第8話 お酒の力は万能です!

 食器の破壊された音の方向を見ると、アラン様がお姉さまに突っかかっているのが見えました。今にも手を伸ばしそうな姿に、カッと頭に血がのぼります。


「なあこっちで一緒に飲めよ、アーデルハイド」

「お酒を強要するのはマナー違反ですよ殿下。もぐもぐ」


「チッ、聖女だからってお高くとまるんじゃねえよ。いいだろ、婚約してた仲じゃないか」

「その婚約は殿下から破棄されたはずです。少し酔いを醒まされたらいかがですか。むしゃむしゃ」

「いいからこっちこいよっ!」


 アラン様が激しく酔っ払って、お姉さまに絡んでいる。いくら王家の世継ぎ候補とはいえやっていいことと悪いことがあるでしょう?


「お手を放してください」

「減るもんじゃねえだろ。俺の隣で酌でもしてくれよ」


 許せません。

 私がそっとワインの瓶を持って立ち上がった時、静かに肩を押し戻されました。


「私が行こう。任せて」


 グレイル様が瓶を取り上げて、今までと変わらない笑みを浮かべる。そして彼は静かに喧騒の中へ向かって行かれました。



「少し酔いすぎではないですか、アラン殿下」

「あぁ!? 誰だ! はん、帝国の皇太子サマか。うちみたいな小国にきてまでお節介とはご苦労なこった」


 ジルドニアの王室関係者の顔が、ブルーベリーのように青ざめてましてよ。せっかく険悪な関係を改善できる切っ掛けになる晩餐会なのだから、何があっても友好的に接していきたかったはずです。


 普段のアラン様ならば、このような態度はとらないでしょう。プライドが高くて浪費癖があるが、最低限王族への礼儀はわきまえているはずなのですが。


「大帝国の世継ぎはいいよな。勝手に女が寄ってきやがるしなぁ。いいか、こいつは聖女なんて持ち上げられてるが、ろくに人と会話もできない出来損ないなんだよ。俺みたいなのが構ってやってるんだからむしろ感謝されてもいいくらいだ」


「――女性への敬意が足りていないね。外で少し頭を冷やしてきたらどうかな」


 グレイル様の声のトーンが急に低くなりました。


「はっ! ジルドニア王国内部の問題なんだからヨソもんが口出しすんな。それとも帝国は内政干渉したくてたまらないのか?」


「度し難いな。聖女様から手を放せ、愚か者」


「やってみろよ、ドラゴン君」


 まさに一触即発です。


 おさまりのつかない、激酔いのアラン様。

 義侠心に動かされているグレイル様。

 そして手をつかまれながらも何かを頬張っているお姉さま。


 暴力沙汰になってしまえば、両国の関係は決定的な亀裂が入ってしまいます。王国は容易く帝国に蹂躙され、多くの犠牲者が出るでしょう。


 ああもう仕方がないです。

 被り用の泥、一丁くださいまし。


 覚悟を決めるにはお酒もキメておきます。私の酒乱を甘く見ると後悔しましてよ。

 んぐ、んぐ、んぐっ。

 白ワインを一気に一瓶飲み干す。けぷっ。


「ういっく、あらんのおおばかやろうめー。欲しがりのリズをなめるなよぉ」


 どちらに引かせても禍根になりましゅ。だから私がやることは一つれす。


「あーら、あらんでんかぁ。随分とお冠でございますわねー」


「酒くさっ! リーゼロッテ、お前か。もとはと言えばお前が俺に恥をかかせたのが原因だ。そうでなければ俺は……! それになんだ! 帝国に簡単に尻尾を振りやがって。横行人として恥ずかしくないのか!」


「男の嫉妬は見苦しいですわよー。私に袖にされたからといってお姉さまに強く当たるのは、とってもとっても筋違いですわぁ」


「言わせておけば……!」

「やめないか!」


 アラン様の手をグレイル様が止めました。私の襟首のチョーカーを掴もうとしていたのでしょうねー。まあ完全に私が煽ってるんだからしょうがないです。

 そしてもう少し燃料が足りませんわ。へい、もう一本。


 グビグビグビッ。

 んかぁー、効くぅっ。こんなのシラフでやってられないですわよ。


「あらまぁまぁ、お二人ともやんちゃでお強いのですねー。アラン殿下も鍛えてらっしゃるそうですが、竜皇子と名高いグレイル様はどうでしょうか。リズはどちらに軍配が上がりゅのか、とっても興味がありますわん!」


