第51話 柿色の明かり

私は「時の加護者」アカネ。

私たちがナンパヒ島に滞在している間も世界は動いている。レータ国では異世界にとってこの先を左右する出来事、そしてフェルナン国では私の大切な親友のラヴィエに大変なことが起きたのだ。


—レータ国 都市リップ—


ミゼはもともとツグミに心を許していた。ツグミの様子を見た時、すぐに医療班のサオに解毒剤の支持を出していたのだ。


そしてツグミが感情を高ぶらせヨミのクセと同じ仕草をした時、ミゼは気づいたのだ。ツグミの魂の中にあの優しき母ヨミが宿っていることを。


ヨミに拾われたミゼは、ヨミの知略、戦略を見て育った。故に「策略こそが力」と、その言葉を信じている。


つまりは用意周到な悪党なのだ。


ツグミとジェラがアカネ達を追う旅をしていると知ると、何も頼まないうちにこう言うのであった。


「船ならございます。元海賊のロストとファイドに海を案内させましょう」


さすが頭の回転が速い。次に行うべき行動を先読みしている。


ツグミに対してミゼの言葉遣いも変わっていた。決してガキなどとは言わなくなった。


ミゼは信頼できる部下のサオを呼ぶと造船所まで案内させた。


「サオ、よろしく頼むぞ」


「はい、かしこまりました」


悪ぶれないミゼはそれなりの威厳を持っているようだ。


サオの案内でリップから出発すると、一度フェルナン方面の山脈へ戻った。


真下が海となる崖路を回り込むとサオが足を止める。


『ここだ。少し待ってて』


サオは草むらに体をうずめて奥へ入る。


体に土や枯れ草をひっつけながら重石を引っ張り出してきた。


それを崖から投げ落とすと、石に結びつけられた縄梯子が崖下にまで伸びた。


崖下へ降りて、大きな岩を周り込むと、そこに秘密の造船所が姿を現した。


「ミゼ様は『いつか海を制する者が世界を制する時がくる』と言っている。部品はギプスから裏取引で仕入れているんだよ。だから船はまだ二艘しかないの。一艘をやるんだから、ミゼ様に感謝しておいてよね」


その船は漁船を少し大きくした程度のものだが、動力は大型船用を搭載しているらしい。機動力に優れているということだ。


「こいつらがロスト&ファイドの兄弟よ」


口ひげ、丸坊主にタオルを巻くロストと、長髪をなびかせ色男のファイド。


「話は聞いたぜ、この先よろしくな」


「....ヘッ」


どうやらロストはかなり人当たりが良い。その一方でファイドは極端に不愛想だった。


「まぁ、こいつはいつもこうなんだ。許してやってほしい」


そうツグミに気の良い笑顔を見せるロスト。


「大丈夫だ。気にするな」とジェラが声をかけると..


「てめぇに言ってんじゃねぇ!!」と急に怖いおじさんに豹変した。


その豹変にジェラが驚いているとサオが耳元で教えてくれた。


「ロストとファイドにはツグミに従えと伝えてあるんだ。それがミゼ様の命令だからね」


「なんだよ.. 俺はそんな扱いなわけね.. 」


そんな事を言うジェラにサオは続けて言った。


「私はお前をそれなりに評価しているよ。頑張ってこい」


顔を赤らめ背中を叩くサオに「ああ、任せておけ」と明るく返事をすると、ジェラはツグミを抱きかかえ船に乗り込んだ。


***


—その頃、王都フェルナンでは—


ツグミとジェラが王都フェルナンから出て行ったことをラヴィエはソルケからの報告で知った。


「ソルケ、あなたも一緒に付いて行くべきだったのよ。あんな小さな子を.. 危険すぎるわ」


「いいえ、私はあなたを守る為の存在です」


「まったく、あの時からあなたはそればかり.. しかし、父が亡き後、私も王宮に戻らねばなりませんね」


「そうですね。そろそろ『時の加護者』の王殺しの噂も各国へ伝わった頃でしょう。これ以上、あなたが悲しみのうえに引き籠るのは逆に怪しまれてしまうかもしれません」



「 「噂」とか「怪しまれる」とか..? ソルケ、あなたさっきから何を言っているの? 私は.. 」


「シッ! ラヴィエ様、今夜、貴方にお会いしていただきたい方がいます。ですが、その方を幻と思ってください」


ソルケはラヴィエの言葉を制し、耳元に顔を寄せると、さらに謎めいた事を小声で言うのだった。


・・・・・・

・・


夕食が終わり、執事長のカルケンも塔から王宮へ戻っていった。


ラヴィエはベッドの上でアカネとの楽しい日々を思い出していた。


なぜこんなことになってしまったのか?


いったい世界はどうなっているのだろうか?


—カンカン


控えめにドアをノックしたのはソルケだった。


「なぜ、カルケンが帰った後に? 彼まで疑うことないのに」

「ラヴィエ様、今、この城で信用できるのは、このソルケ以外ないと思ってください。そして、それを約束していただかなければ、その方はあなたには会えないと言っています」


「わかった。それが誰だかわからないけど、約束するわ」


人目を警戒しながら、ラヴィエが連れてこられたのは、未だ血なまぐささが残る闘技場だった。


「なぜ、こんなところへ? 」


「お静かに.. 」


ラヴィエは声を張り上げてしまったが無理もない。ラヴィエにとってここは父親が殺された場所。感情が高ぶるのも当然の事だ。


そのまま闘技場の地下へ階段を下りる。ここはアコウと共に閉じ込められた牢屋。嫌な場所でもあり、アコウと過ごした思い出深き場所でもあった。まったくもって複雑な場所だ。


「さぁ、こちらへ」


牢の前の細い廊下を通り過ぎて、その先にある部屋の扉を押し開ける。


[ —ギィ..ギギィィ  ]


扉は滑りの悪い軋んだ音を立てた。


「この部屋でロウゼは尋問を受けました。ロウゼは、拷問に泣き叫ぶ娘を見せられても口を割らなかったのです。まったく強い男です。あなた方の居場所が知れてしまったのは、村に出入りしていた行商人の密告からでした」


「そうだったの..金欲しさに密告したのね..その行商人はきっともう.. 」


ソルケはその部屋にあるムチや拷問具が収納してある棚の仕切り木を一枚外した。すると棚が横にずれて、その奥に小部屋が現れた。


所謂、隠し部屋だ。


隠し部屋からは微かにサイフォージュの香りがしていた。


「さぁ、この奥であなたが来るのをお待ちしております。中へ入ってお会いしてください。私はここで見張りをしております」


いつもより丁寧に優しくソルケは言った。小さな入り口に身をかがめながら入ると、床が軋む音をたてた。


灯るランプの明かりが向かいのベッドを照らしている。そして、今、そのベッドから懐かしい声がラヴィエの名前を呼んだ気がした。


これは幻だろうか? 幻聴だろうか? どちらでもいい。今一度、どうか今一度、私の名前を呼んで!とラヴィエは願った。


『ラヴィエ』


「お父様! 」


ラヴィエは思い切り抱き着き、その胸に顔をうずめた。


「何で? 何で? 」


その大きく温かい手はラヴィエの肩を抱き寄せ、顎の髭がわしゃわしゃとラヴィエのおでこをくすぐる。


「お父様! よかった。会いたかった」


「私も会いたかった。私の愛する娘、ラヴィエよ」


抱き合う二人の影が柿色に染まる壁に揺れていた。

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