第53話 密告

私は「時の加護者」アカネ。

ここから語られるのは少し昔の話。王都フェルナンにソルケが着任した時の話。それはまだ体半分が岩になっていたシエラがバラバラに砕かれ、ロウゼとライラがバンク率いるハクア部隊に捕らわれた頃の物語。


—王都フェルナン 闘技場地下—


どんな拷問を受けようともロウゼは口を割らなかった。


もはや本当に知らないのかもしれない。


「バンク、まだ口を割らないのか? 」


「はい、申し訳ございません」


ラヴィエなど「3主の力」を信じる者たちの有力な情報を得られずブルゲンはしびれを切らして闘技場地下に出向いてきた。


「貴様らの責めが甘いのではないか? あの娘の手足でももぎ取って見せればよかろう」


「いえ、それでは逆効果になるでしょう」


「ええい! とにかく早くラヴィエの行方を吐かせるのだ! あいつは絶対に知っている」


「..わかりました 」


「まったく、役立たずどもめ」


「 .... 」


何事も思い通りにならないブルゲンはイラつきを隠せないでいた。本人は黙っているつもりでも、「シャァァ」と正体である魔獣の唸り声をあげてしまう。


そしてブルゲンの駐在室を警備する衛兵や給仕が次々と行方不明になるのもこの頃からだった。その者たちはおそらくはブルゲンに..


しかし、それから間もなく、王都フェルナンに情報提供者があらわれた。


その男は細々と魚や木の実、または自分で育てた農作物を行商する男だった。


男は右手に宝石の詰まった袋を握り締めると、重大な情報を漏らしたのだ。


男は数か月前から西の辺境にある海岸近くのプレシャ村へ食料の配給を行っているというのだ。


プレシャ村は6年ほど前に村人が毒殺され、今は廃村となっているはずだった。


行商人を受け付ける者は獣の皮で作った猟師の服を着ていたが、猟師ではないことが男にはすぐにわかった。


腰の剣の装飾、ブーツの素材が質素な皮服とギャップを生み、男の興味を惹いてしまったのだ。


男は土地勘があったために小高い丘からプレシャ村の様子を窺った。


そこに居たのは若い女性、若い男性、そして受付の男と同じ金の装飾がされた鞘を持つ衛兵たちの姿だ。


行商人である男は仲間内の噂話を思い出していた。


フェルナン国の姫様を見つければ、一攫千金を掴むことができる。


もうその日暮らしのような生活をせず家族に贅沢させてやることができると..


・・・・・・

・・


「お主、その右手の袋だけで満足か? それとももう少し欲しいか? 」


「へ、へへ。なら、せっかくなのでもう少し」


「そうであるか。ならば、闘技場の倉庫にまだ『黄金の盃』などがたくさんある。付いて来るといい」


男はブルゲンの後ろで、妻や娘へのお土産の事を考えていた。妻には指輪を年頃の娘には華やかで可愛らしい服を買って行ってやろう。


闘技場の真ん中に来ると突然立ち止まったブルゲンにぶつかってしまった。


「痛っ、あ、すいません」

「ギ..ギ.ギギィ」


「あの? 大丈夫ですか? 」

「ギリャリャ! 」


振り向いたブルゲンの口はカエルみたいに横に裂けると、男の頭に喰らいつき、そのまま体まですっぽりと飲み込んでしまった。


瞼を深く閉じると「ゴクン」という音とともに、ブルゲンの胃は大きく膨らんだ。


「プレシャ村か.. 面倒くさいな。バンクにでも行かせるか..ゲフェフェ..もうロウゼやあの獣娘はいらないだろう。あの獣娘は少しずつしゃぶって食べてやろう。うまそぉだなぁ」