 ろ、呂律が回らなくなりゅ。う、酔いが回るるる。でももう少し、もう少し煽れば。


「リーゼロッテ嬢、貴女は私たちを争わせたいのかい」


「いいええ、純粋な興味ですわぁ。でも陛下御主催の宴席で流血沙汰は不敬に当たりますわね。そうだ、ここは一つ、体のみをぶつけあうというのはいかがでしょう。レスリングなら恨み言も言い訳もきかないですわよー」


 いいかい、困ったときは男どもには相撲をさせておくんだよ。そうすれば大抵は丸く収まるからね。前世でお婆ちゃんが言ってました。


「いいだろう、俺は乗った。グレイル皇太子、俺の挑戦を受ける勇気はあるか!」

「王国流のもてなしは中々に熱いな。よかろう、さぁかかってくるがいい」


 両者ともに余計な装飾を外し、動きやすい格好をします。今更だが、二人ともガッシリとしたいい体でございますね。


「いえーい、それではー見合って見合ってー。はっけよーい、のこったー!」


 被り用の泥、追加でお願いします。はい、ピッチャーで。


 どうせしくじったら、私が罰せられるだけでしゅ。まあ泣いて叫んで土下座して、打ち首だけは回避しますけども。私はお姉さまが無事ならばそれでいいれす。


「おおうりゃっ!」

「うおおおおっ!」


 おお、予想以上にいい取組。がっつりと双方の腰を掴んで微動だにしないです。グレイル様は竜種なので強いのは十分わかりきっていたことだ。だけどそれを受け止めるアラン様もなかなかどうしてお強い。


「さあさあ、がんばれー。うごきませんわよー」


 私は招待されているお客さんたちをキッと睨みます。

(お・ま・え・ら・も・あ・お・れ)


 私の眼光に負けたのか、それとも私と同じくやけくそになったのか、大歓声が上がり始めました。共犯って素敵ですわよね。


「アラン殿下! そこです、相手の背中に回ってください!」

「なんの。グレイル殿下! 上から押しつぶすのです!」


 互いに巧みに態勢を入れ替え、力を駆使し、足さばきで受け流す。どうなるかと思ったけれど、これはかなりの名勝負ではないでしょうか。


「アラン、貴様の力を見せてみよ! 腑抜けでないところを証明せよ!」

 へ、陛下も……。


「グレイル様、帝国の光よ! 臣民が背に希望を託しておりますぞ!

 あああ、向こうの大臣も。

 

 思わぬヒートアップに二人の体にも渾身の力が入る。

 そして決着はつきました。


「くっ、しまった!」

「もらった!」


 やはり相手を土に着けたのはグレイル様でした。本当に僅差だった。最後の腕の入れ替えですべてが決まってしまったようです。


「勝者グレイル殿下ー! はーいみんな拍手ー! 勝利の盃をもってきてー!」

「グレイル! グレイル! グレイル!」


「どうだ、これが俺の力だ!」


 大汗をかいて酒が多少抜けたのか、アラン様はうなだれた後、申し訳なさそうな顔をして立ち上がられます。


「すまなかったグレイル殿下。ここのところ不幸続きで、つい酒の魔力に負けてしまったようだ。この一戦はお互いの対立、ひいては両国の亀裂にならないことを願う」


「王国の実力、確かに見せてもらった。気にしないでくれアラン殿下。男ならばヤケ酒を飲むときもあろう」


 アラン様は力量差を見せられたのか、大人しく周りの言うことを聞くようになっていました。そのままお姉さまのもとに歩み寄ってこられます。


「アーデルハイド、俺が全面的に悪かった。この通り正式に謝罪する」

「もぐ……お気になさらないでください殿下。お酒で惑うのは人間味の一つですよ」


「聖女様はさすがだな。ん、リズ。大丈夫か?」

「かってくれへよかったれすぅ。ぐれいるしゃまー」


 ほへぇ、一安心。うむ、あれ、あれれれ……。

 世界が回る。あ、ああああああ、やばい。これは無理。気が遠く……。


「リーゼロッテ嬢!」

「リズ!」


 ふへへ、お姉さまどうですか? 『欲しがりのリズ』はこれが欲しかったのです。

 いがみ合いのない優しい空間にお姉さまがいる。それこそが欲しかったのです。


 うぷっ。それでは皆様、さようならぁぁぁあ。


――


 翌日は二日酔いのせいで、まるで鈍器で殴打されたように頭がガンガンします。そして修羅の形相をした両親のもとへ、死刑執行を受けに行かなくてはいけません。


「王家のメンツを潰しおってからに! 貴様はマールバッハ家を滅ぼすつもりか!」

「そんなに修道院に行きたかったとは知りませんでしたよ、リーゼロッテ」

「ご、ごめんなさい……」


 稲妻にでも食らった方がいっそ楽なのでは、と思うほどにこってりと絞られました。

 お酒は皆様もお気をつけあそばせ。

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