第13話 闇属性妹、告白されて倒れる

 舌戦の時間とはなんだったのでしょうか


 それがこの会談を終えてから思った、私の正直な感想です。もう、なんというか……すべてが予想外すぎて言葉にもなりません。


~数時間前~


 光龍の間と呼ばれる大きな部屋に通されました。てっきり小ぢんまりとした会議室で、事務的に進めると思っていましたので、かえって不審に感じてしまいます。

 三つ首龍の紋章が大きく飾られていますね。尚武・調和・寛容を示した、グランゼリア帝国の三つの国是が刻まれています。

 実際に帝国は比肩しうるものがいないほどの繁栄を享受しているので、素晴らしいことだと思います。


 帝国人は竜の血を引いています。その知能や戦闘能力は大陸随一であり、仲間を思う気持ちも強いそう。問題は少子化だというが、今のところ得ている情報では、人口ピラミッドはそう歪にはなっていませんでしたね。


「このような広間をお借りしてよろしいのですか、グレイル様」

「問題ない。今日この日に限っては、この広間で正解なのだ」


 帝国は何か企んでいらっしゃいますね。斯様に儀礼的で荘厳な場所は、重大な決定がもたらされるときに使われるのでしょう。

 お姉さまの身柄—―直感的にそう思いました。半分神籍のお姉さまは居住の自由が認められています。ジルドニアの至宝を手に入れるには、この機会は絶好のチャンスですが、さて。


「お姉さまは今頃どの辺りにいらっしゃるのでしょうね」

「先ほど伝令から連絡が来てね。国境から少し進んだところにあるテルド要塞についたそうだよ。予定通りだね。明日にはブランセルの町まで行けるはずだよ」


「順調そうでなによりです。それで殿下、私に対してこのような厚遇をしていただいて、心情をお聞きするのが心苦しいですが、そろそろご意思を教えていただけないでしょうか」

「隠し立てするつもりはなかったんだけどね。実は私は結婚をしようと思うのだ」


「やはり……しかしそれはお姉さまの意思と父上の許可、なによりもジルドニアの国王陛下や教会の審議も必要です。殿下のお気持ちは伝わりますが、一朝一夕に決められるようなことではありません」

「やはり難しいかな。しかし私はどうしても諦めきれないのだ。君に直接許可をもらっても難しいだろうか。どうしても私は諦めたくはない」


 ん、話がかみ合いませんね。お姉さまを娶るには各方面の許可が必要。

 で、グレイルが言っているのは私の許可が必要では? と。

 何でしょうか、この違和感。


「あの、グレイル様。お姉さまとの婚約は相応の準備と根回しが必要でして。もちろん私は殿下がお姉さまのお相手であれば、諸手を挙げて大賛成ですけれども」


「誤解をさせてしまったようだね。私が妻に迎えたいのは君だよ、リーゼロッテ嬢」


 んんんっ?


「私を娶ってどんなメリットが?」

 素で聞いてしまいました。ごめんなさい、ちょっと私も状況を飲み込めてないです。


「私は君を……君と未来を紡いでいきたいと思っている。血筋や国籍、種族の問題はあるだろうが、どうか私と添い遂げてもらえないだろうか」


「ぬぐがっ!」


 え、待ってください。お姉さまじゃないんですか? そのための帝国最高峰の国賓用の光龍の間では? 聖女じゃなくて闇属性の妹のほうだなんて……何を考えてらっしゃるの!?


「古代竜言語……君はどこまでも聡明なのだね、リーゼロッテ」

「へっ!?」


「ヌグガ……『共にする』と言ってくれたね。ああ、今日はなんていい日なんだろう。やはり進言を退けて国境まで向かったかいがあったよ」


 し、知らないです、そんな言葉。そういう擬音を狩るのやめてください。

 言葉狩りは野蛮でしてよ!


「やはり私の目に狂いはなかった。リーゼロッテ嬢。私の妻になってほしい」


 どうしましょう。もう退路が……無いです。いたっ! 目が……魔眼が……。


『一途』→『超一途』→『リズ』→『リズのためなら世界と戦う』


 ふぁぁぁぁあああっ!


 だめだこの方、もう引き返せないことになってます。お姉さまのための素敵なウェディングプランが! 帝国と結びついての安泰なマールバッハ領経営が!


「父上、ご覧いただけましたか?」


 突然殿下は背後に飾られている宝玉へ声をかけられました。透明で魔晶灯の明かりをキラキラと反射させているそれは、空気を細かく振動させて言葉を伝えてきたのです。


『まさか古代語まで使うとはな。流石グレイルよ、良き娘を見つけたようだな。宝玉越しで失礼する、余はグランゼリア皇帝フリードリヒ二世なり。この身が病に侵されている故、このような形での挨拶となるが、よろしく寛恕かんじょ願う』


 私は急いで席を立ち上がります。


「お言葉を頂戴できて光栄です、皇帝陛下。ジルドニア王国マールバッハ侯爵家次女、リーゼロッテ・フォン・マールバッハでございます。この度は過分なお褒めを頂戴して恐縮の限りでございます」


