承ノ章:出撃


「ふわー、よく寝た」


次の日、目が覚めた時、ワタシの羽根は、はち切れんばかりに伸びていた。外は太陽がカンカンと照りつけているに違いない。


「起きろ、出陣だ!」

牙を打ち鳴らして、働きバチたちを起こしていった。


「ずいぶん、気合いが入っていますね」

ハイバネが苦笑いしている。


「今日は特別だ」

肩をいからせたワタシは、巣の入口にすっくと立った。


「よいか、これより向かうのは、これまで出会ったなかで一番に大きな獲物だ。準備はいいか、牙はといだか!」

目の前に並んだ数十匹の力自慢、牙自慢の仲間に、大声で言った。


ウオーウ!!!

巣がびりびりと震えるほどの声が返った。


「よろしくお願いします。我らのために、子どもたちのために!」

進み出た女王様が、頭を下げた。

「承知いたしました。では、行って参ります」


門番に立てる若い仲間を巣に残して、ワタシたちはいっせいに飛び立った。

獲物はもちろん、昨日、見つけたミツバチの巣だ。ブォーンと羽音を響かせて、山を登り、崖に向かった。


ほどなく、めざす桜の木が見えてきた。巣の入口のウロの下の方では、木肌から染み出た蜜が、てらてらと光っている。


「なんて素敵。あの深いウロのなかでは、ご馳走が食べ放題に違いない。それに、お土産もたんまり」

ハイバネが愉快そうに笑った。仲間たちも嬉しそうに牙を鳴らしている。


それまでミツバチたちは、呑気に飛びかっていたが、ワタシたちの羽音を聞きつけ、門番を中心に、巣の入口に集まった。


シャーッ シャーッ 


ほうれ、おいでなすった。

ミツバチたちは、縞模様の尻を、音が鳴るほどに、激しく振り始めた。見つめていると、目がチカチカして、なにがなんだか分からなくなってくる。


「あんな目眩ましにやられるな。相手はちっぽけなミツバチだ。行くぞ!」

クラクラきている仲間に気合いを入れ、ワタシは先頭を切って突撃していった。


「邪魔だ、邪魔だ、道を開けろ」

ミツバチの門番たちを蹴散らし、巣の入口につめを立てた時だ。思いも寄らぬことが起こった。


「アタイたちを見くびるな」

ミツバチたちが、ゾワゾワと溢れ出てきたのだ。

これまで相手にしてきた連中は、一匹ずつやってきた。だからすぐにやっつけられた。けど、こいつらときたら、集団でいっせいに攻撃してきたのだ。


ワタシは負けてはならじと、自慢の牙をむき出した。

小さなからだが、バラバラと下に落ちていく。だが、巣穴からわき出てくる相手の数といったら。


「こっちも集団で、一気に攻めなければ!」


なんとか首を回して後ろを見た。

仲間たちは、一匹ずつやってきている。入口が狭いので、どっと押し寄せることができないのだ。それで木にとまったとたん、すぐに取り囲まれてしまっている。


「大将、いま、お助けします」

ハイバネが飛び込んでくるのが見えた。


「だめだ!」

ワタシは叫んだ。


けど、声は届かなかった。隣にやってきたハイバネも、あっという間に、ミツバチたちの塊に覆われてしまった。そのうち、周りが見えなくなった。


あたり一面、狂ったような羽音が響く。


熱い!

周囲の温度が、やたらに高くなってきた。まるで真夏の太陽にあぶられているようだ。

うう、からだが痺れてきた。


・・そうれ、みんながんばれ!もう少しでスズメバチをやっつけられるぞ・・

ミツバチの歓声がかすかに聞こえた。


ワタシは最後の力を振りしぼり、目の前の相手に牙を突き立てようとした。だが、もはや叶わなかった。目の前が真っ暗になった。





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