第十六話 お泊り勉強会をした件
上級生たち相手に大暴れしたことが一人歩きしてしまい、俺――藤堂充の評判が悪くなっていた。
破滅を回避しているのか、それとも後退しているのかはわからないが、そんな俺を信用してくれている仲間たちがいる。
前世に比べたら、なんて幸せなんだろうか。
下校中、ふと皆に視線を向ける。
ひよのさん、燐火、未海、知宇、悪童くん、BLくん……。あれ、何か……変なやつしかいなくね?
俺の仲間たち、信頼していいの?
「どうしたの? 藤くん。ボクで良ければ相談に乗るよ」
知宇が、俺の腕をそっと掴む。見た目は美少女だが、やはり男なので、胸を押し付けても胸はな――むにむに。
あれ? なんでこんな柔らか――むにむに。
「知宇……胸に何か入れてるのか?」
「んっ? ……見てみる?」
どうぞ、と胸元をさらけ出す。覗き込もうとしたら、ぐいっと背中を燐火に引っ張られた。
「あほお! 充っち! 何しとるんやー!」
「そ、そうですよ。良くないです……で、でも、男同士ありかも……えへ……」
そういえば未海は、百合百合物語の本を手に取ろうとしていた。
BLも嫌いじゃないということか。
となると、あの二人も?
少し前で歩く悪童くんとBLくんは、バレないように手をちょっとずつ触れさせている気がした。
「よ、よせやい」「ふふふ、罪な悪ちゃん」と声が聞こえているが、気のせいだろうか。
男同士の友情の延長線上だと思うが、仲良しなのは非常に嬉しい。
「アニィ、ほな! BLいこか」
「ああ、ここからは大人の時間だね」
二人は途中で別れ、俺を含めて五人となった。
最近はまっすぐ帰っていないので帰ろうとしたが、燐火が衝撃的な一言を言い放つ。
「来週は中間テストかー。ほんま早いよなー」
「そうですね。といっても、そんなに難しくはないでしょうけど」
「あ、ひよのっち、なんやその自信は?」
「昔から一位以外は取ったことがないので」
「なあにー!?」
当然のようにサラリと言うひよのさん。燐火はぬおおおおと叫んでいた。
未海と知宇は二人でこそこそと何か小説の話をしている。
そんなことよりも俺は足を止めていた。
て、て、て、て、テスト!?
「どうしましたか? 充さん」
「ヤバイ。とにかくヤバイ」
「何がですか?」
「ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ」
俺――藤堂充は頭はそこまで良くはない。
そもそもこの学園の偏差値が高いのだ。
腕力だけは藤堂充を受け付いているが、なぜか勉強だけは前世の俺と同じだった。
記憶が混在してるからなのか。
授業中もちんぷんかんぷんで、最近は忙しかったこともあって勉強不足。
原作にもテストの内容なんてわからないし、そもそも主人公の天堂くんが勉強している姿なんてない
俺が留年なんてしたら原作で見たこともない世界に突入してしまう
それこそ破滅は確実だ。
「ひよのさん」
「はい?」
「俺に英知を授けてください」
◇
「ふぬぅ……未海っち、これどうやって解くん?」
「これは三×四なので、十二ですね」
お約束の場面転換。
二回目の結崎邸にお邪魔させてもらっていた。
この部屋は図書室だそうで、ありとあらゆる参考書が本棚に置かれている。
その広さは都内の図書館と比べても遜色がなく、ただただ圧倒されていた。
その真ん中にある机で、俺たちはカリカリとテスト勉強をしている。
てか、燐火の質問って、俺よりもやばくね?
「充さん、集中してください」
「あ、はい……」
隣では、いつもと違って口ぶち眼鏡をかけたひよのさんがマンツーマンで勉強を教えてくれている。
反対側では、静かに勉強している知宇。時折耳元で、「藤くんの、ばあか♡ばあか♡」の応援付き。
あれ君、メスガキ男の娘ボクっ子だったの?
いつもは変な……いや、いつもと少しだけ違って真面目なひよのさんは、先生顔負けの丁寧な授業を行ってくれた。
テストの範囲から覚えやすい語録、赤ペンも引いてくれてまさに至れり尽くせり。
特に変なボケやツッコミもなく、ただ淡々と時間が過ぎていく。
たまにはこういう時間も悪くないだろう――「藤くんのざあこ♡ざあこ♡」。
おっと、飴の時間も忘れずにありがとう。
「疲れたー! もう無理やー! 頭に入ってこーん!」
「そうですね、燐火さんの言う通り、そろそろ終わりましょうか。充さん、未海さん、知宇さん、お疲れ様でした」
燐火が机に突っ伏したところで、勉強会が終わった。
ひよのさんほとんど俺らの為に駆けまわっていたので何も得られてはいないだろうに、疲れたと一言も言わずに手伝ってくれた。
「ひよのさん、ありがとう」
「いえいえ、皆で勉強した時間はいつか楽しい思い出に変わりますから」
髪をかき上げながら笑みを浮かべる。なんて素晴らしいんだ。
無欲で、それでいて驕らず、外見は天使のように美しい。
こんな美少女が存在していいのか?