『固くなる必要はない。グレイル、帝国内にいる間はリーゼロッテ嬢に負担をかけてはならぬぞ。無論後ほど参られる聖女様についても同様だ』


「承りました。是非にとも良き縁を結びたいと思っております」


 ん、病? そうか、そういうことでしたか。

 帝国の神鉄の砂時計の砂が落ち切るには、まだ猶予があります。けれど早急にお姉さまの力を必要としていた事情があった。それは皇帝陛下が御脳を患っておいでだからですね。


 建前上は砂時計の管理。本音は王国にも知られずに、帝国の問題を解決したかったのでしょう。


『リーゼロッテ嬢、大変に窮屈を強いることだが、事が片付くまでは是非とも帝国内にてくつろいでもらいたい。そなたは聡明だ。深くは言う必要はないだろう』


「かしこまりました陛下。聖女の妹として陛下のご苦悩を漏らすことはいたしません、どうぞ安心されてください。そのままお体をお安めになり、我が姉アーデルハイドの到着をお待ちくださいませ」


『ふはは、良医は他者に秘を語らずというが、よく教育が行き届いているようだ。困ったことがあれば余が力になろう。グレイル、大事にするのだぞ』


「無論でございます、父上。既に竜の背には乗っていただきましたから。ふふ、何を隠そうリーゼロッテ嬢から乗せてほしいと言ってくれたのですよ」


『ほう……賢い娘だ。その竜言語を知る者だ。背に乗せる意味は十分理解しているだろう。お前もついに所帯を持つ身になるのか』

「感無量です、父上」


 当然私は知りませんからね。

 王族の竜が背に乗せるということは、『この娘は俺の妻になる』ということを世間に知らせるという慣例であるということを知るすべなどあるはずがないです。

 だって私とお姉さま両方乗せようとしてたから、そんな意味があるなんてわかるわけがない。


 古代竜言語なんて論外です。知ってたら『背に乗りたいですぅ』だなんて間抜けなこと言いません。まさか……最初から狙っていらっしゃった? お姉さまが絶対に乗らないって知ってて国境に来たのですか……!


「おほ、おほほほほ。グレイル様ったら、もう」


「ははは、リーゼロッテ嬢は奥ゆかしいと思えば大胆な一面も持っている。私はもう君を離す気がないからね」


「殿下……」


 どーしましょ。

 お姉さま、早く来てください。一刻も早く来てください。

『欲しがりのリズ』が今欲しているのは、お姉さまの温もりですことよ!


 王国と帝国間の諸問題は、此度の婚姻が成立すれば大幅に帝国が譲歩してくれるそうです。

 我が国の外交官が泣いて喜ぶのかどうかはわからりませんが、少なくとも私の運命は決まってしまったのでしょう。これはいわゆる結納品の前渡しに近いのでは。


 うぅ、結婚……ですか。これまで裏方に徹してきて、時には嫌われ役もやってきたせいか、自分が誰かと結ばれるだなんて想像したこもないです。


 散々意地悪な罠を仕掛けたこともあったけれど、自分が本気になったことなんて一回もありませんでした。だから降ってわいたこの話にどう反応していいか、心の底からわからないのです。


「不思議な表情をしているね、リーゼロッテ嬢。いや、俺もリズと呼んでいいかい」


「はい。私もその方が呼ばれ慣れています」


「戸惑ってるみたいだね」


 私の顔を見れば一目瞭然なのに。でもちゃんとこういうことは話し合うべきなんでしょうね。


「どうして私……なのでしょうか、という気持ちが強いのです。お姉さまを選ばれるのであれば十分納得できるのですが、なんの力もない妹の私なんて」


「リズ、自分なんてとは言わないでほしいな。話が急だったのは私もすまないと思ってる。けれどジルドニア王国で君に出会ったときから、私は……なんというか。君を、誰にも渡したくないと思ってしまったんだ」


 潤んだ黒い瞳がじっと見据えてきます。そんな目で見つめられたら、なんて言えばいいのかわからなくなってしまいますよ。


「私、闇魔法使いなんです。そのお姉さまのように誰かを癒すこともできません」

「うん、知ってるよ」


「私、欲しがりのリズって呼ばれてます。だからあんまり友達もいなくて」

「これから作ればいいさ」


「私、本当はお姉さまのことがすごく羨ましくて。どうして私には何もできないのって悩んでいて……」

「その悩みはとても大切なものだと思う。君と一緒に俺も悩みたい」


 ああ、この人は。最初から私の虚勢を全部見抜いていたんですね。全部わかっていて、それでも私の意地に付き合っていてくれた。


「リズ、私と結婚の約束をしてほしい。私は生涯をかけて君を幸せにすると誓う」

「お家が許すのであれば……喜んでお受けしたいと思います」


 ううう、顔が熱い。こんなの、こんな展開反則です。ふと見上げると、竜皇子様は淡い桃色の唇を喜色に染めて、私の恥じらいを楽しんでいたようだ。いじわる。


「今はここまで」

 おでこにすっと温かいものが当たりました。それはたった今見た薄桃色のモノで。やわらかくて。


「きゅぅぅ」

「リズ、リズ!?」


 あまりの過剰な糖分の摂取に、私は意識が遠くなっていくのを感じます。

 すみません、最近私いつも気を失ってませんか?

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