第二十五話 文化祭が始まった件

 文化祭当日、玄関の扉を開くと、電信柱にいつもの人影があった。


「おはようございます。いつもより十五分も早く出るんですね」

「あ、ああ……。まあ、準備もあるしな」

「そうですね。今日は文化祭ですもんね」


 このゲームの正ヒロイン、結崎ひよのさんだ。

 思えば随分と仲良くなった。


 原作の印象とは異なるが、彼女が優しく素敵なのは変わらない。


「そういえば、男同士の友情っていいですよね」

「な、突然どうした!?」


 ぎ、ぎく。もしかして司とのことを知っているのか?

 とはいえ、何もしていない。一緒に寝ただけだ。


 目を覚ましたら抱き合っていたが、ただそれだけ。

 本当にそれだけ。


「いえ、素直にそう思っただけですよ」

「そ、そうか……」


 本当に鋭い。もしかしたらこの街全部の監視カメラとかハッキングしてるんじゃないのか?

 ありえそうだな……。


 しかし今日は俺にとって大きな出来事になるだろう。


 この文化祭は、藤堂充にとって人生のターニングポイントといっても過言ではない。


 本来なら、俺はこの文化祭の邪魔をしまくるのだ。

 悪童くんと一緒に看板を壊して、女子生徒をナンパして、何もかも台無しにする。


 そこで天堂司と完全に敵同士になる。


 だがもうその未来はありえない。

 俺と司は同じ転生者で、何もかも語り合った。

 あの時、何か夢を見た気がするが、覚えていない。


 大事な事だったような気もするんだが……。


「充さん」

「どうした?」

 

 その時、ひよのさんが声をかけてきた。

 横顔のラインが素敵で、思わずドキッとする。


「文化祭、最後まで一緒に楽しみましょうね」


 今までで一番の笑みを浮かべて言った。

 お疲れ様でした、そう言われている気もした。


「ああ、楽しもうな」


 ◇


 校門は既に文化祭仕様になっていた。

 陽陰学園の入口も、なんだか懐かしく思える。


 煌びやかな文化祭! と書かれた看板をくぐって、教室へ入った。


 俺は文化祭実行委員として事務的な作業を進めていたので、内部のことを詳しく知らなかった。

 昨晩遅くまで頑張ってくれたらしく、教室、いや店内のような内装に驚く。


 テーブルとイスには白クロスが敷かれ、黒板には『メイド喫茶』と書かれている。

 風船や厚紙で作られた煌びやかな装飾が、より文化祭間を引き立ててくれていた。


 前世では参加したことがない。

 だかこそ嬉しかった。


 前世……か。司との出会いを境に、少しずつ忘れることが増えていた。


「充っち! うちのメイド似合ってる?」

「えへ……私のも……どうですか……」


 堂々と現れた燐火と、こじんまりとした未海が、メイド姿で登場した。

 どちらも頭にキャップを被っている。

 身長差が凄まじいので、どうやって衣装を合わせたんだと思ってしまう。

 だが似合っている。


「二人とも可愛いぞ。本当のメイドさんみたいだ」


 やったーと喜ぶ二人。その横からひょいと顔を出したのは、知宇だ。


「ボクはどう!?♡」


 スカートをひらりとはためかせて、くるりと一回転。

 ン? なんか今、生のお尻が見えたような……。


「あ、パンツ穿き忘れちゃってた」

「知宇、もう一度回ってくれ」

「え? もう一度?」

「ああ、勢い良くだ」


 さっきはお尻しか見えなかった。もしかすると、もしかして見えるんじゃないのか!?


「ええと、わかった。じゃあ回るね♡」


 ……ごくり。

 知宇が回った瞬間、隣から突然悪童くんが現れた。

 視界が遮られる。


「あにぃ! わいのメイドどうでっか!? めちゃ似合ってると思いませんか?」


 見えない。


「知宇! 出てるて! 出てる!」

「えへ……おっきい……ありよりのあり……」


 見えないが、燐火と知宇が叫んでいる。おい! 見えないぞ!?


「あにぃ!?」

「おい悪童、ぶち殺すぞ」

「へ? そ、そんなあ……」


 その間にひよのさんが戻ってきてしまい、結局俺は見ることができなかった。

 悪童、てめえは絶対許さねえからな。


 というか、ひよのさんもメイド服すが……た……。


「充さん、どうでしょうか」


 思わず固まってしまった。

 心拍数が、いつもより速度をあげる。

 同じメイド服姿だが、どこか、何かが違う。


 おしとやかで、透明な白い肌がより映えている。

 本物のメイドさん、そんな言葉が脳裏に過った。


「綺麗だ……」

「ふふふ、実は私も履いてないんですけどね」


 そういいながら、ひよのさんは一回転しようとしたが、燐火と知宇に止められてしまう。


「悪童、殴らせろ」

「な、なんでわい!? 何もしまへんがな!」

「うるせえサンドバック」


 ◇


 午後になると、なんちゃら凛先生がやってきた。

 なんとメイド服姿だ。


 いつもはタイトスカートだが、これまた良い。


「もうすぐ文化祭が始まります。準備をしておいてください。ちなみに個々の売り上げは、私の酒の肴の費用にもなります。歩合制なので、しっかりと接客、販売を行ってください。搾り取れる分は絞って、営業を沢山かけてください。もちろん、連絡先の交換も了承します」


「「「はい!」」」


 いや、はいじゃねえよ!? ええの!? それでええの!?

 結構自己中心的なこと言ってたよ!?


 その時、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、メイド服姿の天堂司がいた。


「やあ、藤堂」

「おお、どこいたんだ司」

「ちょっと用事でね。どう? 似合ってるかい?」


 もはや見慣れている。だってこの前ずっと二人でメイド服を着てたのだ。

 なんだったら気づくまでに時間がかかったくらいだ。


「ねえ、天堂くんと藤堂って仲良くなったの?」

「脅されてるんじゃね? てか、天堂くんのメイド服かわいい」

「藤堂氏ね 天堂可愛い」


 周りの評判はまだまだらしい。

 というか、最後の女子サラっと凄いこと言ってなかったか?


 文化祭が開始する瞬間、天堂は小声で言う。


「今日が終われば破滅を回避できるんだろう? 絶対、無事に終わらせよう」

「ああ、頼むぜ」



「ふふふ、ふふふ、ふふふ、ふふふ」


 そして最後、後ろにいたひよのさんは、どこか意味深で不気味な笑い声をしていた。

 

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