第75話 暗欄眼の涙と小さな手

私は「時の加護者」アカネ。

この世界に真の「秩序の加護者」が誕生した。それは結月だった。そのためハクアの加護者としての能力は弱まった。そう弱まったのだ。無くなりはしない。なぜならば、彼も未来の世界の「秩序の加護者」だから。


——ハクアが向かった場所はナンパヒ島にあるエネルギーの貯蔵庫『繭』だった。


『はぁ.. はぁ.. この力さえあれば 』


ハクアは怪しく光るバイタルエネルギーの凝集体を目の前にしてほくそ笑んだ。


だが、すぐに寂しい表情にかわった。


「『繭』か.. この時代のバイタルエネルギーはこんなにも力強いのだな」


「ライシャ、やっぱりここに来たのね」


私は結月とツグミをソックスの背中に乗せ『繭』に向かった。ソックスの速さは風と同等、ハクアよりも先に到着していたのだ。


「アカネ! なぜ、ここに!?  ..まぁ、いい。ここで僕の最後のイタチの最後っ屁を食らうがいい」


「何をするつもりなの? 」


「ふふふ。僕はこの世界の『秩序の加護者』ではない。だがな、僕が『秩序の加護者』であることは事実なんだ。だから.. ここにある理力を借りれば、僕の『審判の瞳』は発動するに違いない」


「あなたは、いったい何を審判するつもり? 」


「決まっているだろ! リンに安らぎさえ与えず、無慈悲に消滅させたこの世界に対して、 お前たち全員に、俺たちと同じ苦しみを味合わせてやる! ここのバイタルエネルギーを大量に消滅させてやるのさ」


「ハクア、それがあなた自身と引き換えにしてでもしたい事なの? 」


この強大なエネルギーに飛び込めばハクアの身体も塵と化してしまう事は明白だった。


「だからイタチの最後っ屁なのさ..」


「そう、残念ね.. ところで、あなた、このツグミの顔を見て何か思うことない? 」


「ライシャ、もうやめて」


幼くともツグミはライシャの悲しみを深く理解しているようだった。


「グ.. ググ.... やめろ! そんな目で見るな! リンがここにいるはずないんだ! 」


「私もリンさんの顔を見たとき驚いた。だってツグミに似ているんだもん。でも、やっぱりツグミはリンさんではないわ。この子はヨミの生まれ変わりなの」


「ヨミ?」


「うん。私の大切な妹。ヨミはリュウセイにそそのかされて、いっぱい悪いことをしてしまった。それは寂しさからだった。私は、ヨミが死んだ時、せめてズタズタになった魂が癒されるようにサイフォージュの森の中に亡骸を埋めたの。そして、そのおかげでツグミとして生まれ変わったと思っていたわ」


「な、なにが言いたいんだ」


「6年前よ。ツグミが生まれたのは。ねぇ、6年前、あなたが時空の穴を通ってこの時代に来た時、あなたを追ってリンさんの魂がこの時代に来たって考えられない? もしかしたらズタズタになったヨミの魂はリンさんの魂によって癒されたんじゃないかな? 」


「う、嘘を言うな! そんなはずが.. 」


「ライシャ.. 」


ツグミの小さな手がハクアの手を取ると首にかけた法魔のペンダントが光った。


「もう、やめて。あなたが『審判の瞳』を使ったら、きっとツグミは、この星の電池役になってしまう。もちろん、私はそんなことさせる気はない。でも、ハクア、あなたはそれを望むの? あなたはこの子に野に咲く花を見させなくする気なの? 」


それはリンからの言葉だった。


ハクアの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


だが、ハクアはツグミを突き飛ばした。


「僕はもう止まれない。止まれないんだ。いいか!! よく聞け!『 僕がこの世界にいることは認められない』 認められないことなんだ! だから僕は最後にやるべきことをやる!! 」


ハクアは『秩序の加護者』である結月の目をしばらく見つめた。


そして深く目を閉じると覚悟を決めてエネルギーの球へと飛び込んだ。


体中が今にも散開してしまいそうな中、ハクアは『審判の瞳』を開き唱える。


『僕はこの世界を・・・』


重ねるように結月の澄んだ声が響いた。


「秩序の加護者として審判する! この世界にハクアがいることを認めない!! 」


結月の光る暗欄眼は涙を流していた。


ハクアは微笑みを結月に残して、空気中に散って行った。



『これで天秤は釣り合った』


『繭』の中に來予(ライシャ)の声が木霊した。

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