第49話 二流戦士

私は「時の加護者」アカネ。

私たちがナンパヒ島へクローズを探しの旅をしている時、フェルナン国へ残してきたツグミとジェラに大変なことが起きようとしていた。


—夜明け前のレータ国。


悪党ミゼの居城であるリップの町まであと少し。 気功岩礁拳のジェラは必死に走った。 背中から血を流すツグミを抱きかかえながら。


『くそっ、やっぱり俺は残念な二流戦士なんだ。俺があいつらみたいに強ければこんな事にはなっていなかったんだ』


ジェラは自責の念に苛まれながら走る。足に限界が来ようとも、破れた靴に血を滲ませようともツグミを救うには解毒剤が必要なのだ。


***


——時は少し遡る。ここは王都フェルナン


ツグミは王都フェルナンにて、自分の力においてやるべき事をやり遂げると、直ぐにアカネを追いかけるため、ひとり王都フェルナンを抜けだそうとしていた。


だが、気配に感づいたのは、ラヴィエの護衛をするソルケだった。


『運命の加護者』の恩恵の力をまだ失わないソルケは、ツグミの不穏な気配に敏感に反応していた。 故に王都から遠ざかろうとするツグミに気づくのは自然な事であった。


ソルケはジェラを呼び出すと『このフェルナンの警護に貴様の力など不要だ。貴様などいなくても私がいれば、どんな敵が攻めて来ようが塵芥に変えてやる。お前には幼き戦士の護衛くらいがちょうどいい』と辛らつに言って、王都フェルナンの警護を任されていたジェラを送り出した。


ツグミに追いついたジェラは最初こそ無謀な旅を止めようとしたが、ツグミの浮かべた涙に、チョロく折れてしまった。


だが「時の加護者」による『王殺し』の噂が隣国へ広まった今、各国の国境は固く閉ざされてしまっている。


小悪党ながらも各国で賞金首となっているジェラには、無法地帯であるベル港に活路を開くしか考えられなかった。


ソルケから借り受けたシューに跨り、フェルナン東の山脈伝いにベル港のあるレータ国を目指すが、普通のシューにはラインやソックスのように風速で走る特別な力などない。


さらにはジェラが口を滑らし『馬』などと言ったものだからシューは機嫌を損ねている。シュー族にとっては他の動物と同類にされるのがもっとも屈辱的な事なのだ。


危険極まりない人が踏み入らない山脈の旅、普通の熊くらいなら、ジェラの気功岩礁拳で倒す事ができた。


だが、ここでジェラの誤算があった。


『時の加護者』のアカネはジェラにフェルナンの警護を頼んだのだ。


その警護の任を自ら放棄したジェラの拳からは、恩恵の力が抜け落ちていたのだ。それにジェラは気が付いていなかった。


それはレータ国に入る寸前の夜の事だった。 火を絶やさず、ジェラはツグミが安心して寝られるように警戒を怠らなかった。


だが、いつの頃からか近くで眠っていたシューの「きゅきゅ」という鼻ぶるいの音がしなくなった。


ザラザラ、ポキポキと落ち葉や枝を引きずり何かが地を這う音がする。


蛇の身体、退化した手、そしてイグアナのような顔が2つ。 その大きさたるや、人など軽く丸のみしてしまうほどに大きい。


口が血だらけの猛獣ザラキが、ムチのような舌を鳴らして襲ってきた。


だがジェラとて拳で名を上げ、用心棒をしながら生きてきた男だ。 猛獣の攻撃くらいは避けることができる。


反撃とばかりにジェラは自分の気功岩礁拳をザラキの顔面に放った。


これでザラキは粉みじんになるだろうと確信した。


だが、そうではなかった。 ジェラの気の抜けたような攻撃はザラキの怒りを煽るだけだった。


ザラキの威嚇はまるでドラムを鳴らすように空気を揺らした。


ジェラは困惑していた。


巨大な門をチップにしてしまった特別な力が無くなってしまった事に。


この場で闘うのはツグミを危険に合わせてしまう。 ジェラは猛獣をツグミから離すために、手負いのまま森の中へ逃げるふりをする。


ザラキは執念深い猛獣。足を引きずるジェラに狙いを定めて追って来た。


森の中の大きな岩の陰に隠れ、ジェラは攻撃の気を練った。


もはや特別な力が無いならば、最大限の気功を拳から放ち、奴を倒すしかない。


ジェラは集中し自分の内気と自然からの外気をその拳に集めていた。


前方の木が揺れ、ザラザラと地を這う音が聞こえる。


だが、ジェラは気を集めることに集中していた。


背中の岩の頭頂部がバガリっと割れ、猛獣ロックチェアの毒針がジェラの背中を狙っている事にも気づかないままに。


ジェラは忘れていたのだ。 執念深く狡猾なザラキは、他の猛獣と生態共生をして生きていることを。 ザラキは逃げるジェラを追いかけていたのではない。 ジェラをこの餌場まで追い込んでいたのだ。


振り返ったジェラは、驚きで動くことができなかった。


今、目の前の毒針が自分めがけて振り下ろされたのだ。


突然、小さな何かが力いっぱいジェラを突き飛ばそうとした。 その力はとても弱く、大きなジェラの身体を少しだけ揺らす程度だった。 そして猛獣ロックチェアの毒針の衝撃がドカっと伝わる。


ジェラにしがみ付く小さな手がスルスルと力なく落ちていく。


背中から血を流すツグミがそこにいた。


叫んだ! ジェラは叫んだ! どんな叫びかもわからない。


その叫びは地を割るほどだった。 我を忘れるほどの怒りだった。 その怒りは猛獣への、そして不甲斐ない自分への怒りだった。


猛獣の紫の返り血で全身を染めたジェラはツグミを抱きかかえ走った。


解毒剤が必要だ!


もはや頼れるのはあいつしかいない。


あの時、悪党のお前でも心を癒されたのだろう?


お願いだ。


今度はお前がツグミを救ってくれ、ミゼよ。

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