第十四話 不登校児を助けたい件

 ラブコメですげぇむをクリアしてから、数週間が経過した。

 あれから俺はどんな公園にも寄り着かないようにしている。


 悪童くんはBLくんと仲良く共同生活をしているらしい。

 元々は一人暮らしだったが、今は炊事洗濯を交代でしているとか。

 前にお揃いのマグカップを購入している場面を目撃した。


 あの時の悪童くん、満面の笑みだったなあ。


 そういえば、首元を蚊に刺されたような跡もあったような……。


 よくわからないけど、結果的に良かったので安心した。


「おはようございます。充さん」

「ああ、おはよう」


 毎朝、ひよのさんが電信柱の横で待ってくれているのも、日常的な光景になっていた。

 校門で燐火と合流して、未海と教室でこっそりオタク話をする。


 三人とも仲良くなってきているし、何も問題はない。


 いや、むしろ幸せハーレムなのでは!?


 将来は……この中の誰かと結婚したりして……むふふ。


「なあ、藤堂のやつ、めちゃくちゃ悪い笑み浮かべてね?」

「きっと悪いこと考えてるんだよ。怖っ」


 周囲の印象も変わってきている気がするし、ハッピーだなあ!


 ◇


 授業中、ふと最前列の空席に気づく。

 そういえば、入学式を終えて少ししてから、空席だった気がする。

 誰がいたのかが……覚えてないな。



「確か、山嵐知宇やまあらしちゆさんという方です」


 休み時間、ひよのさんに訊ねると、すぐに答えが返ってきた。


「知宇ちゃん、そういえばみーひんなあ」

「わ、私も詳しくは知らないですが……見てないです」


 山嵐知宇やまあらしちう……。前世でのゲームの記憶を引っ張り返す。


 眼鏡を掛けた、長髪の黒髪。

 属性は陰キャラ。

 虐められやすく、引っ込み思案。


「――ああ!」


 完全に思い出す。

 原作では、虐められたことをきっかかけに学校を不登校になる。

 そして天堂くんが助けるというエピソードがある。


 だが今の天堂くんは原作と違う。

 となると、誰が彼女を……助けるんだ?


「充っち、どうしたん? いきなり大声上げて……周りが驚いてんで」

「ああ、すまん……」


 だが、俺は山嵐知宇やまあらしちうと接点がない。

 原作でも、藤堂充と関係あるキャラでもない。

 

 首を突っ込む必要がないといけばそうなのだが……。


「その知宇って子、いつから来てないんだ?」

「私が記憶する限りでは、数週間前から見ていませんね」

「うちもやなあ。そんな絡みないけど」

「いつも本を読んでたよね……。私と違って、文学的な小説とか……」


 未海の記憶は合っているだろう。

 確か本が好きだったはずだ。


 ……虐めで不登校か。


 俺が直接に何かをしたわけじゃないし、放置したからといってイベントが発生するわけでもない。

 だが、俺が転生してきたことでストーリーが大幅に変わっている。


 ここで俺が何もしなければ、彼女はどうなる?


 留年、そして退学……?


