第14話 病んだ姉への対処法
数日後、到着したお姉さまはすべてを知っていらっしゃいました。
「おめでとうリズ。私はあなたが幸せになってくれるのが一番うれしいわ」
お姉さま、なぜそれを。実は姉さまも『黒犬』のような諜報部隊をお持ちなの? なんて思ってたら種明かしされてずっこけそうにりました。
手紙は二通あった!
公式に送られてきた表向きの招待状。陛下も両親も読むことになる、記録に残る類の書類です。文官が清書して書き残し、ジルドニアの歴史の一つになるもの。
もう一通はグランゼリア皇帝の病状に関しての手紙と、私リーゼロッテとの婚約願いです。こちらは記録には残すわけにはいかないものですね。
お姉さまに渡された二通目の手紙は、神鉄の砂時計の砂を加工して作られた封印がされていたそうです。封蝋ではなく、手紙全体がコーティングされている。これは当代の聖女であるお姉さまにしか開けることはできないものです。
過去に神鉄の砂時計が破壊された国がありました。その時に遺物として出回ったものを帝国も確保していたのでしょう。
「ありがとうございます。でもお姉さま、私でいいのでしょうか」
「リズ、自分の価値を決めるのは本人だけではないと思うの。この世で一番あなたのことを知っているお姉ちゃんが保証してあげる。リズはとても素敵な女の子よ。グレイル皇太子殿下は私と同じ気持ちのようだけれども」
かぁっと、顔面山頭火です。普段から私は人のことをほめて持ち上げて、その気にさせるのが得意なのですが、自分が受け手に回ると、これほど防御するのが難しいことはなかったのですね。
「お、お姉さまのお仕事はもうお済みなのでしょうか」
「ん、大丈夫。砂時計はさっきサクっと回してきた。来るまでに皇帝陛下の症状をうかがったけれど、たぶん私の光魔法で治ると思うから」
無表情でVサインを出すお姉さま。
うーん、チート。前世の地球でこんな力を持ってる人がいたら、世界中が欲しがるでしょうね。いえ、この世界でも同じか。どの国も喉から手が出るほどお姉さまを欲しがっています。
欲しがりなのは私だけではないようで。世界は欲しがりで満ちておりますわ。
二人でグランゼリアの宮殿から出ると、迎えの馬車が来ていました。お姉さまの話では皇帝陛下の病の治り具合を勘案し、あと数日は帝都に滞在したほうが安全な模様です。その間私たち姉妹が住む屋敷を用意していただいたので、そちらでお世話になるようです。
「ようこそグランゼリアへ、聖女様! 妹君様!」
屋敷の使用人全員、コックにいたるまで整列しての最敬礼です。何度体験しても慣れない国賓待遇ですよ。
お姉さまのお供で、前にも他の国へと出かけたことはあるのですが、お忍びで入国したことが多かった気がします。
なぜならばグランゼリア帝国ほどの圧倒的な武力がなければ、生きる国宝であるお姉さまを守り切ることができないから。生半可な力しか持たない国が、聖女が来ているなどと喧伝すれば、さらってくれと大声で言っているようなものです。
ちなみに何度も誘拐犯や暗殺未遂に出くわしました。そして大抵の人間は意外な方法で撃退されてきました。
闇属性魔法で『生命力吸収』というものがあります。
これは言葉通り相手の命を吸い取り、自分の傷を回復させたり、疲労を軽減させたりするものです。ただ単純な術であるため、熟練者にはすぐに破られてしまうのが残念なところです。
そこで私は思いつきました。『吸収』するものを生命力に限定しなければいいのでは? と。
私の師匠である死霊術使いの宮廷魔術師モルゲン様と一緒に、吸収の術式を解剖して魔法言語を一つ一つ分解して再構築していきました。世が世なら、闇魔法使いが日陰者でなければ、魔法史に残る発明と呼ばれたこの結果は、私から非力さを拭い去ってくれました。
『吸収』の魔法は『能力値吸収』に進化しました。つまり相手から筋力や敏捷性、知能……は無理だったけど、およそフィジカルなステータスを自分のものにしてしまう魔法になったのです。
筋骨隆々な武人も、視線だけで人を殺せそうな暗殺者も、闇魔法の『能力値吸収』さえ効いてしまえば幼稚園児を相手にしているようになります。
ときに、私のメイドのマリーは普段から刃物を装備しているのですが、何かがあればまずそれで威嚇し、牽制し、攻撃を仕掛けます。だがマリーに言わせれば、それは本命を誘うためにわざとやっている、いわば『見せブラ』みたいなものらしいのです。
マリーの得意技はジルドニア
私はマリーに徹底的に技を習いました。私は武道の才能に乏しかったのですが、『能力値吸収』でふにゃふにゃになった相手を掴み、相手の力を吸収した私が地面に叩きつけるのは造作もないことでした。
お姉さまによほどのことが起きない限り、抜きはしない伝家の宝刀ですが、危機が迫った時は容赦なく切って捨てることにしています。幸いにして私は『非力』で『弱く』、しょぼい『闇魔法』使いであり、『貴族の我儘娘』と思われている。油断している相手はあまりにも脆いのですよ。
力の抜けた暗殺者にベリィ・トゥ・ベリィを決めたときは、脳髄が爆発しそうなほど爽快でございましたわ。
まあ帝国では使うことはないと思いますが。なにせほら……。
「聖女様に――敬礼ッ!!!」
「秒の、いや刹那の間でも目を離すことはまかりならん! 貴様らの信仰を聖女様に示すのだ!」
聖アガサ騎士団の人たちも、同じ屋敷に滞在することになっているのですから。
屋敷の外郭は帝国の精鋭部隊が固めており、屋敷の内部は王国の狂信者が詰めていらっしゃいます。こんなところに侵入を試みるのは自殺と同義でしょう。
「お姉さま、父上と母上はこの婚姻に賛成してくれるでしょうか」
「賛成『してもらいます』から大丈夫です。お姉ちゃんに任せておいてください」
んっ?
