第46話 幻影の島

私は「時の加護者」アカネ。ルルさんの診療所にて一泊取らせていただいた朝に、空のレフィスが迎えに来てくれた。私とシエラは迷いの森を通り、セイレーンの住む日本家屋まで案内してもらった。


—ナンパヒ島 迷いの森—


梯子を登り切り、玄関へと入る。建物の壮大さの割に、玄関はこじんまりと作られていた。


シエラがそのまま上がろうとしたところで、私は彼女の腕を引っ張って止めた。


「靴を脱ぐんだよ」


「え!? 本当ですか? 何で?」


「う~ん。日本家屋だからとしか」


「でも、戦闘になったら靴があったほうがいいですよね」


「シエラ、だからこそよ。私たちには戦意はないという意思表示にもなるんじゃない?」


「そうですか?」


靴を脱ぎ、玄関から一段高くなった床に上がると、そこは板の間で覆われていた。冷たく硬い感触がシエラの足裏に伝わり、彼女は思わず『うえっ』と声を上げた。


闘神は滅多な事で靴を脱ぐことなどないのだろう。


狭い板の間をぬけると襖があいた。途端に藺草の香りがしてくる。異世界にいて純和風を感じるとは思いもよらなかった。


しかし、この藺草の香りにシエラの反応がすこぶる良い。見るからに鼻をクンスカさせているのがわかる。


「アカネ様、これ、いいですね。凄く心が落ち着いて、戦闘のイメージが湧きたちます」


「え??」


闘神は心が落ち着くと戦闘のイメージが広がるのか… 初めて知った。


部屋には畳が敷かれ、奥に女性がひれ伏していた。


「さぁ、どうぞおはいりくださいませ」


足早に入ろうとするシエラを止め、囁いて注意をした。


「ちょっと待って、シエラ。この床は畳よ。この畳の縁は踏んではダメよ」


「何でですか?」


「その目でよく見て頂戴。ほら、縁に印があるでしょ」


「はい。羽の印ですね」


「たぶん、この羽を踏むのは失礼なのだと思う」


「そうですかぁ? 考えすぎですよ」


「あなた、もしその縁に私の顔が書いてあって、水虫だらけの足で踏まれたらどう思う?」


「それは許せませんねっ」


「てことよ」


「なるほどっ!」


「あ、あの、お早く入って来てくださいませ…」


ソロソロと畳の縁を踏まないゲームみたいに敷かれた座布団まで到達すると、シエラは私を真似て正座をした。


女性の着物はやわらかな乳白色で、よく見ると細かく模構が編み込まれている。一見、体まで透けてしまいそうだが、実は淡い色の生地が何層にも重ねられている。重厚ではないものの十二単の華やかさを十分に兼ね備えていた。


シエラは目を輝かせて女性に「その服、綺麗だね」と率直な感想を言った。


「ふふふ、シエラ様は相変わらず飾らない性格ですね」


「あれ、僕と会ったことあるの?」


「長い歴史の中で2度ほどありましたよ。ただ、私がレフィスほど子供の頃でしたから覚えていらっしゃらないのでしょう」


「ごめん。でも、僕は君のこと嫌いじゃない。良いにおいがする」


女性はやわらかに笑顔を見せると改めて向き直った。


「ようこそおいでなさいました、アカネ様。数々の無礼をお許しください。私がこの島の主、セイレーンと申します」


「いえいえ、こちらこそ」


ついつい『へへ~』って感じでお辞儀をしてしまった。やはり格式ある日本風は少々肩がこる思いだ。


「申し訳ございません。今、アカネ様の気苦労を少々感じました。ここからは礼儀作法なしにお話しいたしましょう」


その言葉に少しほっとした。


「うん。それがいいね。じゃ、さっそく聞くわね。セイレーンはシャーレとクローズの居場所を知っている?」


「アカネ様も単刀直入の性格なんですね。はい。お二人とも、この島にいらっしゃいました」


「え? じゃ、もういないって事?」


「そうではございません。安全な場所へ移動されたのです。アカネ様、この島の事を光鳥ハシル(ドライアド)様からお聞きになっておりますか?」


私は首を横に振る。


「失礼ながら、おそらくはシエラ様もご存じないですよね」


「うん。この島は特殊だからね」


「はい。とても特殊なのです。アカネ様、シエラ様はポルミス国という国があると聞いてこの島へお越しになったのでしょ? 」


「うん。でも、レフィスがこの島の名は『ナンパヒ・パカイ・ラヒ』だって教えてくれたよ」


「その通りです。『ナンパヒ・パカイ・ラヒ』は『儚い命の島』。しかしもうひとつの意味がございます。それは『真実は幻の中にある島』です。この島にポルミス国などございません」


「なんですって!?」


「これはびっくりだ! 僕も初めて知りました! 」


「全てはこのセイレーンとティム様によって作り上げた幻影なのです」


ティム。そうだ。この世界に来て未だに姿を見せていない『秩序の加護者』のトパーズだ。


「なんでそんなことしたの?」


「それはアカネ様の近くには絶えずシエラ様がいる。それが意味することと同じですよ」


「それは『ポルミス』が『シエラ』ってことかな」


「どういうことですか、アカネ様?」


シエラはいまひとつピンときていないようだった。


「絶えずシエラが私の近くにいるって事は、敵は迂闊に私を攻撃できないでしょ。つまりポルミス王国という謎の国の存在が島を守っているということなんだよ」


「なるほどっ!」


しかし、なぜそこまでして島の存在を謎めいたものにするのだろうか。


私はいつの間にか背中に汗をかいていた。その理由は待ち受ける「島の真実」にただならぬ存在感を感じていたからだ。


「アカネ様、私がご案内いたしますので、その場所でクローズ様に会ってください。その場所へ行けば、この島の真実の一部をわかっていただけるでしょう。そしてハクアの狙いを知る手掛かりもつかめると思います」


セイレーンはもったいぶっているのではない。きっと、真実は、私たちの想像を超えているものなのだろう。

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