第11話 海の壁カームタップ

私は「時の加護者」アカネ。

私たちはカレン調査船に乗り大陸を目指す。ギプス港は白亜の管理下にあるため、目指す港はレータ国のベルの港だ。しかし、その前に海の壁と言われているカームタップを乗り越えなければならない。メンテナンスもままならないこの船で、この潮流を乗り越えることができるのだろうか。


—タイサントからカームタップへ―


季節風に乗り、カレン調査船は約1日半で海の壁カームタップに到着した。海面からも潮の境目がはっきりわかる。カームタップは白波を立てながら大河のように流れているのだ。その流れに強い風があたれば、海の波は激しくなり、時には船を飲み込むほどになることもある。


だが、ラオス船長はなかなかカームタップに飛び込もうとしない。いや、躊躇している。


「アカネ様よ、この船はギプス国を脱出するときに機能がちょっくら破損してな.. この船、特有のラージ舵についても上手い事機能しないことがあるんだ.. まぁ、普通くらいの時化なら耐えられるんだが.. 」


つまりは一か八かの賭けということか..


「ラオス船長、何を言ってるんだい。だから私が付いてきたんじゃないか。まだ完全じゃないとはいえ、少しは波を抑えることができる.. と思うよ」


「どういうこと? ノラさん? 」


「私ね、ドライアドさんから少し魔法を教えてもらったのさ。これは属性ってのがあるらしくて、私は水の魔法が使えるらしいんだ」


そうか.. あの時、私がこの異世界アーリーを旅立つとき、秩序の加護者として、魔法を認めたんだ。だからか..


「ラオス船長、いくよ! 清きこと水の精霊よ、力を貸したまえ『クシェリミシオ・レン』」


するとノラさんの体がぼんやりと水色の光を帯び、さらに船の進行方向の波がいくらか静かになっている。


「凄い! ノラさん、凄いです! 」


「いやいや、時の加護者のアカネ様にそんなに褒められるなんて光栄だわ」


「よし、これなら行けるぞ! 」


「行けるぞー! 」ツグミがラオス船長に続いて進行方向を指さして叫ぶ。


カレン調査船はカームタップに突入する! 少し船体が揺れるが、本来のカームタップの揺れはこんなものではない。大きな波を乗り越える時などはまるで垂直になっているのではないかと錯覚するくらいに揺れるのだ。


このカームタップを超えるのに数時間はかかる。それまで、ノラの魔法が効いてくれることを願うだけだ。


だが1時間くらい経ったころ..


「ああ、見たことない水の精霊様、どうぞ力を—」


船体が大きく揺れると私は部屋の壁まで転がった。


「痛っっ.. あっ、ツグミは? 」


ベッドの布団が揺れで丸まったのだろう。ツグミはその布団がクッションとなってケロッとしていた。


どうやら、時の加護者である私の祈りも虚しく、魔法の効き目がなくなったらしい。


「おねえちゃん、凄い揺れだね。なんかミシミシ音もするよ」


確かに少し揺れるたびにミシミシ、ピキピキと音がする。以前も同じ心配をしていたが、ギプス国の技術はこの世界では一番。まさかバラバラにはなるまい。


「アカネ様、まずい! このままでは船が持たない! 」


ラオス船長が部屋に飛び込んで来るなり、私の聞きたくない台詞を言った。


「ノラさんは? 」


「とりあえず一緒に来てくれ! 」


操舵室に行くと、ノラさんが舵輪を必死に抑えていた。


「アカネ様、俺は甲板にいって帆の調整をしてくる。アカネ様はあっちにある操舵機を力いっぱい押し込んでくれ! 」


「あれね!? 」


「そうだ! それは大波の威力を船から逸らすための特別な舵だ! 頼んだぞ!! 」


「おねえちゃん! ツグミも何か手伝う」


「うん。じゃ、ツグミはノラさんを手伝って」


「わかった。ノラさんを手伝うね」


ツグミはノラさんと一緒に舵輪を抑えている。


一方、私の秘密装置らしいこの操舵機はビクとも動かない。


「なによ! これ! ちっとも、動かないじゃない! 」


そう言った矢先、前方に超巨大な盛り上がった水の塊が迫ってくるのがわかった。


「まずいよ、アカネ様! あれが来たら、この船はきっと.. 」


「ノラさん、もう一度、水の魔法をかけられないの!? 」


「さっきから唱えているんだけど、もう私の中に魔法力がないみたいなんだよ! 」


「でも、もう一回! 」


「わ、わかった! 清きこと水の精霊よ、力を貸したまえ『クシェリミシオ・レン』」


ノラの体は切れた蛍光灯のようにチカチカとするだけだった。ダメだ! もう巨大な水の塊は目の前だ。船はその塊に乗り上げ傾き始め—


『クシェリミシオ・レン』


スッと船が平面に戻る。いったい何が起きたのだろうか?


身を起こして海を見ると、前に見えるのは平たんな海だった。


「な、なんだ! いったい何が起きた! 」


そう言いながらラオス船長が驚愕の表情で操舵室に入ってくる。


甲板に出てみると波音ひとつなく、水面には空が映りこんでいる。


ラオス船長に抱かれ、「キャッキャッ」と喜ぶツグミの声が聞こえる。


そうだ。あの時、ノラの後に同じ詠唱を唱えた声、あれは間違いなくツグミの声だった。


この子はいったい..

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