琴の白先生

「──そうなんですよ! 師兄は本っ当にすごくて」 

「じゃあ、今度お兄さんに見せてもらお〜」

 二つの声は部屋の前まで来ると話し声は止んだ。そして戸を叩く音が部屋に響く。

瑶晩ヨウハンです、おはようございます師兄。起きていますか?」

 体をゆっくりと起こすと、昨日より調子が良く体が軽いことに気づいた。

「おはよう。起きてるよ」

 扉越しにそういうと今度は瑶晩ヨウハンではないもう一人が喋り出した。

「おはよう! 白のお兄さん。暇だから来ちゃったよ」

「朱さん? 暇って……貴方は出ないんですか?」

 そう言うと外から大きな笑い声が聞こえてきた。

「ははっ! 俺はそういうの苦手だから出ないよ。ていうか出させてもらいないからね」

 すると彼の隣にいるであろう瑶晩ヨウハンが尋ねた。

「どうしてですか?」

「うーん、恥ずかしい話なんだけど笛でみんなを気絶させたことがあってさ、あとは琴は弦が切れたり、それと太鼓には穴あけたりとか……はは。それ以来、楽器は一回も触らせてもらえてないよ」

「ふふ、そうですか。では機会があれば私が教えますよ」

 と言うや否や、瑶晩ヨウハンが歓喜余った声で。

「よかったですね! 朱公子。師兄は教え方も凄く丁寧ですし、きっと上手くなりますよ。何より師兄のことは一流なんですから、本当に凄くてこの前も━━」

 その後はすごいすごいと自分を褒め称えるので、居た堪れず顔が熱くなるのを感じた。それと戸越しで良かったと心底思った。顔が赤くなったのならきっと彼に揶揄われるだろう。

「ふ、二人とも、私は支度をしてきます」

「まってるよ」

「わかりました!」

 しばらくして、白噬明ハククウメイは支度を終えて扉を開けた。

「おっ、兄さん来たな」

「お待たせしました。瑶晩ヨウハン、開会までどのくらい時間がありますか?」

「丁度、の刻なので次のたつの刻まであります」

 それを聞いた白噬明ハククウメイ朱玲叡シュレイエイに何処か静かで広い場所はないかと尋ねた。

「それなら昨日一緒にいた涼亭がいいと思うけど……何するの?」

「それはついてからのお楽しみです。瑶晩ヨウハン、少し耳を貸してください」

 瑶晩ヨウハンに耳打ちをすると了解の返事をした後にその場を後にした。朱玲叡シュレイエイに向き直ると白噬明ハククウメイは自然と微笑んだ。

「では、行きましょうか!」

「お、うん」

 朱玲叡シュレイエイと共に中庭に着くと、あの涼しげな涼亭へ入る。二人は向かい合って座ったが、白噬明(ハククウメイ》は彼に自分の隣に来るように言った。朱玲叡シュレイエイが隣へ座ると白噬明ハククウメイは自分の背負っていた琴を下ろし、包んでいた布を解いてその卓にそっと置いた。

「兄さん?」

「見ていてくださいね」

 にこやかに笑うと、弦をそのしなやかな指で爪弾き音を奏で始めた。流れ出した音は懐かしく誰もが知っている曲。小さな子供に聞かせるような曲が透き通った琴の音で奏でられてゆく。曲が終わると白噬明(ハククウメイのは朱玲叡シュレイエイの方へ琴を推し動かした。

「まだ時間があることですし、私が少し先生になるとしましょう」

「え? 兄さん。それってどういう……」

 立ち上がるなり白噬明ハククウメイは腰に手を当ててこう言った。

「琴を教えます!」

「えぇ、無理だって。兄さん俺弾けないし、弦が切れたら困るだろ〜?」

「大丈夫ですよ。片手で弾ける曲ですし、それに……私も貴方に何かしてあげたいんです」

 朱玲叡シュレイエイは目を見開く。少しの間の後、頬を掻きながら何だか照れ臭そうに言った。

「……そういうことなら、どうぞよろしくお願いします」

「はい!」

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