、気になる?」
そう言ってマリクさんは胸につけている小麦色の装飾品を手にする。
「一番のお品だと思います。主張は控えめなのですけれども、職人の人の息吹が伝わってくるみたいで、とても好きです」
「ふぅん、だって言ってるわよ、ジーク」
え、いえ、催促したわけではないんですけれども。うーん、やはり素でも『欲しがりのリズ』になってしまうのでしょうか。慣れとは怖いですね。
「ははは、リズは正直だね。俺としても帝国の……いや俺と一緒にいた記念に何かを贈りたいと思ってたんだ」
「素敵ねジーク。これは実はタリスマンに合わせたサイズになっていてね。開けたとき聖句と一緒に宝石が輝くようになってるのよ」
「それは素晴らしい。加工するのに時間はかかりますか?」
「ううん、はめるだけだからすぐよ。リズちゃんリズちゃん、こっちに来てみて」
マリクさんはいたずらっ子のような顔でこっそりと引き出しの中身を見せてくれました。私は息をのむ。これはグレイル様の瞳と……。
「よければ、どうかしら」
「はい。とても素敵です。ぜひお願いします」
「商談成立ね。じゃあ調整しちゃうからお茶でも飲んでてちょうだい。ああ、ジーク、そこの戸棚にお菓子が入ってるから、リズちゃんに出してあげて」
顔に望遠鏡のような眼鏡をつけて、マリクさんは鼻歌交じりにタリスマンをいじっています。
「ふふふ、グレイル様も驚きますよ」
「なんだろう。あまり怖がらせないでおくれよ」
ゆったりとした時間の中、燦々と輝く宝石に囲まれて、私たちは互いの故郷の話を積もらせています。特に話題になったのは二人の父親のことでした。
グレイル様のお父上――グランゼリア皇帝フリードリヒ二世陛下は恐妻家であることや、私の父であるフレデリック・フォン・マールバッハも妻に頭が上がらないことに共通点を見出し、ころころと笑い合えました。
「笑えるね。俺たちの父親はどうなっているんだか」
「ええ、母を怒らせた時の父のおろおろっぷりは、可哀そうなくらいでしたわ」
「本当の君はそういう風に笑うんだね。その方が魅力的だと思うよ」
うえっ!?
ちょっと、そういう不意打ちはやめてください。無防備な時にチェックメイトされたらリザインするしかないじゃないですか。
確かにちょっと気を許しすぎたけれど、その、照れます……から。
「ぐ、グレイル様はお上手ですね」
「おや、また仮面をかぶられてしまった。次はもっとうまく会話で踊れるように努力しておくよ」
グレイル様はもう二十歳になられたと聞いています。この世界では十五歳で成人だけれども、大人の余裕なのでしょうか。それとも私がこういうやりとりに慣れていないだけなのでしょうか。
少なくとも前世の年齢というアドバンテージは無かったことにしたほうがよさそうですね。ああ、もうちょっと頑張ってればよかったです。
「二人とも、できたわよー」
もじもじとしていると、マリクさんが加工したタリスマンを緋色のお盆に乗せてこちらへと運んできてくれた。
「これは……実に美しい代物だ。マリクの腕前は知っていたけれど、これほどとは」
「もっとほめていいのよん。正真正銘この世で一組しかない聖句のお守りよ。こっちの黒翡翠はジークの瞳に。こっちの琥珀はリーゼロッテちゃんの瞳よ。いかがかしら?」
懐中時計のように開けられる仕組みになっており、離れていてもお互いの思いやる目を思い出すことができます。あまりにうれしくて、私はタリスマンを胸にそっと抱きました。
「ありがたく買わせてもらうよマリク。これは値段がつけられるのだろうか」
「そうね、合わせて金貨十二枚ってところかしら。工賃はオマケよ。ちなみにジークが身に着ける黒翡翠は金貨二枚。リーゼロッテちゃんのものは金貨十枚ね」
「そんな、それはジークが」
「大丈夫だよリズ。マリクありがとう、気を使ってくれて。町のエスコートに連れ出したのに、お金を多く支払わせるわけにはいかないからね。ほら、これで」
「毎度。はい、リーゼロッテちゃんも確かに。留め金が緩んでしまったらまた着て頂戴。いつでもお直しは受け付けてるからね」
いいのでしょうか。こんなに相手のことを意識させる贈り物は初めて受け取ります。
「リズ、つけてみてくれないか」
「はい。どうでしょうか。似合ってますか?」
銀の鎖で首から下げるタイプのタリスマンは、服装と調和して美を引き出すようなデザインです。
「すごくよく似合ってるよ。これでお揃いだね。実はまた王国へ、君の両親のもとへ行こうと思っているんだ。それまでの間はこのお守りを俺だと思ってくれると嬉しい」
「うん。すごく切なくなるくらいうれしいです。ありがとうございますグレイル様」
「中身は……俺以外には見せないでほしいな。俺も鉄面皮じゃないから、その、一応。恥ずかしいんだ」
「は、はい。もちろんです」
ううううう、顔が、顔が炎上している気がします!
「そろそろ戻ろう。屋敷の人たちが心配しているかもしれない」
そうして小さな冒険はおしまいになりました。帝国の気風や人々は生き生きとしている。いつか私の王国もこのように発展させたいと願ってしまうほどに、素敵な時間でした。
その晩、私はタリスマンをパカパカと開けては頬を緩ませていたと思います。
だって書かれた聖句が反則なんだもん。
『天上の神に、地に満ちる人に、海空に住むすべてのものに誓う。
光あれととなえし御言葉は我らの胸に、勇気の炎を灯す。
そうあれかしとの御言葉は我らの道に、信仰の道を示す。
我が生で導きあうことができた運命の番に祝福を。
グレイル・ド・グランゼリアは身命を賭してリーゼロッテ・フォン・マールバッハを守護する。この志曲げるときは、我が路傍で朽ちるときなり。
聖典第五章第六節――死が二人を分かつとも、その想いは永遠なり』
ぬふふふふ、ぬふふふふふふふ。
ベッドの上をごろごろと転がります。
この日からしばらく私は、『欲しがりのリズ』ではなく『ほがらかのリズ』と呼ばれることになったそうです。なんででしょうね。
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