第4話 お猿さんは撃退します
コンコン、とドアがノックされる。
「リーゼロッテ、大丈夫か?」
「はい、おかげさまで。どうぞお入りくださいませ」
茶色を基調とした暖色の部屋に、アラン様は足を踏み入れてらっしゃいました。いつもの殿下の尊大……いえ、自信満々なお心の通り、ズカズカと音がしそうなほど床を踏み鳴らして。
私は白いシーツと枕、そしてマゼンタの掛布団がかけられたベッドに腰を深くおろしている。サイドテーブルには小さな花入れがおかれているが、何も活けられていない。ちょっと寂しいですね。
先ほどからアラン様の目は落ち着きがありません。胡乱げな視線は相手を不安にさせますので、落ち着かれた方がよろしいと思います。
「顔色が悪いな。少し横になったらどうだ」
「そう……ですね。恥ずかしいのであまり見ないでくださいましね」
ごろんと転がる。今のうちにポケットにあるアレを確認しておいた。
それにしてもコルセットが窮屈です。中世の人たちはこんなのをつけて毎日を過ごしていたのかと思うと、頭が下がりますね。
私は今猛烈にジャージとTシャツが恋しくなってきました。
「少し衣服を緩めた方がいいのではないか?」
「はあ、そこまで殿方の前で粗相をするわけにはまいりません。お気遣いありがとうございます」
うん、本当は緩めたいです。首が伸びるぐらいに縦振りをして同意したいのですが、前世の私と違って一つだけ大きく明確な違い邪魔をしています。
リズのボディは、一部遠近感がバグったようにデカいのです。お姉さまはぺったぺたなのに……私は聖なる部分が全部ここに集まってしまったかのようです。
「気にすることはない。俺とお前の仲ではないか」
「殿下、お許しを。淑女としての節度を守らせてくださいませ」
アラン様の息が荒い。これは……!
「リーゼロッテ! 俺は、俺はっ!!」
「きゃあっ!?」
アラン王子、アウトー! おさわりは厳禁です。
ジルドニア王国では婚前交渉はご法度でございます。淑女には護身用として、紐を引っ張ると大音響が鳴る『乙女の警笛』という魔道具をもれなく持たされているのです。アラン様とてそれを知らないはずがないと思いますが。ひょっとして私が紐を引かないと信じていたのでしょうか。
「えいっ」
地球で言うところのパトカーのようなサイレンが鳴り響く。あまりの大音量が宮殿に淑女の危機を知らせていおり、あっという間に私の部屋には兵士たちが殺到してきました。
「なぜだリーゼロッテ、俺とお前の仲ではないか!」
「殿下……お許しを……」
涙をたたえて体を隠し、ガタガタと震えて見せる私。そこはかとなくはだけられた胸元に、まくり上げられたドレスのスカート。何よりもベッドに押し倒されている私の存在そのものが致命傷です。
「殿下、まさかこのような破廉恥な真似をなさるとは……。陛下が知るところになれば、厳しいお沙汰が下りましょうぞ」
「ええい、誰が見てよいと言った! 下がれ貴様ら!」
「『乙女の警笛』に対しては、周りのすべての男性が守護すべし。ジルドニアの男子たるものの基礎にして基本ではないですか。ああ、なんということだ……しかも聖女様の妹様とは……」
宮中の侍従は顔面蒼白になっています。第一王子が『乙女の警笛』を鳴らされるほどの不始末を犯したのですから、おそらく彼の将来はとても暗いものになるに違いないでしょう。
あまりに申し訳ないので、彼についてはマールバッハ家でフォローしておきたいと思います。
反対に警備隊長は溶岩のように顔を真っ赤にしていますね。
まさか忠義の剣を捧げるべき君主筋が、このような大失態をしでかしてしまったのだから、憤懣やるかたないでしょうね。
聞くところによると、彼はアラン王子に剣を教えていたそうです。その授業は今後二度と開かれないかもしれません。
「殿下、御身を拘束させていただきます。……なに、陛下が? よし、すぐに参上する。女官はここに残ってリーゼロッテ様の手当をせよ。殿下。陛下がお召しになっております。私と一緒にお越しください」
「い、いやだっ! おのれリーゼロッテ、なぜ警報を鳴らした! 俺はこんなにもお前を愛しているというのに!!」
「言い訳は陛下の御前でなさるのですな。これ以上ご婦人に当たるのは名に泥を塗りますぞ」
引きずられるようにアラン様はドナドナされていった。この程度で廃嫡されることはないとは思いますが、恐らく第二王子派が王権狙いの勢いをつけてくるでしょう。
殿下の執務室で手に入れた情報では、第一王子派に属している人間はほとんど汚職に手を染めていました。宮廷内のパワーバランスが変われば、少しは風通しがよくなるのかもしれないですね。
ちなみに私の『破滅回避の魔眼』によれば、第二王子のリチャード様には『知勇兼備』『公正公平』『王者の器』『年上好き』『ショタコンキラー』という属性がありました。
若干怪しいのもいくつかあるが、能力零点のアラン様よりはましと存じます。
リチャード様が玉座を継いでくれればこの国も少しはよくなってくれるのでしょうか。そうすればお姉さまを無理に国外脱出させなくても済むかもしれないですね。
私は番犬。敬愛するお姉さまを守る、忠実な駒でいい。
『欲しがりのリズ』が一番欲しいのは、お姉さまの幸せなのです。
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