賑やかに悪も潜む

ガヤガヤとうるさく人々の声が聞こえる。

(今日はやけに賑わってるな……何か祭りでもあるのだろうか)

 白家の第二公子である白噬明ハク・クウメイはここ、笑賑町の景色が好きだ。よく魑魅魍魎を退治する帰りに寄って行っては家族に土産を持って買えるのが習慣になっている。

「蓮の実は如何だい? 美味しいよ!」

(蓮の実……いくらか買って行こうかな)

 ふと耳に入った呼び込みの声が気になり、その声が聞こえた露店の方へ歩く。

 露店に売っている蓮の花托かたくはを見ると、どれも白緑びゃくろく色で大きく形も良さそうなものばかりだ。

「いらっしゃい! いくついるんだい?」

 陽気な商人がにこにこと挨拶をしてくる。

「では、三本ください」

「あいよ!」

 商人は三本の花托の茎を糸で結んでいく。丁寧に結んだそれを受け取り、代金を支払おうと懐から財布をとりだす。

 何か気になることがあるようで陽気な彼は白噬明ハククウメイのその様子をじっと見る。代金を受け取った商人は確信したと言わんばかりに真剣な眼差しで口を開いた。

「……銀の冠、白い外衣の袖に虎の額の模様を模ったような刺繍。その背中に背負っている剣……もしかして、お客さん。白虎派の公子こうし様ですかい?」

「ええ。まぁ」

 そう答えると商人は顔色を一層、明るくした。

「やっぱり! 私、以前そちらの方で商売をしておりまして。狂屍きょうしに襲われそうになったのを門弟の方に助けてもらったことがあるんですよ!」

「そうなんですか?」

「はい、なので」

 商人はそういうと、花托をもう一本取り出した。お礼も兼ねて、おまけですよ。と言渡してきたが、白噬明ハククウメイはお代も出してないのに受け取れません。と言った商人は、いいんですいいんです。と言ってほぼ、押し付けられるような形で渡された。

 そして、また来てください。ありがとうございました。と言って手を振っていた。

(帰ったら誰か聞くとしよう)

 蓮を乾坤袋けんこんぶくろにしまい、いざ帰ろうとした時。前から人が来るのが見え、白噬明ハククウメイはさっと避けた。が、ぶつかってしまった。

「すみません」

 当たってしまった相手は少年で、おそらく十七、八くらいに見える。朱色の外衣に、炎を模した冠と、羽を模ったような衫。朱雀派の門弟子と運悪くぶつかってしまったようだ。

 衝突相手とその隣にいるのは同僚だろう。二人はにやりと不敵な笑みを浮かべると、少年はぶつかった肩をさすりながら怒鳴った。

「何が、すみませんだ。こっちはぶつかられて痛かったんだ。のろのろ、ふらふらしやがって」

「すみません」

 また白噬明ハククウメイは謝ったが腹の底ではそんなはずがないと強く思っていた。

 明らかに当たらない位置に彼は移動し、さらには修行している身でもある。大怪我をしているわけでもあるまいのに蹌踉けるなんて有り得ない。

(厄介な人に絡まれてしまったな……)

「俺らの気分を害したんだ。落とし前つけてもらわねぇとな?」

 横暴な悪童二人はじりじりと白噬明ハククウメイに迫る。煮て食うか焼いて食うか。料理されてしまう一歩手前まで追い詰められてしまった。

(白家の呪詛は相変わらず面倒ごとに不向きですね……)

 と思ってもここでされるがままになる気は無い。どう逃げるか頭を回していた時、遠くから悪童たちを呼ぶ声が聞こえた。

「おいー 姚沈ヨウチン李甚リジン。何やってんだ?」

 悪童たちの肩はその声にぴくりと震えた。二人は振り返り「公子」と言って会釈をする。

 走ってこちらに向かってきた彼は朱色の外衣。金の冠、羽根を模ったさんを纏っていた。彼は、獲物を見るような鋭い視線をこちらに向けた。かと思えば今度は微かにだが宝を見つけたかのように瞳が輝いた。

「聞いてくださいよ! こいつが俺にわざとぶつかってきたんですよ」

「そうなのか?」

 彼はこちらを見つめる。長い睫毛から赤色の双瞳が覗き、こちらを静かにけれど強く見つめている。

「……そりゃあ、いけないなぁ。あんた、ちょっとこっち来な」


 

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