ブルゲンのだらしのない口からは粘着質なよだれが垂れている。


「ほぅ、ここのブルゲンはカエルの化け物なのだな」


少し冷たい風にとともにブルゲンへ無礼な言葉が投げられた。


「なんだとぉ! 誰だ貴様は! 」


「私か? 私はソルケ。不縛のソルケだ」


「ソルケだと。貴様、俺を誰だと思ってやがるるるぅ」


「その姿になるとしゃべり方も汚くなるんだな。私はな、王国シェクタより派遣されたのだ」


「シェクタだと。ハクア様は知っているのか? 」


「もちろんだ。お前の代りにここで王族を見張るのが私の役目だ」


「なんだと。それは俺様の仕事だ。なら俺はどうすればいい」


「ハクア様はこう言っていたぞ。『ブルゲンなどゴミ箱にでも捨てておけ』とな」


「ふざけるなぁ! てめぇもハクアも俺が喰ってやる!! 」


ブルゲンは大きく空気を吸い込むと、人間の5倍ほどの大きさになった。


それを見るとソルケはその醜悪な姿に眉をひそめ、剣を構えた。


ブルゲンの目が細くなり、同時に口から高速で舌が勢いよく発射され剣を絡め取り飲み込んだ。


「ゲフェフェ、ゲップ。これで貴様は丸腰だな。俺の肌はゴムのように弾力があるから、お前の細腕の拳など効かないぞ。んん? 貴様の剣に付いている匂い。ゲヘへ。貴様、女か。俺は女の匂いが好きだ」


そういうとブルゲンの口からさらに白濁した悪臭漂うよだれが垂れてきた。


「どこまでも醜悪だな。見るに堪えん」


そういうとソルケは尋常ではない速さで間合いを詰め、ブルゲンの顔面に尖った靴先をぶっ刺す。


「グギャー。いてぇ..お前ぇ、早いぃ。だが俺だってなぁ。早いぃ早いぃ」


ブルゲンは言葉の通り素早かった。


闘技場の土がめくれると、もうそこに姿はなく、獲物の後ろに回り込む動きを繰り返す。


ブルゲンは自慢げに何度も何度も飛び跳ねる。その度にブルゲンの口の白濁したよだれがソルケの体に飛び散り付着する。


「なるほど。本当に素早いな。だが貴様の体液が、この上なく不愉快だ」


「お前ぇ、さっきから俺の事を侮辱しやがってぇ、お前はナメナメして少しずつ溶かして食べてやる」


「吐く息もくさい。もう消し去ってやろう」


ソルケの瞳が銀色に変わる。


その間にもブルゲンは闘技場の土を跳ね上げながら前後左右へと高速で移動す..移動す..いや、動けない。


「おい、カエル。お前が得意そうに飲み込んだ剣は『不縛の剣』といってな、伝説の剣だ。え~と、どれに話せばいい? 」


「き、きさまぁ~..何をしたぁ」


「お前が本体か。剣はお前の空間を凍らせたのだ。見えるだろう。他のお前の姿が」


そこには移動を繰り返す六つのブルゲンの姿があった。


それはまるで空間に固められた連続写真のようだった。


「どれも醜い顔しているな。剣はお前の時と空間を連続して固めたのだ」


「グゲェェ..俺はどうなるのだぁ」


「形あるものは崩れ去る。これは世の常だ。お前は自慢の自分の姿を見ながら去れ」


すると固められた六つのブルゲンの空間が断末魔とともにひとつずつ崩れていく。


—陸『ぐえぇええ! 』 


—伍『ぐぎゃぁあ! 』 


—肆『いばだぁ! 』


既に三つの空間がガラスを割る様に粉々になると蒸発して消えた。


自分自身の断末魔を目の当たりにし、ブルゲンは今まで知りえなかった恐怖を味わう。


「た、助けろ、助けて.. 」


「ゲロゲロと鳴いてみろ。そしたら考えてやる」


—参『ぎゅげぇ』


—弐『ばびゃびゃ』


「ダメだな。お前の運命は今、砕け散る」


「そ、そんな..」


—壱「ゲロゲロゲコげぎょー!! 」


ブルゲンの本体が砕け散ると、不縛の剣が空に舞い上がりソルケの鞘に戻る。


「いくつもの人生を喰らった貴様のような化け物を生かしておくわけなかろう」


ソルケは自分の身体に付いたブルゲンの体液をふき取ると王宮の中にある大使駐在室に向かう。


そして白亜の兵に「新たな大使ソルケが到着した」とバンクに伝えるようにと命令した。

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