第50話 翠の風吹く礼拝堂

私は「時の加護者」アカネ。

私たちがナンパヒ島で異世界アーリーの真実を知るころ、レータ国の都市リップではこの世界を左右する重大なことが起きようとしていた。


——レータ国、ミゼの居城—


「ミゼ様よ、連れてきたぜ」


「おぅ、ガキはどうした? 」


「怪我をしているようだから、サオがベッドへ連れて行った」


「そっか」


ぞんざいな素振りで部下を下げると、ミゼはジェラの顔を見据えた。


「てめーの顔は覚えてるぜ。俺のお気に入りの露台を壊してくれた奴だ」

「ああ、すまないと思ってる」


「で、ガキなんか連れて来て、いったい何の用だ」

「お願いだ。解毒剤をくれ。山でロックチェアーの毒にやられたんだ」


「はぁ? あんな擬態しか芸のねぇウスノロの毒にやられたって? 」

「ああ、ザラキに嵌められた.. 」


「 ..ぷっ ..ははははは。ざまぁねえな。それでこれはアカネやシエラは知っているのか? 」

「知らない。ここにいるのは俺とあの子だけだ」


「だろうな。あの2人がいればこんなドジはしねぇな」

「ああ、そうだ。俺は二流だ」


「で、俺に解毒剤を頼むのかぁ? 」

「ああ、頼む」


「へへ.. 嫌だねぇ」


ミゼはジェラに近づき意地悪な顔をして言った。


「 ..え? 」


「俺に何の得があるんだ。俺は俺の特になることしかしねぇよ」

「 ..俺を使ってくれ。これでも腕には多少の自信はある」


「いらねぇよ。手下には事欠かねぇからな.. そうだ、お前も悪党だったのだろう? 」

「ああ、用心棒をしていた! その辺の奴らより役に立つ! 」


「お前、首に金をひっさげているか? 」

「なんのことだ? 」


「お前は賞金首かってことだよ! 」

「ああ.. 」


「ようし。特別サービスだ。てめーのその汚ねー首の小銭で解毒剤を売ってやる」

「 ....」


「どうしたよ。怖気づいたか? 早くしないとガキが毒で死んじまうぜ? 」

「 ..わ、わかった。だが、必ず解毒剤を打ってやってくれ」


「ああ、俺は嘘はつかねぇ」

「そ、それと出来ればツグミをアカネの所へ」


「わかったぜぇ。俺がアカネの所へ連れて行ってやるぜぇ」

「ああ、ああ.. 」


もはやそれが本当かどうかわからない。

二流戦士の自分にはただその言葉を信用するしかなかった。


「ようし! 今日は楽しいイベントだ! お前ら! 町の奴らを呼んで来い!! 」


ミゼは興奮した声で部下に命令を下した。


・・・・・・

・・


—古びて一部が崩れ果てた聖堂。この仰々しい神を崇めるためだけの建物。


信仰するものがいなければ虚しい風だけが吹き抜ける。


今や使い道がない礼拝堂が虚しさを強調する。


飾られた女神が大きく羽を伸ばす。


それは人の頭よりも高い祭壇から参拝する人々を優しく見守ってきたのだろう。


「さっ、ジェラ君、君はこの女神像にキスをしたら、ここから飛び降りるんだ。そうそう、しっかりこの縄を首にかけなきゃな」


ジェラの太い首に縄がかけられた。


「さぁ、諸君! 久しぶりのこの楽しいイベントを楽しみたまえ!! 」


礼拝堂に集まったアウトロー達が一斉に歓声をあげる。


酒を片手に、または興奮を抑えられず、その場で性欲を満たしている奴らまでいる。


ミゼが耳元で囁く。


「どうだ? 怖いか? 怖いなら『怖いです』って言ってみな? 」


実際、ジェラの足は震えているのかもわからないほどにすくみ上っていた。


きっかけさえあれば、漏らした尿が止まらないだろう。


だが、それよりもジェラは『誇り』という光を見ようとした。


アカネからの信頼、ソルケからの期待、そしてツグミの命を救う事。


それらを自分の命と同等以上のものと思っている。


「 ..あ..あ」


しかし言葉が出ない。


「なんだ? 言ってみろぉ? 」ミゼは声をすぼめて聞く。


「ツグミに解毒剤.. 」


「ああ、打ってやるよ。任せろ。 行くか? 」


ジェラは頷いた。


「では、これより3秒後にジェラ君が最後のジャンプをするぞ! お前らちゃんと見ておくんだ! 」


そして会場にいる奴らが大きな声でカウントダウンを唱える。


最後の『1』とともにジェラは躊躇なく台から飛び降りた。


ロープがビンと張るとすぐに何も聞こえない。


自分の巨体で首も折れたかもしれない。


遠ざかる意識の中、ミゼの声だけが聞こえた。


「きゃははは。このお人好しがぁ。こいつは三流だぜ! 約束なんか守るかよ」


その声だけが聞こえた。


無念だった。



俺は.. 三流か....



「 ..ちっ、おもしろくねぇ!! 」


ミゼのナイフでロープが切られた。


ジェラは力なく地面に落ちていく。


誰かが胸を叩いている。


ドガン、ドガンと衝撃が..


「おい、あばらがへし折れても構わねぇぞ。何だったら手突っ込んででも心臓を動かせ! 」


医療班のサオがありったけの力でジェラの胸を叩く! 叩く! 叩く!


「ガッ.. ガハ!! 」


「ち、丈夫な野郎だぜ。まさか、息を返しやがるとはな」


「 ..ミ..ゼ」


声帯が潰されたのか声が全くでない。


「しゃべるな。てめぇの覚悟は全員が見たぜ。あの子はてめぇが守れ。今から解毒剤を打ってやる」


「ジェラーっ!! 」


その時、ツグミの大きな声が聞こえた。


そして走ってきたツグミは地面に横たわるジェラに抱き着いた。


「おい! これはどういうことだ!? 」


「そ、それが血だらけの服を脱がせたら、なぜか背中に傷がなくて.. その子の目が緑色に光って..」


見張りをしていた部下が冷や汗を流しながら弁明している。


「ク、ククク.. ワハハハハ。そのガキも普通じゃねーな! 」


ツグミの体にエメラルドの輝きが宿り、礼拝堂にサイフォージュの香りが漂っていく。


ジェラの傷ついた首の骨と周辺の組織は、その驚異的な力で回復した。


「お前たちかぁ? ジェラをいじめたのは!? 」


耳を真っ赤にして怒るツグミが自分の両の拳を胸に押し当てている。


それはかつてヨミが激しく怒った時に見せたしぐさと同じものだった。


ツグミはその両手を礼拝堂にいる全員に向けた。


右手は黒よりも闇色に、左手は白よりも無色のオーラをまとっている。


それは只知れない恐ろしい気配を放っていた。


「やめろ、ツグミ。ミゼは俺の覚悟を試しただけだ」


ミゼはツグミの前にひれ伏した。


そしてこう言ったのだ。


「ツグミ様、このミゼに何なりとご命令ください」

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