第2話 婚約者を奪ってみた 

 当然の権利として、アーデルハイドお姉さまはアラン殿下に問う。

「アラン殿下……せめて理由をお聞かせ願えませんか?」


「お前はいつも俺といるときには無表情で、冷たく、無関心だ。きっと俺ごときは眼中にないんだろう? そのくせ客が来ると笑顔で応対する。面の皮の厚い女め」


 殿下の怒りはおさまらない。

 それに殿下は勘違いされている。

 救いを求める民はお客様などではない。お姉さまの支援をを必要としてくれている大切な命なのですよ。


「きっと俺以外に想ってるやつがいるんだろう。ならば俺も真実の愛を探して何が悪い! お前の妹であるリーゼロッテが私の情熱に気づいてくれたのだ!」


「リズが……そうですか。それで妹がそこにいるのですね……つかぬことながら殿下、お考えは覆りませんか?」


「くどいぞ。お前も姉であるならば、妹が王太子妃になることを祝福するべきであろう。そうだ、それこそが聖女の務めではないか! 聞けばリズに家では辛く当たっているそうだな。お前が実は闇属性使いなのではないか?」


「……殿下のお気持ちの揺るがなさを理解いたしました。はい、こちらに記入いたしましたので、お確かめくださいませ。それから……今までの手紙はすべて燃やしておいてください。リズが悲しむといけませんので」


 私はアラン様の腕にすがりつき、偽りの涙をこぼす。


「ああ、恐ろしい。きっとお姉さまは私にお怒りなのです。怖いです殿下、聖女の逆鱗に触れたものがどのような目になるのか……殿下、どうかリズをお助けください」


「愛しいリーゼロッテ、何も心配することはない、俺がここにいるではないか。どんなことがあってもお前を守って見せると約束する」


 チラリと横目で見ると、お姉さまは仕事モードを終えて、いつもの無表情でぼーっと立っていた。これ以上アラン様に喋ることってないですわよね。オンオフの切り替えが早すぎましてよ。


「リーゼロッテが怯えている。退室しろアーデルハイド」

「承知いたしました殿下。リズ、幸せにね」


 私はアラン様の腕に顔をうずめていやいやする。子供のような仕草が殿下のお気に入りだ。

 彼は私のくすんだ金の髪を優しくなでて、そっと頬に口づけをしてくる。


「リズ、愛している」

「殿下……リズはうれしいです」


「お前は俺のすべてだよ、リーゼロッテ。いつまでも隣で微笑んでいてくれ。お前の望むものは何でも手に入れよう。どんなものでも作り上げよう。なに遠慮はいらない。そうだ、婚約の祝いとして殿を建てよう。二人の愛の巣はなほどよいだろう!」


「うぐ……こ、この身に余る光栄です。ああ……お姉さまの勘気に触れてしまったので、少し眩暈がしてまいりました。申し訳ありませんが少し休ませていただいてもよろしいでしょうか」


「うむ。部屋を用意させよう。誰か来い!」



 案内された部屋のドアを閉め、私は急いで頬をハンカチでこする。

 ごしごしごしごし。


 ううううう! 

 おのれアラン殿下、何してくれるんですか、まったく!


「ひどい目にあいました……それにしても……」


 荒い息を整えて私は鏡を見る。お姉さまとは違って特徴のない容姿。うまく化粧でごまかしているが、素のポテンシャルは比べるべくもないです。右目の下の泣き黒子が目立つだけですね。

 死んだ魚のような茶色の瞳に活を入れ、今後の行動をしっかりと練りましょう。


 それにしても大成果。お姉さまの幸せな婚活には、どうしてもアラン様は障害だったのです。


「あああ、お姉さまの婚約が破談になって本当によかったぁぁあ!」 


 私は闇属性の奥義である特殊能力ユニークスキルを会得している。それはモノやヒトの『特徴』がわかるという、『破滅回避の魔眼』だ。私の魔眼は初めてアラン王子を見たときに、眼球から飛び出そうなほどの激痛とともに強い反応を示した。


『酒乱』『浮気性』『浪費家』『政治力極小』『DV気質』『万年発情期の猿』


 だんだんとオブラートのはがれている魔眼先生の鑑定結果に驚愕しつつ、私はお姉さまの身だけは守らねばと強く誓ったのです。


 私が十一歳、姉が十二歳の時にこの婚約は成立してしまっていた。

 だから決めていたのだ。『欲しがりのリズ』はどんな手段を使ってでも、敬愛するお姉さまの婚約者を奪うと。


 そしてお姉さまに最高のお相手を!

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