第12話 廃港ベルにて待つ
私は「時の加護者」アカネ。
南極タイサントからの航海で一番の難関であるカームタップの激流。船の強度を遥かに超える波が牙をむく。しかしノラさんの魔法にツグミの秘めた力が合わさり、静寂を強要された海を悠々と渡ることが出来たのだ。カレン調査船は無事にカームタップを越えた。
—レータ国 ベル港—
かつて世界を行き交う船の中継港となっていたレータ国のベル港。あの活気あふれる港の姿はそこにはなかった。
船は一艘もなく、ただ係留柱が赤く錆びついているだけだった。
「俺たちはここまでだ」
港が見えるとラオス船長が私にしっかり向き合い語りかけた。
「 ..はい」
「そんな不安そうな顔をしない! あなたは『時の加護者アカネ』でしょ」
私が思っている以上にきっと私は頼りなく映っているのだろう。だって、私は平然としているつもりだったのだから。でも、ラオス船長とノラさん、2人と離れることにこんなに不安に駆られるなんて、想像以上だった。
「でも、でも私はきっともう.. 」
「なんだ? 力が無いって言うのか? ..なぁ、アカネ様よ。この世界は本当はもうあんたらの手を借りずに自分たちだけでやっていくのが正解なのかもしれない。でもな、今、現在、この世界で起きていることは普通ではない。涙を流す者がいる。自分に凄まじい力があれば、涙を流す者を助けてやれるのに! そう思って悔しがっている連中もいる。俺もそうだ。だから俺はあんたが奴らをやっつけたらスッキリするねぇ。そしてあんたはここでそのきっかけを手に入れるんだ。その道案内がこの港で待っている。俺は信じているぜ、『時の加護者のアカネ』をな」
その言葉をラオス船長が言い終えるとノラが私を強く抱きしめた。
「でも、気を付けるんだよ。絶対に死ぬんじゃないよ。今度、あんたがレンパス村に来た時に自慢のホウライイモのパイを作ってあげるんだからね。とってもおいしいのよ」
私はラオス船長から勇気を、ノラから愛をもらった。
「ツグミも食べたい! 」
「うん。ツグミちゃんが食べきれないうちにいっぱい作ってあげるから」
「ほんとう? やったーっ! 」
「じゃ、俺たちは奴らに見つからないうちにタイサントへ帰る。しっかりな! 」
私とツグミは手を振るノラさんが見えなくなるまで船を見送った。
そしてノラさんの言葉を思い出していた。
—それはこの世界に襲来した男が南極タイサントで行った事だった—
「アカネ様、あんたにドライアド様は何も言っていないのだろう? 奴らがタイサントにやって来た目的は港の制限をするためではなかったんだ。世界は「3主の力」の意外に大きな力で包まれているのは知ってるよね」
「はい、光鳥ですよね」
「そう。その力が『時の加護者』の不足分を補ってシエラ様やそのほかの戦士に力になっていたんだ。シエラ様を中心に対抗する戦士は白亜に負けていなかった。そこで奴らはその源を断つことを考えて、タイサントにやって来たんだ」
「え? まさか! 」
「そう。奴らは光鳥レイ様を消し去ったんだよ。光鳥を消すなんてありえないことだ。でもそれをやってのけたさ。白亜の首領ハクアが空を見上げ唱えた。『俺はこの光鳥レイの存在を認めない』ってね。その言葉に呼応して少女の両瞼が開くと、光鳥の輝きよりも強い光が光鳥レイ様を飲み込んだんだ。光鳥は朝霧となって消えてしまったんだ。それは間違いなくその少女の奇跡の力によるものだ」
「ひどい.. 何てことを」
「アカネ様、何で私がその様子を話せると思うね? 」
「なんでですか? 」
「見ていたのさ、全てを。あのドライアド様がね」
「なっ.. 」
「知っての通り、光鳥レイ様はドライアド様の子供さ。我が身に変えても子を助けたかっただろう。でも、しなかった。それはね。ドライアド様は自分が、『時の加護者』をこの世界に呼び戻す使命があると思っていたからなんだ」
「そ、そんな。私のせいで」
「それは違うよ、アカネ様。未来を切り開くためだ。でもきっとドライアド様はあんたにこう頼みたはずさ。『どうか残りの子供たちを守ってください』とね。でも、言わなかっただろう?」
「 ..はい」
「それはさ、アカネ様に負担をかけたくはなかったんだろうね。でもさ、それじゃあんまりじゃないか。頼むよ。どうか、どうかドライアド様の気持ちを汲んでやってほしい。お願いだよ」
—そうだ。シュの山の光鳥シド、フェルナンの光鳥クリルは私が守る!その為にも、私はこの町で私を待つ人に会わなければならないんだ。
私はツグミと手を繋ぎながら町を歩いた。
『どこに行けばいいって? 大丈夫だよ。奴の方から姿を現すはずさ』
ラオス船長はそう言ったけど。
かつて、カレンに案内されたあの賑やかな商店街もすっかり廃れてしまった。レンパス村の宿舎を見た時と同じように6年という歳月を感じる。
レータ国は王国ではない。自然と調和を信仰する国だ。海沿いの港を封鎖されたレータ国は捨てられた国となった。難民となったレータ国民の多くを受け入れたのは王国フェルナンと女王国カイトだったという。
「もう!.. 」
私はいい加減イライラし始めた。
「ねぇ、いったい何時になったら出てくる気? さっきから気づいているんだけど! 」
そうなのだ。もう船から降りた地点で、その気配には気が付いていたのだ。
「ふっふっふ。さすがだ。この俺の気配に気が付くとは.. 」
少し上から目線で話すこの大きな男、どこかで見覚えがある。
「ああ、あなたロッシにコテンパンにされた気功整体師の何とかって人ね」
「気功岩礁拳だ! 由緒ある拳法なんだぞ! 俺の名はジェラだ! 気功岩礁拳のジェラだ! 」
「そういえば、名前聞くの初めてね。ロッシにコテンパンにされて気を失ったものね」
「コテンパン、コテンパンって何度も言うんじゃない! 」
「ねぇ、おねえちゃん、『コテンパン』ってなに? 」
「ツグミちゃん、『コテンパン』っていうのはね、強い相手に一方的にやっつけられちゃうことだよ」
「お、お前ら合わせ技で俺を馬鹿にしているだろう.. 」
しかし、このチンピラの用心棒をしていたこの男、この人が本当に私が会うべき男だったのだろうか..
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