第44話 矛盾だらけ

私は「時の加護者」アカネ。

ポルミス島、もといナンパヒ島の守護者である海のプーフィス、空のレフィスは私たちの島への上陸を許可してくれた。それは島にいる「母様」の命令だという。「母様」とはいったい誰なのだろう? そしてクローズは本当にこの島にいるのだろうか?


—ナンパヒ・パカイ・ラヒ(儚き命を憂う島)—


船を桟橋に着けると、レフィスは言った。


「母様に会えるのはアカネとシエラの2人のみだ。だが今日はもうじき帳(とばり)が下りる。我らは眠りにつく時間だ。明日、日が昇る時間に迎えに来る」


そういうとレフィスは翠の光の粒を残し去って行ってしまった。


「まったく、勝手な奴だ。アカネ様、どうしましょう?」


「うん。さっき浜に人の姿が見えたからクローズの情報を聞いてみようよ」


私たちはラインとソックスの背にまたがり浜に向かうことにしたが、ビアス船長は命の次に大切な船に残ると言った。


しかし、この入り江には桟橋が設置してあるが、港というには質素すぎる。


ここはまだポルミス国ではないのだろうか?


その事も含め、浜にいる人に聞いてみよう。


島から見る夕陽に染まるラグーンは、この世のものとは思えぬくらいに美しかった。


そして夕陽が海の向こうに消えると、太陽の光を吸収した白い砂浜が発光をはじめ、ラグーン全体が青く光り輝くのだった。


その光景こそが、この美しい白浜を『未完の白浜』と言わしめるものだということを理解した。


この広大な白浜をゆっくりと歩き行くと、その果てに人家の明かりが見えた。


家の中からは人々の楽しそうな笑い声が聞こえた。若い男性の声とお婆さんの声、どうやら女の子もいるようだ。


「すいません。あの私たち旅の者なのですが、お聞きしたいことがありまして..」


会話が途切れると、中からひとりの青年が出てきた。


「はい。どうしましたか?」


「ア、アコウ!!」


おそらく私の眼はまん丸になっていたであろう。まさか、この場所にアコウが出て来るなんて露ほども思わなかったからだ。


「ラディ、誰が来たのかね?」


私がびっくりした声をあげたので、続いてお婆さんが出てきた。


「あ、あの、私、アカネと言います」


中で — ガタン — と椅子を引く音が聞こえた。


ラインとソックスがアコウに鼻を寄せる。


すると、アコウは昔のように自分の鼻をくっつけてじゃれ合っている。


間違いない。


私がアコウの知り合いだと察すると、お婆さんは『どうぞ中へ』と家の中に招き入れてくれた。


家の中に入ると、そこにいる人物に再び驚いた。


「や、やぁ、アカネ、久しぶり」


「え! マジムさん!」


驚いたことにそのテーブルに座っていたのは黒髪の少女とマジムだった。


「なぜ、マジムさんがここにいるの? もしかしてアコウと一緒に行動してたの? それに、その子は?」


「ああ、そういっぺんに聞かないでくれ、アカネ。まだ来たばかりの君がいろいろ知りたがるのはわかるが、この6年こっちもいろいろあってな」


「 ....」


シエラは黙ってテーブルに座った少女の後姿を見ている。


「マジムさん、あなたなぜフェルナン国ではなくこの島にいるの?」


「だから待ってくれよ。順序だてて話すから—」


— マジムの話 —


白亜の不穏な動きを察知したジイン王はいち早くラヴィエ様を王都から逃した。彼女の護衛としてアコウ、そして王直属の近衛兵団隊長となったマジムも同行した。


各国の国境にいる白亜兵くらいなら、アコウとマジムで何とかなるが、ウエイト、フェルナン、カイト、ギプスの国境が重なる地域には白亜の幹部バンクの目が光っているに違いない。


マジムは東の果ての山脈に身を隠すこととした。こんな道のない山など誰が来るものでもない。ましてやこの山脈の先には今や廃れ切ったレータ国しかないのだ。だが、マジムたちの行動は敵に筒漏れだった。


追ってきたのは、よりによってバンクだった。奴の『禁言』には速さを誇るアコウの脚も封じられてしまう。


アコウとマジムは海岸から海に落とされてしまった。


奇しくもマジムとアコウはこの浜にたどり着いたのだ。アコウの方が先に着いたようだが、きっと同じ潮の流れに乗って着いたのだろう。ここは漂流者がたどり着くことが多いらしい。


偶然にもその女の子もマジムと同じ日にここにたどり着いたのだ——


「心残りはラヴィエ様を最後までお守りできなかった事」


「そうなんだ。でも安心してラヴィエは無事に王都フェルナンにいるから」


「 ..なんだね。あんたラディの知り合いだったのかい? そんな素振り見せないから他人かと思ったよ。それにあんた何でゲフィンなんて偽名を使ったんだね」


終始不思議そうな顔で話を聞いていたルルが口を開いた。


「あ、ああ、なんかあまりにもアコウとルルさんが親子のようだったから、水を差すのもなんだと思ってね。名前を隠したのは、その.. 用心の為の習慣でね」


「そうなのかい。そうか、『アコウ』っていうのがラディの本当の名なんだね.. 」


「お婆さん、そのラディがここに来てどれくらい経つんだ?」


さっきから黙っていたシエラがルルに尋ねた。


「そうだね。もう3週間、4週間は経つだろうか」


シエラの鋭い視線はマジムに向けられた。


「おい、マジム。お前はどれくらい前に此処へたどり着いた」


「 ..な、なんだ、尋問のように」


厳しい口調のシエラにマジムがたじろいだ。


「いいから、何日前だ。答えろ」


「4日前だ」


「アコウは3週間としても21日。方やお前は4日。この日にちのズレはどう説明する」


「 ..お、俺もよくわからない。記憶も曖昧だし.. 本当、わからないんだ」


「ほぉ ..じゃ、これは僕が最初に思った疑問だ。お前、なぜアカネ様が『来たばかり』と言った。アカネ様がこの世界に再び来たことを知る者は、限られている。ましてやフェルナン近衛兵のお前が知るはずもないだろう」


「そ、それは、俺だってアカネがこの世界に来るのを長い事、待ち望んでいたんだ。その姿を目の前にすれば、来たばかりなのだと思っても不思議じゃないだろ!」


「 ..そうか。まぁ、いい」


「あ、あのさ、とりあえず、久しぶりに会ったんだし、もっとこう『楽し、嬉し』でいこうよ、ね? 」


「アカネ様がそう言うのなら」


その夜はアコウがこの島の素晴らしさをいろいろ教えてくれた。しかし、ルルお婆さんは息子ラディとの別れが近いのを感じとっている様子だった。


その優しい眼差しはずっと息子に注がれていた。


一方、マジムとシエラの間には何とも言い難い気まずさが漂っていた。


盲目の少女は自己紹介をすると終始黙ってうつむいていたが、アコウが話しかけると、頬を赤く染めて恥ずかしそうに微笑んだ。

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