朱家の宗主にご挨拶

急足で大広間へ戻ると、人混みの中で大きく手を振る瑶晩ヨウハンと、その隣に立つ白涼鈴ハクリョウリンの姿が見えた。

「こっちです!」

 人を掻き分け、二人の元へ着くと、彼女は少し驚いた様な顔をした。

「お帰り。珍しいわね、噬明クウメイが時間ギリギリだなんて」

「すみません、姉上。瑶晩ヨウハン」 

「別に怒ってなんかないわよ……」

 白噬明ハククウメイの目の奥を見る様に視線をしばらく合わせると彼女は。

「お友達と話す時間が楽しいと思うことは良いことよ。それに、遅れて来ている訳でもないんだし」

「宗主の言う通りだ思います!」

 瑶晩ヨウハンが迷わず加勢すると、白噬明ハククウメイは微笑んで礼を言った。

 しばらくの間、小声で人々は話していた。しかし、朱宗主シュそうしゅと側近、公子たちが出てきてからは、彼らが歩く足音しか聞こえなくなった。玉座に座る朱宗主の面持ちは優しそうな笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。公子の朱玲叡シュレイエイと彼の兄も玉座の隣に立っているが、彼は白噬明ハククウメイといる時とは違う雰囲気をまとっていた。

 側近の女性が一歩前へ出ると、静黙に張りのある声が響き渡った。

「それでは、皆様方からの挨拶の前に我がシュ家の宗主である、朱千善シュ・センゼン様から皆様方へご挨拶です」

「皆様。我が朱雀殿すざくでんへ来てくれたことを嬉しく思います。この間の談話会だんわかいでもお話しした通り、今年の演奏は一味違いますので、どうぞお楽しみに」

 面持ち通りの優しく、柔らかい声が響く。

「それでは次は各仙門からの挨拶です。まず、ジョウ家からお願いします」

 その言葉と共に蒼い服の女性三人が玉座へと続く道へ出た。すっと背筋の通った姿勢と毅然としたその面持ち。冷徹な視線は、彼女達の美しさを引き立てた。カッカッと鳴り響く足音をさせながら玉座の前で、青家三人はそっと一礼をすると、顔を上げ、青宗主は少し微笑むと。

「お招きいただきありがとうございます。朱雀殿は相変わらずの美しさですね。我々も楽器の腕をあげました、いい試合ができることを期待しています」

 すらすらと言ってしまうと贈り物を渡し、またカッカッと音を鳴らしながら戻っていった。

 二番目は黒色の服を纏った男性二人、女性一人が玉座へ向かった。ゲン家の彼らは服の上からでもわかるような上質な筋肉。キリッとした顔立ち、立派な大剣を背負っている。此方は深々と一礼をすると、男性の中の一人。玄宗主がその顔にしては似合わない困った顔をして口を開いた。

「……この間の談話会以来だな。朱宗主。我々は今年も剣舞を踊るが……舞台は大丈夫か?」

「ええ。玄宗主達の勇ましく、激しい踊りにも耐えられる様に再建しましたよ」

「……その節はすまなかったな」

 勇ましい声が小さくなった。

「いいえ。大丈夫ですよ。また、あれが見られるのを楽しみにしています」

 玄家の渡した贈り物は他の何よりも高価で最も派手だった。そしてこの後もこれより高価なものは出ることはなかった。

 最後に、ハク家の番が回ってきた。白噬明ハククウメイ白涼鈴ハクリョウリンとともに玉座へ、彼女の後ろをゆっくりと着いて歩いていく。白噬明ハククウメイは自身が持っている贈り物の入った箱を持つ手が少し手が震え、カタカタと小さな音を立てているのに気づいた。

 静かに深呼吸をし、震えを治めると、ちょうど玉座の前についてた。

「朱宗主。こんにちは、お招き頂きありがとうございます。一位の座を狙っているそうですが……こちらも負けはしませんよ。楽しみにしています」

「はい。こちらも、いい試合になることを期待していますよ。」

 お互いににっこりと笑っているが、微かに漂う冷戦の空気に隣にいた瑶晩ヨウハンの肩はびくりと跳ね上がった。

「贈り物をこちらに」

「はい」

 朱玲叡シュレイエイはにっこりと笑って言った。その笑顔は妖艶で、いつもの無邪気さはない。しかし、まっすぐと白噬明ハククウメイの瞳の奥を見つめることは変わらなかった。箱をゆっくりと手渡しする。重みが彼の方に移ったと思った時。微かに指先へ何かが触れた。

(……っ?)

「ありがとうございます。白公子」

「いいえ。こちらこそ。朱公子」

 白噬明ハククウメイは深くお辞儀をするとゆっくりと歩いて元の場所へと戻った。

 その後も挨拶は続いたが、自然と彼が気になってしまい、合間に彼と何度か目が合った。しかし、朱玲叡シュレイエイはすぐに目を逸らしてしまう。そして、いつの間にか挨拶が終わっていた

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