第二十三話 天堂くんとメイド服を買いに行く件

「すいませーん、なんていうお店で働いてるんですか? メイド服すっごく似合ってますね!」

「えっと、申し訳ない。プライベートで着てるだけなんです……」


 これで通算五回目。綺麗なお姉さんが、司に声をかける。

 ちなみに俺のことは視界にも入ってないらしい。


「そうなんですか!? 良かったら連絡先でも……」

「ごめんなさい。行こうか、藤堂」

「お、おう」


 さすが天堂司。このくらいのことは日常茶飯事なのだろうか。

 男の夢みたいなことを平気で実行しやがる。


「すいません」

 

 六回目。綺麗なお姉さんがやって来る。

 司がプライベートなのでと返事を返そうとすると、え? いや、こっちの方なんですが、と俺に顔を向ける。


「俺ですか?」

「はい」


 なんとまさか、この俺――藤堂充にも春が来るとは!?

 見た目は怖いが性格が良い、もしかしてこのお姉さんは、心の奥底を理解している!?


 まだまだ捨てたもんじゃないな。よし、連絡先を交換しようではないか!


「えっと、これがメアドです。あと、電話番号がこれで」

「私服警官です。この界隈で客引きは禁止されています。それにそのスカートと過度な露出、ちょっと署まで来てもらえますでしょうか?」

「え? いや、これはプライベートで!?」

「話は署で聞きます。暴れないでください」

「ち、ちがいます! 違うんです!」


 それから五人ぐらいの私服警官に取り押さえられそうになった。


「動くな! おい!」

「違います! 違います!」

「至急至急、応援お願いします。メイド服を着た大柄の男性が暴れています。目つきが悪く、非常に狂暴です」

「聞いてくれ、なあ! おい!」


 俺は必死で抵抗、いや説明したが手錠をかけられそうなる。


 しかし司が本当にプライベートなんですと誤解を解いてくれたおかげで事なきを得る。


 やはりまだ破滅の足音は消えていないようだ。


 てか、もっと早く助けてほしかった。


「くくく、ははは! 君といると退屈しないね」

「こっちはやばかったんだぜ……」


 どうやら楽しんでいたらしい。性格が悪いのか、それともただ純粋なのかはわからない。

 だが確実に、着実に、俺たちの仲は深まっている。


 それから俺たちは、元々調べておいたコスプレ屋さんのビルに到着した。

 小さくこじんまりとしているが、評判が良いらしい。


 中に入ると、小さなエレベーターを見つけた。

 四階が、メイド服専門店と書かれている。


 司と二人きりの狭い個室。

 

 なんだろう、凄く良い匂いがする。

 ふわりとやわかそうな金髪から、シャボンの香りが漂う。

 よく見ると首筋も綺麗だし、耳もピンとエルフみたいだ。


 うーん、おそるべし。


「見惚れているのかい」

「はっ、そうかもな」


 視線に気づいた司が言う。堂々としているところが、男らしい。


 到着して外に出ると、眼前に扉があった。

 看板にはそのままメイド服専門店を書かれている。

 

 扉を開けると、思わず息を飲んだ。


 ありとあらゆるメイド服が、マネキンで並べられられているのだ。

 まさに古今東西。チャイナドレスのような過激なメイド服から、奥ゆかしい古来のメイド服。

 凄い、俺はメイド服を侮っていたようだ。おそるべし、メイド服。


 ん? メイド服って言いすぎか?


「あ~ら~~~~かわい子ちゃんが二人もいらっしゃ~~~い!」

 

 声がするほうに顔を向けると、そこには店員と思わしき人物がいた。

 メイド服を着たおじさん。いや、お姉さん? いや、おばちゃん? おじいちゃん?


