第二十二話 天堂くんと買い出しに行く件

 陽キャ陰キャが入り乱れる『陽陰よういん学園』において、天堂司は最強のプレイヤーである。


 頭脳明晰、眉目秀麗で、彼に掛かればどんなキャラクターも落とせないわけがない。

 それがこの恋愛ゲームの最大の醍醐味である。


 原作ではひよのさんを不良から助けたことにより、幸せ甘々生活がはじまる。

 燐火、未海、知宇、藤堂充、悪童、etcのキャラクターと交わりつつ、この世界の覇者として生きるのだ。


 そして俺の目の前には、そんな彼が立っていた。

 真面に会話をするのはこれがほとんど初めてだろう。

 体操服の時は、少しぶっきらぼうになってしまったし……。


 気だるそうな表情をしているが、お洒落なパーカーと黒ジーンズが似合っている。

 綺麗な二重瞼は、まるで女子のようにも見えた。


 間近でみる天堂くん、かっこかわいい!


「おはよう、藤堂くん」

「おはようございます。天堂くん」


 嬉しさのあまり思わず敬語になってしまったが、どうやら冗談だと思われようで、「くく、なんで敬語? 普通でいいよ」と笑った。

 サッカーではあまり仲良く出来なかったこともあって、出来ればお近づきなりたいと思ってる。


 なぜなら、俺――藤堂充と天堂くんが仲良くなれば、破滅は回避したも同然だからだ!


「じゃあ行こうか、つかさ。俺も敬語じゃなくていいぜ」


 少しドキドキした。偉そうすぎないかな? 距離感近づけたいんだけど、早すぎたかな?

 だが、天堂くんは笑みを浮かべた。


「そうか。わかったよ」


 作戦は成功だ。


 ◇


 いつしか未海と初めて出会った時のアニメ街に来ていた。

 祝日なので大勢の人が行き交っている。

 看板にはもはや見慣れたアニメや漫画の絵が描かれていて、前以上にワクワクした。


 とはいえ今日の目的は、安価でメイド服をゲットすること。

 

 とりあえずコスプレ屋さんはいくつか調べてきたので、さっそく回ろうと司に持ちかけた。

 しかし、まさかの提案をされる。


「藤堂、メイド喫茶っていったことある?」

「いや、ないな……」


 そう思えば、一度たりとも行ったことはない。

 いや、前世ではオタクだったが、引きこもりだったのだ。一人で行けるわけもない。

 アニメやテレビの知識はあるが、もしかするとこの世界では特殊な可能性もある。


 となると、市場調査は必要不可欠ということか?


「その顔、同じことを考えたようだね」

「ああ、行こうか。彼を知り己を知れば百戦殆からずだ」


 恰好をつけ、いざ出陣!


 と、言いたいところだが、場所も何もわからないのでスマホで調べることにする。


 ふむふむ、なるほど。

 どうやら最近はコンセプトカフェと呼ばれ、コンカフェと略されることが多いらしい。

 メイドだけではなく、黒猫、ナース、ツンデレ、幼稚園、保育園、何かをモチーフにした喫茶店があるとのこと。



 幼稚園と保育園、どっちでも良くねえ?


「藤堂、そこにある看板の所いってみるか?」


 気づけば歩きスマホになってしまっていた。マナー違反だ。気を付けなければ。

 司が指を指した看板には、メイドカフェと書かれていた。

 ちょうどいい、シンプルなのが一番だ。


 無言で頷き、俺と司は狭い路地を入っていく。


 その先が少しコの字で曲がっていて、なんとなく不安になりつつも店の前に到着した。

 看板には可愛い女性のアニメが描かれており、所謂メイド服を着ている。


 すると、入口から従業員のような人が現れた。


 白と黒を基調とした上下一体型の洋服。

 髪の毛はキャップで覆われ、裾にはフリル、胸元には大きなボタンが留められていた。


 その手には、清掃用のバケツとモップが握られている。

 

「あら、旦那様お帰りなさい」


 しかしその風貌、その声は、明らかにドスの利いた男だった。

 というか、身長も二メートルはあるのだろうか。


 空き缶を片手でひねりつぶせそうな感じだ。

 俺が思っていたメイドさんと随分違うが、今はジェンダー論に厳しい世界でもある。

 価値観の違いで安易に批判するのはよくないだろう。


「た、ただいま」


 ということで、すっげえ苦笑いで答えた。これで合ってるのかな?

 メイドさんっぽくはないので、以下メイド殿と呼ぶ。


 メイド殿は嬉しそうに微笑んだ。


「二名様、ご来店ダア!」

「へいらっしゃい!」


 突然野太い声に切り替わり、奥からも元気な叫び声が聞こえる。


 ラーメン屋さんだっけ? メイドカフェだよね?


