第69話 アカネの交渉

私は「時の加護者」アカネ。

「時の加護者」の力無しに私たちは戦局に臨まなければならなかった。作戦を立てたとは言っても、一国の軍に挑むにはあまりにも人数の差がある。私は砦に残るしかなかった。祈るしかなかったのだ。


—太陽の国レオ ラジス峡谷—


私たちの作戦は最初から失敗した。


ダル・ボシュンは進化魔獣を4匹前線に置き、そのすぐ後ろに民兵を置いたのだ。


先陣を切るサーシャ率いる小隊は進化魔獣を抜けようとも民兵を殺すことが出来ずにいる。

手をこまねいていると魔獣が後ろから襲ってくる。


完全に民衆を盾にこちらの打つ手を遮られてしまったのだ。


サーシャはまだ成人にもなっていない子供や女性が混じる民衆が操られているのだと気づき、なるべく傷つけないように闘っていた。


しかし、このままじゃダル・ボシュンまでの道を作ることなど不可能だ。


民兵の後ろには正規の騎士団、そして白亜部隊が控えているからだ。


「アカネ、このままではやられるだけだ。民兵だろうとこっちが殺やらなければ全滅だ」


砦から双眼鏡をのぞくロウゼが私に許可を求めるよう状況を説明する。


でも、あの人たちは一般の人たちだ。親であり子供であり家族や守るべき人々の為に戦いに駆り出されているだけだ。


シエラ、クローズ、ガゼまでも進化魔獣を相手に苦戦している。


いつもなら、魔獣などすぐにでも蹴散らすシエラやクローズもやはり民兵が混じる前線では力を抑えて闘わざるを得ないのだ。


進化魔獣はシエラたちの隙をつくとサーシャの部隊を民兵ごと攻撃していた。奴らにとって味方も敵も関係ないのだ。


——やめて.. やめて、やめて、やめて!  これ以上、私の大切な友達を傷つけないで!!


「ロウゼ、私を前線まで連れて行って! 」


「それは出来ない。お前がそこで殺られでもしたら全てが終わる。ダメだ」


「大丈夫だよ。私は殺られたりしないから。お願い! 」


「その願いは聞けない。お前の代りに俺が行く。俺がサーシャの部隊を支援する」


そういうとロウゼは私を置いて行ってしまった。


「何で! 何で.... 」


私は膝をつき地面をたたいた。


「アカネ! 顔を上げなさいっ! 」


「ラ、ラヴィエ、何であなたが馬に跨ってるの? 」


「それは、私も今から前戦に行くからよ」


「そ、そんなダメだよ。危ないよ。ひとりでなんか無理だよ」


「ひとりじゃないよ、あなたも行くの」


「ラヴィエ! 」


「さっ、行こう! 」


ラヴィエの差し出した手に捕まり私は馬にまたがった。そしてラヴィエの背中に捕まると前線へ向かった。


進化魔獣をよけ、サーシャとロウゼの力を借りながら、何とかダル・ボシュンの姿が見える所まで近寄る。


[ やめてぇ! もうやめて!  ]


ダル・ボシュンまで声が届いていないようだった。


[ 私と、私と1対1の勝負! 私と決着つけて!  ]


ダル・ボシュンは私の姿を確認すると耳に手を当てる素振りをした。


だが私の声が聞き取れないことにイラつくダル・ボシュンはその胸筋をさらに大きく膨らませて怒鳴った。


「おまえらぁ! 少し静かにしろー」


一瞬で戦場が止まった。


進化魔獣たちもシエラ達もダル・ボシュンのでかい声に動きを止めた。


「これで聞こえる! なんだ? 時の加護者よ」


「こんなの無益だわ。私が前に出る。私とあなたの勝負で決着を付けましょう」


「きゃははは。こいつはまいったね。おいっ、アカネ様よ~。そういう条件を言うのはな、自分が有利な時なんだぜ。涙ぐんじゃって、カッコ悪いぜ、あんた」


「でも、この民兵は関係ない人たちでしょ! 」


「こいつらはな、凶悪な王殺しのアカネから王都を守るために自主的に闘っているんだ」


「何を言っている! 私はフェルナン国女王ラヴィエだ!! 我が父ジインは生きている! アカネは王殺しではない! 民よ、闘うのをやめなさい」


「そうはいかないねぇ。俺はこのカオスな状態が好きなんでね。お前らの要望はどれもこれも却下だ!! 」


ダル・ボシュンが闘い再会の合図を手で告げようとした時、大きな声がした。


「ダル・ボシューン!! 貴様、誰の命令でこんな事している!! 」


その声の主はボロボロの服を着てやっと歩いている状態のハクアだった。


「ハ、ハクア..様」


「貴様、誰の許可を得て民を戦わせている。俺はそんな事をお前に言った覚えはないぞ」


顔を引きつらせたダル・ボシュンが一呼吸すると開き直った。


「あんたが、あんたがはっきりしない事ばかりやるから、僕が動かしたのさ。あんた、そろそろ力の限界が来ているんだろ? そりゃ、そうだよな。本当は魂だけの存在なのだから。もうあなたは結月なしでは僕を強制する力すら残っていないのはわかっているんだ。残念だったね。民衆は全員死ぬまで使わせてもらうよ」


「ダル・ボシュン、あまり私を見くびるなよ」


そういうとハクアは自分の瞳に力を込めた。


『私は民兵、操られた人々が戦う事を認めない』


その閃光は激しく戦場の兵たちを照らした。


民兵、レオ国の兵たちが一斉に我に返る。


それぞれがなぜここにいるのかが理解していないようだった。


「私はフェルナン国女王ラヴィエだ。お前たちの軍団長に次ぐ、この戦いを放棄せよ。我が父ジインは生きている! この戦いは無意味だ」


「我はレオ国将軍ザッパ。それは誠ですか」


ザッパは外交時に何度かラヴィエと顔を合わせたことがある者だった。


「ああ、全てはあのダル・ボシュンが仕組んだこと、民を連れてこの場から去られよ! 」


「 ..わ、わかりました。第2、第3部隊、撤退命令だ。民衆を保護し素早くこの場を離れるのだ」


ハクアは事が済むまで『審判の瞳』を光らせ、進化魔獣をけん制していた。


力の使い過ぎでその脚はすぐにでも崩れてしまいそうだった。


右の瞳から絶え間なく血が流れ、そして今、鼻血までも流れはじめた。


魔獣たちは砂にされてしまうことを恐れ微動だにできなかった。


それを悔しがるはダル・ボシュン。


「くそぉ。くそ。くそぉ.... く.. クククク」


だが、ダル・ボシュンの頬が緩んだ。


突然、地中から黒い槍が私の頬をかすめた。


次の瞬間、ラヴィエが私にもたれかかるとそのまま地面に落ちた。


ハクアがそれに気を取られると、一匹の進化魔獣の細く固い棘のある腕がハクアを弾き飛ばした。


ハクアの胸には3本もの鋭い棘が刺さっている。


「え.. あ.... いやああぁああぁ、ラヴィエェ!! 」


ラヴィエは口から大量の血を吹き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る