「――その代わり今度、ご褒美くださいね」
そっと耳打ちしてくるひよのさん。ご褒美か……でも、なんか考えておかないとな。
窓に目を向けると、既に星空が見えるほど暗くなっていた。
時間を確認すると驚く。
家族に連絡しようとしたら、ひよのさんが一つ提案してくれた。
「どうせ明日も学校ですし、洗濯もできますから、泊まっていきませんか? 夜ご飯も良ければ」
最高の提案だった。結崎邸の夕食――興味しかない。
全員二つ返事で答え、親に連絡をするのだった。
◇
「ご馳走様でした……」
後に通された部屋で夕食を頂いた。
フレンチ料理のフルコースで、お付きさんが数十名。
メイドに執事に、オレンジジュースのソムリエまで現れた。
何もかもが言葉を失うほど美味しくて、最高の時間を堪能させてもらった。
部屋は別々に用意してくれているらしいが、その前にお風呂にどうぞとなる。
もちろん男女は別なのだが、脱衣所で俺の隣には――知宇がいた。
「わあ、大きいね!」
まるで温泉の脱衣所のような広々とした場所で、知宇が嬉しそうに笑顔を浮かべた。
その姿は完全に女子で、スカートも履いている。
俺はゴクリと喉を鳴らす。
「あ、ああ……」
上半身を脱ぎつつ、何でもないような顔をして視線だけはガッツリと知宇をロックオン。
一体どんな姿が見れるのか、同性とはいえ興味がある。
いや、俺の中の
新しい何かが、生まれ、そして構築されていく気がする。
宇宙のように膨張していく。
「おっ風呂♡ おっ風呂♡」
スカートのファスナーに手を掛け、パチパチと外す。
そして穿いていたのは、まさかの女性の下着だった。
水色の可愛らしいリボン付き。
「ち、知宇それ!?」
「えへへ、可愛いでしょ? これ、お気に入りなんだ♪」
なんだ♪ と言われれば、そうなんだと返すしかない。
ダメだ、目覚めてしまう!
いかん、あかん、あかーん!
いたたまれなくなった俺はすぐにお風呂場に移動した。
すぐに知宇も現れたが、女性のごとくタオルで身体を隠してる。
なおかつ湯煙が立っているので、全体像は見えない。
いや、これがいい。妄想の余地を残してくれるだけで、ご馳走様です。
「藤くん……見たいの?」
視線に気づいた知宇が、悪魔の囁きをしてくる。
俺は……ゆっくりと近づいて、タオルを……いてええええええええ。
頭に何か塊が飛んできた。それは地面に落ちると、べちっと音を立てた。
――石鹸だった。
「充っち! なんかしようとしてたやろー!」
男女の壁を分け隔てた空中から、見事に俺の頭に投げつけたらしい。
天才か? しかし、思いとどまることができた。
危うく帰れないところだった。アッーーーー!
「ち、知宇。さ、先に出るぜ!」
「はあい♡」
そして俺は誘惑に打ち勝ち、ひよのさんが案内してくれた部屋で寝ることになった。
男女は別、そう、俺は知宇と寝る。
「ほな、おやすみ! 変なことしたらあかんでー」
「藤堂君、もし……なんかしたら教えてね……えへ……」
釘をさす燐火と、えへえへ笑う未海。
何もしないよ、何もしません。
「それじゃあおやすみなさい」
「ああ、ひよのさん。おやすみ」
三人に分かれを告げて、部屋に入る。
中はやはり広々とした個室で、天窓がついたベッドが置いてある。
枕が二つ、並んでいた。
「……寝るか」
「はあい♡」
男同士、横になって寝るだけだ。
合宿みたいなもんだろう。特に問題はない。
特に――ぎゅっ。
「ちょ、ちょっと知宇! ちけえぞ!」
「ボク、ぬいぐるみがないと寝れなくて……」
「上目遣いで俺を見るな。そして俺はぬいぐるみじゃない」
悲しそうに目をウルウルさせる。仕方ない、この一夜だけは、ぬいぐるみなってやろう。
「……パンダさんと思うならいいぜ」
「はい、藤パンダさん♡」
ピトピト、抱き着かれると、何かが起き上がる気がした。
というか、やっぱりなんか柔らかいんだよな。
一体、何を入れてるんだろうか。
「……見たいの?」
「え?」
二人きりの個室。誰もいない。
邪魔するものは――存在しない。
「ちょっとだけ……」
知宇の胸元をチェックしようと手を伸ば――ピッピッピッピッピピピピピピ。
どこからともなく鳴り響く電子音。
俺はすぐに振り返った。
「え? この電子音は?」
「知宇、寝るぞ」
「え、これ何?」
「お休みだ」
「ふえええ!?」
翌朝、ひよのさんは嬉しそうに何か呟いていた。
「……ふふふ、着替えにお風呂、寝顔、最高ですね……」
何を言ってるのかは聞き取れなかった。
だが、最後の一言、永久保存版ですね、とだけは、しっかりと聞こえた。
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