第4章 空間を切り裂け
第56話 少しきつめの指輪
私は「時の加護者」アカネ。
異世界アーリーに渡ってきて、現状を把握することに多くの時間を費やしすぎた。一見、白亜部隊は世界に平和をもたらしているように見える。しかしその平和の裏では暗欄眼の子供や「3主の力」を信じる者への迫害行為が行われているのだ。最終的には破滅を望むハクアの世界は確かな歪みを生み出している。そして、ここでも、歪んだ平和に抵抗し、最後まであがこうとする者たちがいた。
—太陽の国レオ ラジス峡谷—
カレンの容態はますます悪くなっていく。弓矢に含まれた毒のうち即効性の毒には耐えたが、遅効性の毒成分がカレンの血液を徐々に破壊し、彼女の体を蝕んでいた。
カレンの身体は痩せる一方で、最近は意識を保つこともままならなくなっていた。
砂漠が多いこの国ではサソリ系の猛獣ロックチェアーも多く、解毒剤は高価なものでもなければ希少なものでもなかった。
だが、それを手に入れるには王都レオにて購入するほかなかった。
王都レオには得体が知れず不気味なブルゲン大使や白亜の幹部ダル・ボシュンがいる。
まさに虎穴に入るようなものだ。
しかし、カレンの細くなった指、その手をそっと包みこむと、ロッシは王都レオへ侵入する覚悟をするのだった。
侵入はまだ日が昇りきらない薄闇の中行われた。
レオ国の王子ファシオに聞いていた王家にしか伝わらない脱出坑を通ると、拍子抜けするくらい簡単に王都へ侵入することが出来た。
朝は人通りが少ないゆえ、逆に人目に付いてしまう。ロッシは町が賑やかになる昼まで橋桁の下に潜んでいた。
橋の上を荷馬車が3台通るのを見ると、その瞬間、素早く民衆に紛れ込んだ。
薬剤店にて解毒剤の錠剤とサイフォージュの枝を手に入れると、王都から出ていくノマドの一団に混ざり足早に門を出ようとした。
無事に薬を手に入れ王都を抜けられると胸をなでおろした瞬間だった。目の前のノマドの一団が素早く四方に散ると、後ろより声をかけられた。
「これは、これは逆賊のロッシ君じゃないか。もう少しゆっくりしていかれてはどうかな? 」
最悪な敵ダル・ボシュンだ。
だが、ロッシとて王族の専属護衛人であり、光のフェザーズという二つ名を持つ手練れ。あのジェラでさえ瞬く間に倒したことがある。
いかにダル・ボシュンが強かろうと目の前の門を抜け外に抜けることはできるだろうと踏んでいた。
王都外に出てしまえばいくらでも身を隠す場所は知っている。
ロッシは怯むことなく身を構えながら、門を抜ける隙をうかがう。
「君がどんな戦い方をするのか知っているよ、ロッシ君。空を舞う羽毛、これは捕らえるのが難しい。君はそんな風に捉えどころのない動きで翻弄し、急所への一閃で決めるのだろう」
「へぇ、過去に俺と対戦したことあったか? 」
「いやいや、僕は君と闘ったことないよ。その証拠に君は、ほら、生きているじゃないか。それよりもガゼという男は一緒じゃないのかな? 」
「ふん、ガゼなど気にする余裕あるのかね、そんなヒョロイお前がさ」
その言葉を聞くとダルは体を小刻みに震わせ、目を血走らせていた。
「お、お前ぇ、今、僕をひ弱と言ったのか? 僕はひ弱ではない。僕がひ弱だなどあり得ない!! 」
訳もわからぬまま激高するダル・ボシュンは白く光る腕を自分の胸に当てた。
***
王都へ向かう前夜、ロッシは王都レオについてファシオに尋ねた。
その事からファシオはロッシが王都へ侵入することを察した。
せめて、海岸の地鳴り調査にでているガゼが帰ってくるまで待つべきと思ったファシオだが、言ってもロッシを止めることはできないことはわかっていた。
それに実際にロッシの強さ、俊敏さを知るファシオは、ロッシなら一時の侵入くらいなら問題ないだろうと軽く考えていたのである。
だが柿色となった峡谷に長い影が延びる時間になっても帰らぬロッシに、どうあっても止めるべきだったと後悔し始めていた。
そして、いつもは意識朦朧としているカレンが今に限って意識がはっきりしていた。
「ファシオ、ロッシはどこ? 」
「ああ、あいつは.. そう近隣の農村から大量の家畜と穀物が王都へ運ばれるという情報が入ったので、略奪の準備に出ているよ」
まったくの苦し紛れのでたらめだ。
「 ..そう、ロゼは王都に行ってしまったのね.. 」
「い、いや、何聞いているんだよ。ロッシは荷車を—」
