第十二話 ラブコメですげぇむに巻き込まれた件 ①

 花は美しい。


 朝早く登校、誰もいない教室の扉を開く。


 いつもは騒がしいこの場所も、今だけは静寂な時間が流れている。


「おはよう、今日のご機嫌はどうかな?」


 忘れている人がいるかもしれないので、改めて説明しよう。

 俺は――藤堂充ふじどうみつるは美化委員だ。


 花瓶を手に取り、声をかける。

 今日は少しご機嫌斜めらしい。ふんふん、なるほど。

 水が少なかったんだな。任せておけ。


 俺は予め用意していたペットボトルから、適量の水を注ぐ。

 重要なのは、葉に当てるのではなく、根に水を送るイメージ。


「美味しい? 良かった。実はこれ、フランス産のミネラルウォーターなんだ」


 ゆっくりと、丁寧に話し掛けてあげるのがコツ。

 続いて、スマホのブルートゥースで音楽を聴かせてあげた。


 我が子を愛でるような気持ちで、花を慈しむ。


 花に恋をしていると、その花を摘みとって家に持ち帰る。

 花を愛していると、毎日水をあげるという。

 

 俺は、愛しているのだ。


 そんなことを考えていると、次々と教室に生徒たちが登校してくる。

 花を愛している男――これで俺の評判も上がるかもしれないな。


 ふっ、我ながら良い委員に入ってしまったぜ。



「なあ、藤堂のやつ、なんか違法な花育ててない?」

「あれじゃね? 確か……ちょっと言えないようなやつだよね……」

「音楽のチョイスも最悪だし……やっぱり怖いな」


 何を言っているのかはわからないが、おそらく良いことだろう。

 こういう細かい積み重ねが、破滅を回避することになるに違いない。


「あにぃ! おはようさんですわ!」


 後ろから元気よく声を掛けられた。

 振り返ると、立っていたのは悪童くん。


 例の一件以来、彼は俺を慕ってくれている。

 とはいえ、あまり公共の場で話し掛けないでほしい。


 君といると、破滅の足音が聞こえるんだ。


「あにぃ! 聞こえてまっか!?」


 というか、そんな喋り方だっけ?

 もっと格好良かったと思うんだけど……まあでも、とりあえず無視しておこう。


「どこ行くんでっか!? あにぃ!?」


 ごめんね悪童くん、二人きりの時にまたお喋りしようね。


 ◇


「天堂、解いてみろ」


 学校の勉強は嫌いじゃない。

 数学も、国語も、社会も。

 前世の俺は引きこもりだったこともあって、今は新たな人生を歩もうとしているからだ。

 人生は日々勉強。


「正解だ。天道」


「「「おお~!」」」


 その中でも、天堂司てんどうつかさはやはりずば抜けている。

 原作と違って少し印象は違うが、それでも彼のことを誰もが注目していた。


 もちろん、俺もだ。


 まだ一度も声を掛けていないのは、一種の憧れから。

 だけど今日、覚悟を決めていた。


 俺は原作通りになってしまうと、クラスメイトから嫌われ、一家離散し、主人公にボコボコにやられてた上で退学となる。

 ということは、天堂くんと仲良くなれば全て解決するのではと考えた。


 前回、サッカーで怪我をさせてしまったことをは悔やまれるが、彼なら気にしていないはず。


 休憩時間、勇気を出した。


「天堂くん」


 椅子に座って窓を眺めている彼に、声を掛けた。

 ふわりと柔らかそうな黒髪に、女性よりも小顔で、中世的な整った顔。

 同性でも見惚れてしまう。


「……何?」

「この前、ごめんな」

「ああ、気にしてないよ」


 ……なんだかあまり印象は良くなさそうだ。

 藤堂充は悪として認知されている。天堂くんからしたら、毛嫌いするのも無理はないだろう。

 だが俺は仲良くなりたい。


 たわいもない話から、仲良くなろうと四苦八苦したが、どうにも反応が薄い。

 周りからは、天堂くんに絡んでいると思われてしまっていた。

 悪手だった。その場から去ろうとすると、なぜか天堂くんに呼び止められた。


「それより……藤堂充くん、……君って本物?」

「え?」

「……いや、何でもない」


 休み時間の終了の鐘が鳴り響く。

 本物? 本物って……? どういうことだ?