 この世界はゲームだが、俺にとって今は現実世界。


 誰もが幸せになってほしい、それはわがままだろうか。


「ひよのさん、知宇の家わかる?」

「え? はい、わかりますけど」

「教えてくれるか? ちょっと様子を見に行きたい」

「? どうしたのですか?」

「気になってな」



 放課後、俺とひよのさんは知宇の家に向かっていた。


 燐火と未海も着いて行くと言ってくれたが、見知らぬ同級生が大勢駆けつけるのもなあと、丁寧に断った。

 また、言い方は悪いが、ひよのさんは俺たちの中で第一印象が良く見える。

 打算的なのはわかっているが、知宇は実家暮らしだそうだ。

 なので、相手の親も安心すると思った。

 特に俺だけだと、相手は警戒するだろうと。


「ここです」


 足を止めた場所、そこは普通の一軒家だった。

 特に目立ったところもない。


 表札には、山嵐と書かれている。


「ひよのさん、インターフォンお願いしていい?」

「いいですけど……。どうしてなんですか? 充さん、喋ったこともないんですよね?」

「ああ……。でも、同じクラスだから。心配だろ?」


 ひよのさんには、美化委員としてクラスの雰囲気を保つのだ。と、無理やり説明をしておいた。

 とはいえ、何か感づいているかもしれない。「充さんって、良い人ですよね」と返してきたからだ。



「はい? どなたですか?」


 現れたのは、知宇の母だろうと思える、年配の女性だった。

 ひよのさんを見て安心し、俺を見て不安がった。それに気付いてか、彼女が先に口を開く。


「初めまして、私は結崎ひよのです。知宇さんのクラスメイトなのですが、最近姿を見なくて心配なので、同級生の藤堂君とここへ来ました」


 百点の回答だ。俺は余計な事を言わずに、ただ頭を下げる。

 すると母親はホッと胸を撫で下ろし、心よく俺たちを家に招き入れてくれた。


 暖かいお茶、さらにお菓子まで。


「あらあら、知宇にこんな可愛いお友達がいただなんてねえ。あと……ちょっと強そうなお友達もねえ」

「ははは……。まあ、僕はボディガードみたいなもんですよ」


 怖そう、ではなく、強そうと言ってくれているのが、せめてもの情けだろう。


「あの、知宇さんは大丈夫でしょうか? その、あまり学校に来ていないので……」


 虐められていますよね、とはさすがに言えない。そもそも原作と違う可能性もあるのだ。

 気遣いながら、訊ねてみた。

 だが残念ながら返ってきた答えはやはり原作通りだった。


 元々引っ込み思案だった知宇は、中学生でも虐められていたらしい。高校に進学したものの、その虐めっ子が先輩だったらしく、影で嫌がらせを受けていたとのことだった。

 数週間前から不登校となり、引き籠っているのだという。


 中学時代も、随分と長く外に出られなかったことがあったとか。


 俺はそれを聞いて、心が痛んだ。

 前世で俺は引きこもりだった。もちろん、知宇よりも楽しい引きこもり生活ライフを送っていたが、きっかけなるものは最低で、最悪だった。

 あまり掘り返すと頭痛がするのでしないが、俺も虐められていたのだ。

 理由なんてどうでもいいことばかりで、息が臭いだとか匂うだとか、歩くのが遅いから、と無理やりこじつけられる。


 だからこそ見捨てたくはなかった。俺と同じ結末を迎えてほしくない。

 それに虐めている奴の目星は付いている。まずは現状確認をしようと思ったのだ。


「良かったら、知宇さんと少し話をさせてもらえませんか? もちろん、部屋には入らないので」

「ええと……」


 母親は少し不安そうだったが、ひよのさんが上手く説明してくれた。

 こう見えて、藤堂充おれはとてもいい人だと。


 それに納得してくれたらしく、俺とひよのさんは階段を上がって、知宇の部屋、と書かれた扉の前にやって来た。


「ひよのさんから声を掛けてくれるか?」

「わかりました」


 まずはひよのさんに声を掛けてもらったが、返答はなかった。

 しかし、母親も言っていた。起きているとは思いますが、返事はしてくれないと思います、と。


 何度か繰り返してもらったが、返事はなかった。

 次に、俺が声を掛ける。


「こんにちは、俺の名前は藤堂充だ」


 おそらくだが、俺のことは知っているだろう。

 もちろん、最悪な噂話だと思う。とはいえ、それは構わない。

 なんで? と思ってもらえれば、返事が来るかもしれないと。


 だが、返事は来なかった。構わず、次の言葉言う。


「ずっと学校に来ないから心配になってな。ただ、それを伝えようと思って。それじゃあ」


 俺は振り返って帰ろうとした。

 けれども、驚いたひよのさんが口を開く。


「充さん、たったのそれだけですか?」

「いいんだ、これだけで。今日は帰ろう」


 そして家を後にした。母親は帰り際、ありがとうね、と言ってくれた。

 ひよのさんは納得がいかなかったらしく、再度俺に訊ねてきた。


「どうしてあんなに短かったのですか? あれだと、さすがに冷たくないでしょうか?」

「長く話を続けてもうざいだけだよ。それより、心配だと伝えるだけでいい。俺なら、それが一番嬉しい」

「俺なら……?」

「俺の時はそうだったんだ」


 前世の記憶。

 俺には友人がいた。

 彼は、俺のことを心配して家に良く来てくれた。結局外に出ることはできなかったが、心配だ、という言葉が、何よりも心に響いた。

 だからこそ、知宇にも伝わると思った。


「……私でも知らないことがたくさんあるんですね」

「そうだな」


 ひよのさんは、このことを俺に深く聞いてはこなかった。

 その距離間が、俺には心地よかった。

 

 翌日の放課後、今度は燐火と一緒に訊ねてみた。


「知宇っち、元気かー?」


 返答はない。


 翌々日、今度は未海と訊ねてみた。


「えへ……今度のアニメがね、凄くてね……」

 返答はない。


 翌々翌日、もう一度ひよのと訊ねてみた。

 返答はない。


 そして、数週間後、俺は一人でも母親に信頼されるぐらいには印象が良くなっていた。


「いつもありがとうねえ、藤堂君」

「いえいえ、知宇さんはどうですか?」

「ご飯は食べてるんだけどねえ……」


 俺は再び、階段を上がる。

 そして、扉の前に座った。


 今日は一人だ。そして、俺の全てを話そうと思った。

 藤堂充じゃない、前世の俺の話だ。


「知宇、聞いてくれ。俺は昔――」


 虐められていたこと。そして、辛かったこと。苦しかったこと。

 包み隠さず、全てを――。


「……じゃあな」


 話を終えて去ろうとすると、扉越しに、初めて声が聞こえた。


「……待って」


 そして扉が、ゆっくり開く。


 現れたのは、伸び切った黒髪のくしゃくしゃな綺麗な顔をした知宇だった

 ほとんど顔が見えない。

 未海と少し似ているが、それよりも細くて華奢だ。

 俺を見て、少しだけ怯えたように見えた。


「……すまんな。怖かったか?」


 対して俺は厳つい風貌をしている。背も高いし、目つきも悪い。


「ごめんなさい……大丈夫。どうして、こんなことをしてくれるの? 喋ったこと……なかったよね」

「そうだな。でも、クラスメイトだろ。もっと仲良くなりたいと思ってな」

「……そんなこと言ってくれる人、今までで初めて」


 それから俺と知宇は、扉の前で座り込んで話をした。

 他愛もない雑談から、学校、ゲーム、アニメ、文学小説、そして――虐めの話だ。

 随分と辛いことをされ続けていたらしい。その話は聞くに堪えなかった。


「話してくれてありがとな」

「ううん……」


 俺は嬉しかった。気持ちが伝わったこともそうだが、前世の自分を少しでも救えた、そんな気がしたからだ。

 知宇は一階に降りて来て、母親と抱き合った。


 学校へすぐに来られるは思えない。これはまだスタートライン。


 家にはまだ通うつもりだが、根本的な問題を解決しにいこう。


 俺の名前は藤堂充。


 属性は陽キャ? いや、違う。――悪役だ。


 今回ばかりは、それを貫かせてもらう。




 知宇をいじめた奴らに、会いに行く。

 

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