あ、れ……。魔眼が、なんかちょっとブレて……。
『聖女』『光魔法の頂点』『リズ想い』『慈悲と寛容』『信仰の対象』『生き神様』『大食漢』
うん、いつも見てるお姉さまです。
ブンッと表示が揺れる。
『リズ想い』→『ヤンリズ』
『聖女』→『聖女(病)』
ひぃぃぃぃぃいいいいっ!?
え、え、お姉……さま?
「あのね私リズのこと見てて思ったの。お姉ちゃんももっと妹をいたわらないといけない、守ってあげなきゃいけないって。例えリズが結婚してもしなくても、王国に居ても帝国に居てもお姉ちゃんが力になってあげなきゃいけないって」
にっこりと私にほほ笑む。私にはニチャァって聞こえたような気がしたのですが。
「でもリズが結婚するのはやっぱり寂しいというかなんというか。私の私だけのリズだったのに、それが他の人のものになるって思うと、なんだか胸がざわついてしまって。ねえリズはお姉ちゃんのことどう思ってるのかな。お姉ちゃんに早くお嫁に行ってほしい? いつまでもリズの側にいたほうがいい?」
「ちょっと待ってお姉さま。大丈夫、私は……」
「でも安心して、きちんとリズの婚約は認めてもらうからね。せっかくの妹の慶事だもの、誰であろうと、どんな手を使おうとも、絶対に必ず認めさせてあげるからね」
「う、うん」
余計なことは言ってはいけません。お姉さまのこの症状は恐らく親族側のマリッジブルーなのかもしれないです。しかしこのまま実家に戻すのは危険だと、頭の中の全私が叫んでいますの。なんとか鎮めなくては……。
「と、とりあえずお姉さま、何かお食事でもとりませんか? わ、私お腹すいたなぁー。お姉さまと一緒にご飯食べたいなぁー」
「そうね、リズがそういうなら」
ちょっと遅めの昼食に取り掛かかります。上質な小麦を使ったふかふかのパンに、新鮮なバターの香りがうれしい。サーモンのマリネとシャキシャキの玉ねぎを挟んで食べれば、もう幸せの一言に尽きます。デザートのマロングラッセは甘みが抑えられていて、歯ごたえもよく、いくらでも食べられる気がしますね。
でもねお姉さま、なんか距離が近いです。具体的に言うと私から数センチ隣で同じものを食べていらっしゃいます。そうガン見されては食べづらいのですが。
パンを二斤ほど食べたお姉さまは、何か毒気が抜けたかのように穏やかな顔に戻られました。ここは魔眼でしょう。
『ヤンリズ』→『リズ(抱)』
『聖女(病)』→『聖女(満腹)』
ちょっろ! お姉さま、すっごくちょろいです。
「お姉ちゃんなんか眠くなってきちゃった。歯を磨いたら少し寝るねぇ」
「起きてらっしゃった方がいいですよ。来客もあるかもしれませんし、何よりも食べてすぐに寝るのは胃腸によくないです」
うーん。我が姉、野生児です。本能の赴くままに生きているのでしょうか。
一つだけ文句を言わせてください。
お姉さま、食っちゃ寝しても体形が変わらないのは、同じ女性として反則だと思います。私はすぐにお肉がついてしまうので、マリーと一緒に鍛えているというのに。
ふらふらしながら食堂から出ていくお姉さまを見て、野生児でもいいかと思いました。お姉さまの至らない部分は私が補えばいい。その代わりお姉さまには素直に助けを求めよう。
たった二人の姉妹なんだから、力を合わせて生きていかなきゃだめですね。
それにしても、今日の私は悩みすぎたのでしょうか。
うーんって言いすぎたような。
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