 ◇


 昼休み、いつものように、ひよのさん、燐火、未海と屋上でご飯を食べる。

 悪童くんの弁当を作ってあげてほしいと伝えたら、今度作ってくれると言ってくれた。


 彼は意外にもイイヤツなので、出来れば可愛がってあげたい。

 でも、話し掛ける場所は選んでほしい。


 それと、それとなーく三人に訊ねてみた。

 天堂くんの印象についてだ。


「天堂くんですか。顔は整っていると思いますけど、特に興味ないですね」

「うちもやなあ。喋ったこともないし」

「私も……興味ない……」


 原作では、三人とも天堂くん、というか主人公を取り巻くハーレムの一人だったはず。

 俺が転生した事で、間違いなく世界が改変しているのだろうと確信を得る。


 そして彼の「本物?」という言葉……。


 様々なことが絡み合っているような、そんな気がする。


「充さん、何か困ったことがあるのならいつでも言ってくださいね」

「ああ、そうするよ。いつか……話すかもしれないな」

「話す?」

「いや、何でもない。ありがとう」


 ◇


 帰宅途中、俺は一人になりたくて公園に来た。

 柵に手をかけ、湖を眺めながら、状況を整理する。


 前世の深い記憶からも逃げていた。


 最後の日を思い出そうとすると、頭痛が走るからだ。

 お腹に、刺し傷のような痛みを感じる。


 誰かが、何か、俺に……。


「どうやら、困った子猫ちゃんがいるようだね」


 ん? どこからか、イケボが聞こえたような気がする。

 気のせいか。


「おや、君の瞳にロックオンしてるんだけど、気づいてないのかい?」


 いや、気のせいじゃなかった。

 いつのまにか横に男性がいた。ていうか、俺を見つめている。

 金髪で如何にも陽キャっぽいイケメンだ。

 まるで少女漫画の主人公のような風貌。手足も長く、肌も白い。


「ほら、こっちを見てごらんよ」


 なんですぐわけのわからないやつがすぐ出てくるんだ?


「僕を見つめてごらん」


 その瞬間、俺は思い出す。

 変なキャラクター、イケメン風の男。

 もしかしてこの公園……まさか!?


 近くの看板に駆け寄って、表札の名前を確認する。

 すると、『ラブコメですげぇむ公園』と書かれていた。


 最悪だ……。まさかそんな……ここに来てしまっていたのは。


「おやおや、その焦った顔も、一段と素敵だね」


 ようやく理解した。

 この男の名前は、BLくんだ。


 そしてこの公園は、命がけでラブコメしないと死んでしまう、ですげぇむ会場。

 原作では、人気のデスゲームドラマからあやかって、特別イベントとして追加アップデートされたのだ。

 しかし、難易度が凄く高いと評判だった。

 もし出られなければ、そのまま破滅を迎えてしまう鬼畜仕様。


 ゲームは様々で、難易度も公園によって異なる。

 だからこそ、急いで脱出しないといけない。


「ちょっと静かにして、BLくん」

「どうして僕の名前を……もしかして、君は生き別れた僕の弟なのか?」

「全然違うよ。そもそもまったく似てないよね?」

「養子に貰ったと聞いていたが……。もう、君を離さないよ。壁ドン!」


 BLくんが、後ろの看板に勢いよく壁ドンした。


 ピンポロンピンポロン。

 その瞬間、アナウンスが聞こえる。

 はっ、ここから離れないと――


「これで、君は――」

「どけえ!」


 BLくんを押しのけ、すぐに公園の出口を探す。

 早く、早く出ないと! げぇむが始まるまえに!


 どんっ! 曲がり角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。


「きゃあ!」

「ご、ごめん! 急いでて」

「ちょっともー! 何してんのよ!」


 手を貸そうとしたが、戦慄が走る。

 倒れていたのは、食パンを口に咥えた少女だったのだ。


 彼女は、ラブコメ王道の食パンちゃん。


「だ、駄目だ。ここから早く逃げないと!」

「ちょっと、どこ行くのよ! まだ話が終わって――」


 地を蹴り、足を蹴り、空気を裂きながら走る。

 誰よりも早く、早く! そしてようやく、出口が見つかった。


「間に合っ――」


 ビチュンッ!


 だが足が――止まる。


 レーザーが、上から降って来たのだ。

 それも、地面が抉れるほど強力な。


 そして、アナウンスが流れはじめた。


『げぇむの時間です。難易度は、ラブコメレベル⑦』


 こうして俺は、ラブコメですげぇむに巻き込まれてしまった。


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