顔向けできない

 颯爽と響く足跡と、会場に靡く青。笛を片手に持つのは青家の女宗主。青雲蘭だ。爽やかな音が会場を取り巻くと青家の弟子たちも加わり音色を奏で始める。皆その音に聞き入り、会場はある種の桃源郷と化していた。しかし、白噬明だけは別であった。旋律は上手く聞き取れずただ一人孤独に残された感覚が長い間続いた。

 やっと演奏が終わると皆が歓声や拍手をする。呆然としていると下女が茶を持って来た。

「お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

 震える手で茶を受け取ると心を落ち着かせるために一口飲んだ。伏せた目を上げると遠くで同じように酒を飲む彼が目に入る。何故だかその様子を見てはいけない物を見た様な気がして視線を逸らす。

(……)

 しばらくして待ち侘びていた三文字が叫ばれた。琴を背負って姉の後ろへ続いて広間中央へ向かう。この弾吹楽談会が始まって以来優勝し続けていることもあってか盛り上がり方が違う。歓声を上げる者もいれば、批判的な意見を言う者もいる。入場し演奏の準備をする。その間は先ほどと打って変わり微かな話し声しか聞こえなくなった。そして、白涼鈴が旋律を奏で始める、続いて白噬明がその旋律に合流し混ざり合う。穏やかで力強く繊細な音が響き渡る。聞き入る観客を懐かしの故郷へと帰す旋律が流れる。白噬明は琴を奏で始めれば先ほどの不安も考える暇などなくなり演奏に集中することができた。しかし、曲の終わりに微かに彼のことが頭をよぎる。

 自身の演奏はうまくいっていると思う。期待に応えられたか弾き終わったら彼に聞きたい。

 そんな期待は膨れ上がっていく。しかし、それもあっけなく弾け飛んだ。最後の最後で琴線が弾け飛んだ。心地いい演奏がぴたりと止まり観客がざわつき始める。白噬明は焦るが白涼鈴は冷静だった。彼女は切り替えて音を繋ぎなんとか演奏を終わせた。

 ざわめきの中、どこの門弟かはわからないが一人がこんな声を上げた。

「ほらみろ、言っただろ?大したことないって」

 その声を皮切りに決して大きくはなかった彼らへの批判は強くなる。

「お偉い白の弟様はどうなったんだ? びびって逃げたか?」

「大していい曲でもないのに毎回優勝を取ってきどってるからこうなるんだよ」

「ふん、綺麗な顔してるだけで才能はそこまでないのね?」

「たかを括って練習や手入れを怠るからこうなるんだよ」

 沢山の声が白噬明と白涼鈴へぶつけられる。白涼鈴は顔を真っ赤にして怒っていたが何も言えなかった。白噬明は逆に顔を白くして冷や汗をかき下を向くばかりだった。 

なんて言えば良いか。全ては私が悪い。姉の顔など見れないし、言葉すら出てこない。姉はこの演奏会を楽しみにしていたし、今年も勝つのは私達だと息巻いていた。なのにこんな結果に終わってしまった。

 押しつぶされそうな空気の中に二人は立っていた。しかし、それに耐えきれなかったの白涼鈴の方が先であった。

「噬明──」

「ごめんなさい。姉さん」

 姉の言葉を遮るようにして声を発する。しかし、この後の言葉を紡げば言の葉が溢れ出すようなことは分かりきっていた。押し黙り下を向いて絞り出すように言った。

「すみません。少し一人になりたいんです。手間ですが瑶晩には体調がすぐれないから客室に戻っただけ、心配ないと伝えてください」

 後ろでは姉が何かを言っていた気がしたがそれすら遠くで聞こえているような気がした。批判の波が耳を塞いで何も聞こえなかった。

 白噬明はその場を後にした。

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