第57話 ミラジュの花

—シェクタ国 西の塔—


西の塔の窓から遠くを見つめるハクアを現実に引き戻すように部下からの報告が入った。


「ハクア様、レオ国のブルゲンから報告が入りました。大地に異変を感じているそうです」


「そうか。アレはいつも太陽の国を中心に動いている。やはりレオ国に着岸したか」


「では、シェクタの兵や白亜部隊を招集しますか? 」


「いや、いい。私とお前だけで行こう。これは私の闘いだ」


「はっ」


「それよりも結月は見つからぬのか? 」


「それが未だに…申し訳ございません」


「まぁ、良い。これは私の勘だが、この星の運命に関わる者は、おそらくは太陽の国に集まるだろう。いや、集められているのだ」


ハクアは身支度をするとローズ石が付いたペンダントを首に掛け、塔の階段を降りていく。


塔から外に出ると、幼き子供の毬がハクアの足にあたった。


「あぁ、申し訳ございません、ハクア様」


慌てて謝るのは、この塔の敷地に建てられた施設の保育員だ。


ハクアは毬を手に取ると、しゃがんで子供に手渡しする。


片目を布で覆った子供は毬を返してもらうと再びハクアの顔に投げた。


「こらっ、スウェル! 申し訳ございません、申し訳ございません」


必死に謝る保育員をしり目にスウェルは他の子供の中に混じる。


そこには上は14から3歳までの子供達がこちらを見ていた。


片目を塞がれた目で。


未だに平謝りする保育員に向かって『私こそすまなかった』と言い残すとハクアは塔を後にした。


ハクアは面と向かって言えなかったのだ。


ハクアの謝罪は、片目を塞がれた子供たちへのものだったのだ。


子供たちの眼差しに耐えられず、つい保育員を通じて謝罪の言葉を吐き出してしまった。


だが、これも最後だ。


もう二度と謝罪することはない。


なぜなら..


ハクアはペンダントを握り締めると『リン、もうすぐ終わるよ』とつぶやく。


***


——6年前、ライシャ(ハクア)の魂はひとりの若者を現世から呼び寄せた。自分と血のつながりがある依代を見つけたのだ。若者もまた「秩序の加護者」トバリの血を引くものだった—


『お前は誰だ? なぜ、俺の心にいる?』


「僕はライシャだ。君と僕の魂は時空を越えて結びついた。君は、僕の記憶を見ることになる。すまないが君の肉体を貸してもらうよ」


「やめてくれ。俺は俺だ。お前になどなりたくない」


だがファ〇リーマートの制服を着たまま、この世界に飛ばされた古賀雅史の頭の中にライシャの記憶がまるで自分の経験のように入りこんだ。


——ライシャの世界は今の時代よりももっともっと先の時代だった。それは10年や100年という単位では測れないほど遠い未来だった。


この時代の異世界アーリーにも『時の加護者』『運命の加護者』『秩序の加護者』と呼ばれる3人は存在していた。


『ライシャ』とはハクアと呼ばれる前の本当の名前だ。


彼こそ、未来の世界で『秩序の加護者』トバリの魂を受け継ぐ青年であった。


だが、未来の『3主の力』はとてつもなく弱体化していた。


その原因は、最後の光鳥クリルが死んだこと、そして人類がナンパヒ・パカイ・ラヒ=儚き命の島にあるバイタルエネルギーを使いすぎてしまったことだった。


異世界アーリーは星の意志に反し、現世の文明をまねてしまったのだ。文明は飛躍的に向上し、人々の生活は便利になった。より多くのエネルギーを求めた人類は、ナンパヒ島の地中から繭を引き上げ、それに穴をあけると豊富なエネルギーを消費し続けた。


だが、エネルギーには限界があった。


エネルギーは惑星の命の量そのものなのだ。エネルギーを使うということは、異世界アーリーの生命力を削るという行為だったのだ。


その行為は何百年と続いた。


ライシャの幼少期には星が形を維持すること自体、不安定になっていた。


政府の呼びかけで生活を昔のように戻しても、エネルギーの量が再び増える事はなかった。


昔、ナンパヒ島が大陸に着岸し、エネルギーを循環する活動は、数十年に1回だった。しかし、この頃になると4年に1回になっていたのだ。


エネルギーは枯渇寸前、星は時々大地震を起こし、今にも崩壊しようとしている。


どうにかして、このエネルギーの不足分を補わなくてはならない。


その不足分を補っていたのが『法魔の加護者』だった。


星は『法魔の加護者』を誕生させた。それは魔法という未知の力を導く者としてだ。だが人類の愚かな行動のしりぬぐいの為『法魔の加護者』の使命は変貌してしまったのだ。


時を経て「法魔の加護者」は何度か転生を繰り返し、この時代では野に咲く花のように可愛らしい女性リンとして生を受けていた。


リンは4年のうち約2年、エネルギーを作るために繭の中で過ごしていた。


先代も先々代も『法魔の加護者』は星の電池役として存在していたのだ。


この事に一番反対をしていたのは『運命の加護者』シャーレだった。シャーレは星が滅ぶのならばそれも運命。『法魔の加護者』の悲しき使命に誰よりも涙していた。


そして未来を切り開くはずの『時の加護者』アカネは全くの役立たずだった。もはや、星は人類に未来を託すような意志がなかったからだ。


あの圧倒的な力など見る影もなく、アカネはただ黄昏るだけだった。主人を守護するトパーズのシエラさえ岩になったままだ。


時は止まってしまったのだ。


だが、そんな過酷な世界でも道端に咲く花のように変わらぬものがあった。


それは『愛』だ。


ライシャとリンは愛し合っていた。


4年のうち2年を繭で過ごすリンの限られた時間。その少ない時間にひとつでも多くの笑顔を届けたい。ライシャは常にそればかりを考えていた。


魔法でエネルギーを作り続けるリンの体は疲れ果て、2年の責務が開けると約1年は眠り続け、残りの1年は部屋で過ごしていた。彼女は魔法力こそ絶大だったが体はもろく、外の陽射しに当たる事さえ負担だった。


それでも2人は幸せだった。


とくにリンはライシャが近くにいるだけで心が躍るほどの幸せを感じていた。


ある春の日、外は花が咲き、爽やかな風が吹く。


部屋で過ごすリンにどうしても春を届けたい。ライシャは野に咲くミラジュの花を摘みリンの元へ急ぐ。彼女のはじけるような笑顔を思い描くだけで、ライシャはステップを踏んだ。


膝を着き、その花を差し出すとリンは笑顔の後に寂しそうな顔をした。


「どうしたんだい? 」


「花は喜んで外で咲いていたのに摘まれて、部屋に持って来られてしまったのね..」


ライシャは後悔した。笑顔が見たいという自分の願いを優先していたのだ。摘まれた花を見た時のリンの気持ちを考えていなかった。


しかし、落ち込むライシャの表情を見ると、リンはライシャの胸に顔をうずめて、こう言うのだ。


「でもね、ライシャの気持ちは、私の心にお花を咲かせてくれたよ。ありがとう」


ライシャはリンを抱きしめて『いつか一緒に草原の風を感じながらミラジュの花を見に行こう』と約束するのだった。

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