第一章 弾吹楽談会

刀楼閣の呪刀

 数日後。朱家の朱雀殿すざくでんに向かうための準備のうちの一つとして、呪刀じゅとうの管理をしている刀楼閣とうろうかくへ向かう必要があった。刀楼閣の扉には護符ごふがびっしりと貼られており、とても凡人が入りたいとは思わないような雰囲気が醸し出されていた。扉は押しても開かず、特殊な印を結ばなければ開かないようになっている。白噬明ハククウメイが扉に向かって印を結ぶと、扉はゆっくりと開いた。

 開いた隙間から重たい空気がどっと押し寄せ、白噬明ハククウメイに降りかかる。もし、修行者でもないものがここに入れば、大量の邪気のせいで気絶することになるだろう。

(護符もそろそろ張り替えかなぁ……邪気が昨年よりすごい)

 ゆっくりと足を踏み入れた。中は薄暗く、中央にはこれまた護符がびっしりと貼ってある石の箱があり、奥には二階に続く階段があるだけの質素なものだ。一ヶ月に一度。門子が鬼や妖異といった類のものに慣れるためにここの掃除をする修行があるため、埃っぽくはない。だからと言って不気味さより清潔感が勝ることはないようだ。

 懐から呪符じゅふを出し今度はそれに向かって印を結ぶと符が燃え始め、薄暗いあたりをぼんやりと照らした。白噬明ハククウメイはその明かりを頼りに中央にある石の箱を調べ始めた。

(……剥がれていたり、文字が霞んでいる護符はなし。と)

 護符の点検を隅々まですると追加で新しい護符を十枚貼り付ける。これは一気に護符の効果が切れ、呪刀が箱から出てきてしまうのを防ぐために毎年継ぎ足しで札を十枚貼ることにしている。

(残り、四本かぁ)

 刀楼閣は五本の呪刀を管理している。どの刀も非常に危ないため、ここに入れるのは宗主そうしゅと宗主が許可を出した者だけで、掃除をしに来る門子達は、箱には触れるなと許可を得た際にきつく言われる。

 二階、三階も特に何もなく護符を各箱に貼り最後の四階。そこへ続く階段の一段目を踏み締めると明らかに雰囲気が違う。

 体全体が階段に引っ張られるような感覚を覚え。登ろうとすればするほど重く下へ引っ張られる。何かに足を掴まれているような感覚さえ白噬明は感じた。

 なんとか階段を登り終え、石の箱が置いてある広間まで来ると、やはり邪気が見えるほど黒くなり、部屋を覆っている。白噬明ハククウメイは護符の点検を行った後、剣を抜いた。白銀に光る剣先に霊力を集中させ空を勢いよく斬ると、一瞬にして青い炎が暗闇を伝染して広がり、その闇は消え去った。

「ふぅ……さて、ここからが本番と言ったところでしょうか?」

 独り言を呟き、部屋の角を横目で睨むとヘドロのようなものが湧き出し始めた。ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら溢れ出し、やがてそれは手に、顔に、肩に、胸に、腰に、足へと変化した。出てきたそれは低級鬼ていきゅうきが乗っ取ったものなのか、はたまた何処かの怨念が操っているのか分かりはしないが、どちらにせよ形を上手く保てず、絶え間なく体からヘドロを出し続け蠢いている。

 白噬明ハククウメイは再び剣に霊力を注ぎ、構えた。奴は不気味に微笑すると白噬明ハククウメイの喉元めがけ、片腕を伸ばした。

「──っ」

 後ろへ一歩大きく飛び退くと伸びた片腕を素早く斬り落とす。その傷口からは青い炎が上がり、奴はあっという間に火だるまになった。声帯のない喉でぐちゃぐちゃと断末魔をあげる奴を横目に、白噬明は剣についた泥を払うと鞘へ戻した。

 数分間ヘドロが完全に燃え尽きるまで白噬明ハククウメイはそれをじっと見つめていた。

「さてと、こんなものでしょうか。全く、弱まった邪気に寄ってくる低級のものほど煩わしいものはありませんね」

 白噬明は刀楼閣を出て、支度を急いだ。

いよいよ、四大仙門が開催する弾吹楽談会へ行く日が来るのだ。

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