第17話 涙、落ちる
私は「時の加護者」アカネ。
どうしても今は懐中時計が必要だった。是が非でも手に入れたい私たちは乱暴ではあるがミゼを捕らえることに成功した。しかしミゼが素直に懐中時計を渡すとは思えない。どうしたものか..
—レータ国 ベル港—
「ミゼ、あなた私が来るのを知ってたの? 」
「いや、知らねぇ。だが、そこのでかい奴が何年も前から何かを待っている様子は知っていた。よくわからないが牛を用意していることから何かを運ぼうとしていることもな。それがお前だとは思わなかったがな.. よく来れたもんだな」
「うん。ギプスの船とラオス船長の—」
「そうじゃねぇ! お前の世界からどうやって来たって事だ。懐中時計もないのに」
「あ、そうだ! あなた懐中時計持っているでしょ。それを貸してちょうだい」
「はははははははは。まったく平和なもんだな。今まで敵だった男に『貸してくれ』だとよ! 」
見かねたジェラが言葉を発した。
「アカネ、こいつからは腕ずくで奪うしかない。こいつが『はい、そうですか』と渡すわけがない」
「待って、ジェラ、なるべく人を傷つけたくはないの」
「ほぉ、ほぉ、今まで散々と信じられない力で闘っていたアカネ様がどうしたもんだろうねぇ」
「いいわ。どんなに皮肉言われても。ただね、私にはもうそんな力が無いのよ」
「知ってるよ.. あれは鍵のようなもんだからな」
「だから必要なの。この世界がどうなっているのかを知るためにも」
「知らねぇ! 知らねぇよ! ヨミが死んだ時にあんなガラクタ捨てたわ! 必要ならギプス国の砂漠でも探すんだな。運が良けりゃ、見つかるかもな。クァハハハハ」
「この野郎ふざけやがって。俺が—」
「おじちゃん.. キズ.. 」
ツグミがミゼの火傷跡から流れる血を拭っていた。
「やめろ!! こんなのかすり傷だ! 」
「この傷、痛そう.. 」
そういうとツグミはミゼのケロイド状の背中に抱き着いた。
「お、おまえ.. 」
—ミゼは思い出していた。
子供の頃、理由はわからないがミルザは育ての親に酷い虐待を受けていた。
親はいつも何かに腹を立ててはミルザを殴っていた。
貧乏な家ではご飯もまともに食べさせてもらえず瘦せ細っていた。
ある日、それを見かねた近所の人がご馳走をもってきてくれた。
ミルザは褒められたくて、喜ぶ親の顔が見たくて、それを食べるのを我慢してテーブルに並べて親を待っていた。
しかし、それはミルザが思ったものとは違う反応だった。
『俺を馬鹿にしているのか..』
そう言うと窯の上の煮え立ったスープ鍋をミルザの身体に投げつけた。
親は深夜、大火傷で瀕死のミルザを砂漠の真ん中へ捨てて行ってしまった。
『お父さん.. 行かないで.. 』
ミルザは傷の痛みよりも自分を置いて去っていく親の背中が悲しかった。
それから何時間後たっただろうか。
ミルザの口にスッとサイフォージュの薬が流し込まれた。
誰かが口移しで飲ませてくれた.. その唇はとてもやわらかかった。
『お、おかあさん..? 』
ミルザは死んで、あの優しい母親に会えたのかと思った。
ミルザは自分を抱きしめ涙を流す声を聞いた。
「かわいそうに。痛かっただろう..これからはこのヨミと暮らすがいい」
その温もりはミルザの傷をやさしく包んでくれた—
ツグミのその小さな身体から伝わる温もりは、あの時と同じものだった。
屋上の地面にミゼの涙が落ちた。
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