「ふふ.. いいのよ、ファシオ。私たちはね、農村からの荷は奪わないのよ。奪えば、農村を苦しめることになってしまうから」
「そ、そうなのか.. 」
「いったい何日くらいになるの? 」
「今朝、出たばかりだ。大丈夫! きっと帰ってくるから」
「そうね」
「そうだとも! 奴はなかなか強い! 大丈——」
ファシオが『大丈夫だ! 』と言い終わるのを待たずに峡谷全体に抑揚のない声が響いた。
「え~、僕はダル・ボシュンだ。君たちの友達ロッシは今ここにいる。カレン、聞こえているか。君たちが今までやってきた悪行を許そう。王子ファシオの誘拐も不問にする。さらには、ここにいるロッシも君たちへ送り届けるよ。いい話だろ。そのかわりそこに居る10人ほどかな? 暗欄眼の子供たちを渡してくれないか? よく考えてくれよ。あの太陽が地平線に消える時まで待とうじゃないか」
ファシオは岩の割れ目から声をする方を見た。
拡声器を持つダル・ボシュンの後ろには2台の荷馬車と4人の白亜兵、そして後ろ手に縛られ目隠しをされたロッシがいた。
「あいつら!! ふざけやがって! ロッシと子供を交換だと! 」
「 ..ダメよ。あいつは約束を守るような奴じゃない」
「ああ、わかってる。でも、このままじゃロッシが.. くそっ! くそっ! 俺にガゼくらいの力があれば!! 」
——それから1時間ほどが経ち、陽の光が弱くなり、太陽の尻が地平線に付こうとしていた。
「カレン! 大丈夫か? 」
カレンは緊張の中、意識を保つのがやっとだった。
「ええ、大丈夫よ。今ね、一瞬だったけど、夢を見たわ」
「 ..? 」
「ふふ.. アカネよ。時の加護者と闘神シエラがね、さっそうと現れて、そして.. そしてね.. あいつらなんか.. あいつらなんか.. 」
その時だった。
「ロッシ兄ちゃんを離して!! 」
目を離した隙に8人の子供がダル・ボシュンの前に出て行ってしまった。
「ダメ! ダメよ!! 」
「ああ、何てことだ!! 」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつつ、むっつ、ななつの.. 8人か.. ははは! 偉い、偉い! よく解放したね。 ..でも、8人じゃ足りないなぁ。あと2、3人はいるんだろ? これじゃあ約束は成立しないなぁ。 ああ、何てことだ! 残念! もう太陽が沈んじゃったじゃないか! でもね、僕は人道主義だからなぁ.. 約束を守ってあげようかなぁ.. どうしようかなぁ.. 」
「早く、お兄ちゃんを放してよ!! 」
子供たちが騒ぎ始める。
「くそっ! 俺が行く! 」
「ダメ、ダメ、あなたまで.. 」
その時、カレンの顔は表現のしようがないほどの.. 何かに縋りつかなければ崩れてしまいそうな目をしていた。
白亜兵によって子供たちは馬車に乗せられる。
するとロッシが兵の手から解放され、瓦礫の上をふらつきながらも足早に歩く。
ダル・ボシュンの腕が光り、続いてその細い身体が2倍、3倍と筋肉の肥大と共に大きくなる。
ここまで、筋肉が盛り上がる音がミシミシと聞こえてくるようだ。
ダル・ボシュンは拾った数個の手ごろな小石を手の平に乗せ、それをオハジキを弾くように指で弾き飛ばす!
—シュ.. —シュ.. —シュっと短く風を切る音とともに、小石はロッシの身体を貫いていく。
そして膝を着き、天を仰ぐロッシに、ダル・ボシュンはとどめの1発を弾く。
カレンは目を伏せ涙する。
ファシオはその光景を目に焼き付けた。
「今度はガゼだ! 」
その言葉を残し、2台の荷馬車は去って行った。
誰もいなくなった瓦礫散らばる荒野。
ファシオはカレンを支えながら、横たわるロッシへ近づく。
身体の温もりは冷たい大地が吸い取ってしまった。
ロッシの顔についた血を拭うカレン。
カレンの目からは既に涙は枯れ果てていた。
ただ、彼女は彼に微笑みを見せてあげるだけだった。
ファシオがロッシの足から脱げそうになっているブーツを履かせようとすると、ブーツの内に何かが入っていた。
解毒剤と 指輪 だった。
「ロッシ.. 君という奴は」
——5日後—
毒の症状が抜け大地に力強く立つカレンの左指には永遠の愛の証がはまっていた。
少しきつい指輪は、決して抜けることがないだろう。
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