 痩せ型で、短髪で、なんだかくねくねしている。

 ふむ、いわゆるおねえ系という人だろうか。


「あ、こんにちは」

「こんにちは、お邪魔します」


 丁寧に挨拶をすると、どうやら気に入ってくれたらしく、手をくねくね、体をくねくねしながら近づいてくる。


「あらあらいいわねえ。丁寧じゃないのよお! 今日はどうしたのかわい子ちゃんたち」

「僕達は高校生なんですが、文化祭でメイド喫茶をすることになったんです。それでメイド服を探しにきたんですが」


 司が、よどみない言葉でスラスラという。だがメイド服を着ている。それは忘れないでくれ。


「なるほどねえ。何着必要なのかしらあ?」


 何着、か。そういえば深く考えていなかった。

 

 ビラ配りで一人、受付で一人、実際に接客が四、五人。

 交代も含めると、十着以上はほしいか。


 それを伝えると、う~ん、そうねえとくねくねしはじめた。


「あらやだ。自己紹介が送れたわね。あたしの名前は冥土ちゃんよ」

「冥土ちゃんですか。いい名前ですね」

「あらあ! 褒めてくれるのお!」


 とりあえず褒めただけだが、どうやら冥土ちゃんは嬉しかったらしく、抱き着いてくる。

 加齢臭が凄いが、まあいいだろう。

 年上だし、メイド詳しそうだし、悪い人ではなさそう。


「とりあえず見て回ってみてもいいですか?」

「もちろんよお!」


 司の言う通り、冥土ちゃんに断りを入れて店内を回る。

 思っていた以上に種類はあるものの、値札を見て見ると天地ほどの差がある。


 ちょいちょい補足してくれたのだが、どうやらビンテージ物が多いらしい。

 なるほど、しかし俺たちには予算がない。


「もっと安価なものはありませんか?」

「そうねえ、あるにはあるけど~」


 訊ねると、奥から大量のメイド服を引っ張りだしてきてくれた。

 値段も安かったが、更に良い提案をしてくれた。


 何と文化祭の時だけ、レンタルさせてくれるということだ。

 クリーニング代だけ払えば貸してあげるとのことだった。


「いいんですか?」

「構わないわあ。そ・の・か・わ・り・」


 冥土ちゃんは、人差し指を突き立てる。

 なんだなんだ。


 司と俺は目を合わせる。喉を鳴らす。


 そしてその要求は、驚くべきものだった。


 ◇


「あらあ! いいわあいい! いいわああ!」


 店内奥に、写真を撮影するスペースがあった。

 後ろには真っ白なカーテン、そして俺と司は、二人でメイド服のままカーテシー(方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままあいさつをする)をしていた。


「つ、司ちょっと近いぞ」

「藤堂、君も二センチ左によってくれ」


 レンタル代、それは俺たち二人のメイド服の写真を撮影したいとのことだった。

 何やらメイド服のコンテストがあるらしく、想像していたことが俺たちにぴったりだったという。


 とはいえ、恥ずかしい。まさかこんなことになるとは。


「はい! じゃあ今度、壁どんメイドよ!」

「壁どんメイド……?」

「ええと、司っちゃんが、藤っちゃんをドンよ! ドン!」


 いつのまにか名前を憶えられている。ここで辞めるのは損なので、司も仕方なく俺にドンする。

 シャボンの香りが漂う。身長差があるので、俺は少しだけしゃがむ。

 そして司が、壁ドンをした。


「可愛い僕のメイドちゃん」

「……え?」


 どうやらアドリブらしい。ちなみに司の唇はプルプルだ。


「いいわねえ! 次は胸をはだけてさせて、藤っちゃんが腰をグイってやり返すのよ!」

「え? ちょっとそれは……」

「藤堂、ここで辞めたら全てが水の泡だ」

「た、たしかに……」


 仕方なく、本当に仕方なく俺は胸をはだけさせ、「僕のメイドちゃん」言いながら、司の腰をぐい。


「あーもう素敵! 素敵よ! 最後はキス! キスよ!」

「え、さすがにそれは……」

「それっぽくするだけよ! ほら! 近づくだけ!」

「仕方ない。やろう」


 司はやる気だった。近づいて、ほんの数ミリまで唇が寄って来る。

 息遣いが感じられる。吐息が、触れる。


「藤堂」


 そして、小さく囁いた。これは冥土ちゃんには聞こえない。


「僕は転生者だ」



 to be continued。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る