第3話 『欲しがりのリズ』

 私は十歳で闇属性と判断されたてから、『欲しがりのリズ』と呼ばれてきました。お姉さまの持っているものを全部欲しがったからそのようにあだ名されたらしのですが、実態は少し違うと自己弁護させて下さい。


ケース1


「お姉さまが私をおいてお庭に行ってしまうの。きっと一人占めしてるんだわ。私も連れてって、連れてって!」

「リズはしょうがない子ね……」


 そう言ってお姉さまは私と一緒にお散歩に出てくれるようになりました。

 あのですね、お姉さまは何でも口に入れてしまう人なのです。この前も自生しているヨモギを素手でちぎって、もりもり食べてたし。そして新しく出来た園芸区画にはスズランが生えています。


 スズランは有毒です。でもお姉さまのことだから、なんのためらいもなく口に入れてむしゃむしゃするでしょう。聖女の浄化の力で平気なのかもしれませんが、さすがに放っておけるはずがありません。


ケース2


「お姉さまが新しいお人形をもらっていたの! リズはそのお人形が欲しい。ねえ、ちょうだいちょうだい!」

「リズはしょうがない子ね……」


 はい、ごめんなさい。でもね、お姉さまがもっている人形にはものすっごい呪いがかけられてたの。闇属性使いの私でもちょっと吸収しきれないほどに。


 お姉さまは聖女だから呪いなど効きはしない。だが早く処理しないと家族や使用人が犠牲になってしまいます。


 私はお姉さまの前で大泣きして人形をもらうと、その足で焼却炉にいって炎の中にぶち込まさせていただきました。


「リズ、お人形はどうしたの?」

「あれもう飽きちゃったからいらなーい。どこにあるのかもしらなーい」

「リズはしょうがない子ね……」


 私のたれ目はこんなときには役に立つ。砂糖菓子のように甘い笑顔でそういっておけば、『欲しがりのリズ』はしょうがないのね、で済む。使用人からはアレコレ言われているは知っているけれど、それでいいのです。


ケース3

 お姉さまは浮世離れしているせいか淑女としてのガードが緩い。もうガッバガバで、ざるで水を汲むが如しです。


 聖女生誕祭でのお姉さまは、まるでお人形のようにずっとニコニコしていた。だが挨拶に訪れていた男性の前で思わぬ禁句を出してしまうのです。


「熱くなってきました。すみません『私の手袋を預かってもらえますか』」


 あの時の周囲の凍結具合は伝説の一つでした。

 貴族の独身男性相手にその言葉は、ダンスを一緒に踊ろうというお誘いであり、そのあと一夜を一緒に過ごしませんかという意味を持っています。


「お姉さまぁ、私少し酔っ払っちゃったみたいですぅ。ああすみません。ついよろけてしまって」


 足をもつれさせた振りをして、会話相手の男性に抱き着く。そして上目づかいで潤んだ瞳を投げかけてぎゅっと体にしがみつく。


「大丈夫ですか、よろしければ私が介抱しましょう。さあリーゼロッテ様、一緒にバルコニーへ行きましょう」


「えへへぇ、お姉さまぁ、またあとでねぇ」

「リズはしょうがない子ね……」


 ちなみに私の魔眼ではこの男性は『女癖悪し』『借金癖』『悪食』と出ていた。万が一にでもお姉さまと縁が結ばれないようにするには苦労しました。


 …………。


「うん、まあ昔を思い出すと頭が痛くなりますね。でも前世は私ひとりっ子だったし、お姉ちゃんがいたらなぁって思ってたから、願ったりかなったりなんだけどね」


 残る問題はどうやってアラン様に諦めていただくかですね。この世界の淑女のマナーは一通り叩き込まれましたが、彼氏いない歴=前世+今世を絶賛更新中の私は、まだうまく男殿方をあしらえる方法を模索しているのです。


 私は鏡に向かってドレスを一度脱ぎ、コルセットを外す。それだけでガードが少し崩れた気がしますが、これも苦肉の策というやつです。


 はぁ、子供のようにおおきい縦の巻き髪はうんざりです。それに薄桃色のレースの多いドレスは私の感性にはまるで合わないません。けれどアラン様にはクリティカルヒットだったのだから仕方なかったのですが……。


「はぁぁぁ、ほんとあんなのとお姉さまを結婚させなくてよかったです。もう、アラン様、頭ぶち壊れてませんか? 新しく宮殿を建てるって、その資金はどこから持ってくるつもりなんですか?」


 私は以前殿下の執務室に入れてもらったことが何度かある。そしてこともあろうか私を一人に放置してどこかに行くことがありました。私がどこかの国のスパイだったら、国家転覆されてますよ?


さて、です。殿下の机の上にあった財務関連の資料を見て、お脳が吹き飛びましてよ。


 財務状況は火の車。地方は疲弊し、一部の貴族だけが儲けている。都市部には貧富の差が広がり、孤児や餓死者も出ている有様。疫病や災害などはお姉さまの聖女の力で押さえられているが、国は新たに税金を搾り取ろうとしているようです。


 本来であれば適切に投資して循環するべき資金は横領されており、社会的弱者にいきわたるべき公共の福祉は停滞しています。ぶっちゃけすべての責任者の首を挿げ替えるくらいじゃないとこの国は亡びるかもしれません。


「お姉さまはこの国を愛していらっしゃる。だからこそお姉さまのお相手はしっかりとした方でなければ」


 怖いけれど、お姉さまのため。この婚約はブチ壊させていただきます。

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