「行こうか、藤堂」

「お、おう」


 しかしさすが司。さすが天堂司。涼しい顔で、何も気にしていないらしい。

 もしくはメイド喫茶の知識がゼロだ。


 店内に入ると、そこは昔ながらの落ち着いた喫茶店風だった。

 

 木目のカウンターテーブルで、空気を循環するファンが静かに回っている。

 少し昭和風だが、なんだか落ち着く。


 だけどなんか、足がべたべた油でギドついてる。

 やっぱりラーメン屋? そういえば、とんこつっぽい匂いもする。


「はいカウンターでもテーブルでもご主人様どうぞぉ!」


 矢次に飛んでくる野太い声に案内され、司と目線を合わせてテーブルに着席。


「こちらメニューでございます。ご主人様、ゆっくりとお過ごしくださいませにゃん」


 ちなみにこれも野太い声。水を置いてくれたが、透明の小さなヤツだった。

 ラーメン屋じゃん!


「藤堂、メニューはどうする? このとんこつニャンニャンセットなんてどうだろうか、ケチャップで好きと書いてくれるらしい」

「とんこつって文字がなければきっと正解なんだろうが、でもまあやってみるか」


 早速だが、二人で注文してみる。

 なんか頭のキァップもタオルを巻いているに見えてきた。


「へい、とんこつニャンニャンセット二丁!」

「あいよぉ! ご主人さまぁ!」


 うーん、絶対ミスったなここ。早く出たい。


「それで、藤堂。聞きたいことがあったんだ」


 そんなことを考えていると、司が真剣な表情で訊ねてきた。

 ちょっとカッコイイ。


「何でもいいぜ」

「……君のことは色々と噂を耳にする。だが体操服の件もそうだが、矛盾点が多すぎる」

「何が言いたい?」

「君があの藤堂充だとは思えないということだ。そうだな……誰かが、別の人格が乗り移っているという可能性を考えたことすらある。いや、さすがにこれは荒唐無稽すぎるか。すまない」


 正直、言葉が出なかった。


 今まで一度たりともそんなことを言われたことがない。


 ひよのさんですら疑われたこともないことを、言い当てた。


 もしかして……司なら。


 天堂司なら、本当のことを話してもいいんじゃないのか?


 彼が信用してくれれば、破滅は間違いなく回避される。


 俺はもう、色々なことに奮闘しなくていい。


 正直、楽になりたい。


 寝る前に、次起きたら藤堂なのか、それとも前世の自分に戻るか不安で仕方がなかった。


 勇気を出して……言ってみるか?


 拳を強く、握りしめる。


「天堂司、実は俺――」

「はい、とんこつニャンニャンセットおまちぃ!」

「え? ちょっとタイミングが――」

「はい、これ持ってださいご主人様あ!」


 差し出されたのはラーメンの中にオムライスがぶちこまれた食べ物だった。

 とんこつの匂いが凄い。後、親指がスープに浸ってる。

 ていうか、器が熱っぅ!


「あちぃ! あ、あづぃ!」

「そのまま持っててくだせえ! 今、好きって書くんで!」

「あぢぃ! はよ! はよ書けや!」

「すーーーーー♡ きーーーーにゃん♡」

「あぢいいいいいいいいいい!」


 あまりの暑さに我慢できなかった俺は、とんんこつニャンニャンオムライスラーメンを投げ飛ばしてしまった。

 それは対面にいる天堂司に降りかかり、彼は俺以上の叫び声をあげた。


 それを見ていると、申し訳なさと同時に昔のテレビを思い出した。

 

 熱湯のお風呂に入って、叫びまくるあれだ。


 そういえば、前世でも見てたな。


「はよ着替えの服持ってこいやメイド!」

「は、はいご主人様」


 さすがに俺が悪いとは思ってなかったらしく、司は野獣メイドにぶち切れていた。

 そして代わりにこれしかないと持ってきたのが、彼女らが、いや彼らが着ていたメイド服だった。


 司は「……貸せ!」と言いながら、少し離れた場所で着替える。

 まるで飲食店のバイトで着替えるスペースがない少年のように。


 戻ってくると、そこにはメイド服天堂司が誕生していた。


 結構似合ってるな。


「ふ、服は洗って返すので……」

「当たりめえだろ! 粗品もつけろよ! ったく。もう出ようか、藤堂」

「ああ、行こう」


 律義にキャップまで被ってる天堂司がちょっと可愛かった。


 なにわともあれ、俺たちはタダでメイド服を一着ゲットすることができたのだった。

 後多分、絆も少し深まった気がする。


 と、思っていたら、司が頬を紅潮させてもじもじししていた。

 何か言い出そうとして、止めて、何か言い出そうとして、止めて、そしてやっと口を開く。




「藤堂、実はもう一着もらったんだ。一人だと恥ずかしいからその……一緒に着てくれないか?」


「……わかった。いいだろう」



 そして俺たちは、メイド服男子二人で買い出しを続けることになった。


 

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